第05話『初対話』
秋庭一輝は今年で四十一になる幹部自衛官で、幹部候補生から入隊して今日まで仕事に従事してきた。
妻とは幼馴染で小学生のころから腐れ縁で過ごし、高校で付き合って防衛大を卒業した翌年に結婚。その数年後に長男の和人が生まれた。
幹部自衛官の宿命として転勤が毎年のようにあり、家族に負担を掛けないように単身赴任で妻と子は地元に残している。
もちろん秋庭は妻以外に女性との交際はないし、不貞行為もない。
間違っても他の子供はいないし、あまつさえ孫なんてありえなかった。
なのに、今目の前に自称孫と名乗る二十代の女性がいる。
未来の異星に来た日本から艦隊が転移してきただけでも驚愕だというのに、存在しない孫もいると言われては冷静を予想のは無理だった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
秋庭二佐は静止させるように手を突き出して秋庭典子と名乗る女性の言動を止めた。
「孫? いやいや、あなたたちは別世界の日本で、異星で半世紀も過ごしたんだろ? なんで孫がここにいるんだよ」
さすがに孫と言われて、海自二佐としての返答は出来なかった。一人の人間として、幼い息子を持つ父親としてその主張を受け入れられず突っぱねた。
「すみません、いきなりこんなことを言って……名前だけですけど、私の祖父が海上自衛隊に勤務していたのは知っていたので、それで名前を聞いたらそうじゃないかと思って……」
秋庭二佐は新政代表を見る。
「新政代表、孫……がここにいる可能性はあるんですか?」
こうした話はおそらく向こうの方が詳しい。互いにここにいるのは不本意であるが、特殊性で言えば向こうの方が五十年分の蓄積がある。秋庭二佐も現代人としてSFに関して無知とは思わないが、それでも体験者としては一日の長があるので、縋るように尋ねた。
「私も想定外だったので困惑してますが、理屈の上ではありえます。あ、ちょっとお待ちを」
新政代表は何かに気付いたのか、左手首に付けている腕時計をスマホの拡大表示するように親指と中指で広げると、側面のフレームが展開して画面部分がスマホの画面くらいまで拡大した。
「おお、未来のデバイスだ」
「スマートウォッチの発展型です。スマホもタブレットも健在ですよ」
五十年も経てば脳神経を直接ネットにつなぐような技術が出来そうだが、さすがに有機物と無機物を繋ぐような危険が高い技術は採用されないか。出来てメガネ型のウェアラブル端末だろう。
「……やはり……」
「なにがやはりですか?」
波川海将補が訪ねると、新政代表は海将補を見た。
「端的に申し上げますと、世界は違えど生まれる人物は同じ可能性があると言うことです。いま歴代の幹部名簿で検索したところ、波川海将補と秋庭二佐の名前がありました」
「なんですと?」
「ですので、歴史は違いますがお孫さんが2073年に自衛隊に入隊してここにいることはあり得ないことはありません。我々の歴史では、この時点ですでに惑星フィリアに転移していましたので」
並行世界はSFではメジャーな設定だが、それが現実で同じ自分が異なる歴史を歩んでいると知ると、驚きよりも不気味さを覚える。
「……そもそもですが、あなた方の日本の歴史で、その惑星フィリアに転移したのは西暦何年ですか?」
新政代表の話し方だと87年から転移したように聞こえたが、意外な年数を話した。
「西暦2019年4月11日です」
思いのほか離れておらず、丁度新型感染症が流行しだした年だ。そしてその年にはもう和人は生まれている。
ここに転移したのが2073年ならば転移してから五十四年が過ぎてる。和人が四十代前半で典子が生まれたのなら年齢は合うし不自然さはない。
「とはいえお互いこの仮説を実証するにはDNA検査しかありませんね。秋庭典子さん、急なことですが医務室に行って毛髪と血液を提供出来るように用意をお願いします」
「はい。分かりました。失礼します」
お互い予期せぬ可能性に動揺したこともあり、典子はお辞儀をすると駆け足で艦内へと走っていった。
年齢と相まってお転婆な性格なのだろう。
「うちのクルーが失礼しました」
新政代表は流れを崩したことを謝罪する。
「いえ、この状況こそが異例中の異例です。私たちもこうした可能性は思いついていませんでしたので。では改めて対話と行きましょう。感染症の心配から艦内ではなくここがいいでしょうか」
「お願いします。代表の話を聞く限りでは問題ないでしょうが、万一のことを考えると目も当たられませんので」
「まず皆さんが第一に知りたいことは、我々がこの世界と日本にとって敵かどうかですが、そうではないと明言させていただきます。そもそも我々はこの世界を目指して転移してきたわけではなく、不本意な事故で来てしまいました。任意で恒星間転移を可能とする装置を開発し、私たちの地球とフィリアを繋ぐゲートを設置するために艦隊を組んで派遣しました。何度も実験をして問題ないとしたのですが、本番時に万一のトラブルが起きてしまったようです」
「そちらの日本との連絡手段はないのですか?」
「転移に成功していれば条件はありますが、本土からの片道通信が可能でした。ですが一日経とうと本土から連絡がないので把握しているかどうか」
「艦隊としての方針は決まっていますか? どの国にも支援を求めないのか、それとも……」
「それについては意見が割れています。支援の見返りにこの世界に元来存在しない技術を与えるべきか、それとも支援を求めず、艦隊のみでこの海を漂流し続けるか……」
自分たちが異端で危険であると理解しているからこそ、この決断は政治的、軍事的に極めて重大だ。
この世界の日本が支援をするなら当然見返りを求める。生産性が厳しい天自艦隊が提供するとなれば技術や情報となろう。
情報は一度得ると二度と削除ができない。未来の異星技術がこの世界に広まれば、順調に成長し発達するはずだった社会は歪な発展となる。それがいいかどうかはその時にならなければ分からない。
逆に支援を求めないなら排他的経済水域にいるのも厳しくなり、艦隊は公海をさまよう漂流者となる。クルーズ船や補給船があるからある程度は耐えられるだろうが、それでもいずれ燃料も食料も尽きる。
いくら強力な技術や武器を持っても、帰るべき港がないと隊員たちの精神はどんどん摩耗していく。
「あの、発言してもよろしいですか? 私は防衛省法務部の手岸です」
「手岸さん、どうぞ」
「皆さんの住んでいた元々の地球……ややこしいので、天自艦隊の地球を〝地球B〟。この地球を〝地球A〟と呼ばせてもらいます。地球Bに転移した場合、やはり支援を求めると思うのですが、どの国の支援を求める予定だったのですか?」
「アメリカです。国土転移は入れ替える形で行われるので、元々日本Bがあった場所にはフィリアの土地があり、そこでは複数の国が共同管理しています。アメリカBに支援と援助を願い、日本Bのあった土地を収用してゲート建設を計画していました」
「アメリカBも当然支援をするにあたって見返りを求めると思いますが、何を差し出すつもりなんですか?」
見返りを求めるのは日本AもアメリカBも変わらない。元々何かを差し出すのであれば、日本Aが受け取っても問題ない、手岸法務官はそう暗に言おうとしているのだ。
「いくつか用意はありました。ゲート使用権は当然として、地球Bではエネルギー問題が深刻化していたので、これを提供する予定でした」
新政代表は背広のポケットに手を入れると、そこから一つの赤い鉱物を取り出した。見た目はルビーのようなもので、加工されているのか二センチ単位の立方体をしている。
「ルビーのように見えますが、宝石ですか?」
「そう見えますが、これはこの地球上に天然としては存在しない『レヴィニウム』と呼ばれる鉱物で、熱エネルギーを電気エネルギーにノーコストで変換し続けられます」
!?
新政代表の説明を聞いて、日本A側の人間は全員強い衝撃を受けた。
熱エネルギーを電気エネルギーに変換するのは、それだけなら一般的な発電施設の流れだ。熱を生み、その熱で蒸気を生んでタービンを回して発電をする。
その発電量に応じて施設は大きくなるわけだが、それをその赤い鉱物で可能だと言う。
ある程度の知識を持っていれば夢の物質であると理解できる。
「代表……その変換効率はどれほどですか?」
坂井技術官が問う。
「カルノー効率に沿った値です。百℃で二十六%。三百℃で五十二%。千℃で七十八%。熱に変換できる上限の三千七百℃で九十三%ですね」
「マジかよ……」
「坂井さん?」
「原子炉の発電効率が三十五%ぐらいだから、多少の損失を考えても効率的だ。しかも二℃から出来るってことは廃熱も利用して再発電することもできる」
「これの利点が、既存の設備にも後付けで第二発電系統として出来ることです。すでにある原発にも利用出来て、倍とは行きませんが五から七割の向上が見込めます」
「……もしかして、使用済み核燃料にも使える?」
新政代表は微笑んだ。
「はい。それによって私たちの日本の電気事情は別次元で解決しました」
電気問題な全世界共通の問題だ。電気を作るには何かを消費し、その消費が新たな問題を生み、クリーンエネルギーとして原子力発電や再生可能エネルギーへとシフトして、また問題が起きた。
このレヴィニウムは、原発をより安全な状態で超長時間かけて発電することが出来る。
はっきり言って、これを手にすれば異次元のブレイクスルーが起きるだろう。
「もちろん、電気事業者にとっては採算が取れないとして憤慨しましたがね」
「でしょうね。様々な事業をしてるとはいえ、電気代が最大の収入源である種特権ですから」
社会は電気がなければ何もできない。それ故に電気を扱う事業には時に逆らえない。既得権益とも言えて、それを脅かされるとなれば反発するだろう。
「そこはレヴィニウムの優先的販売と管理の権限を与えることで、導入の摩擦は最小限に抑えています。手綱は政府が握ってますけどね」
「これを支援すればいただけると?」
「ゲート建設には国家レベルの支援が必要ですからね。これくらいのことはしますよ。ですが、それは地球Bの話で、地球、日本Aにはまだ迷いがあります」
時間格差による判断不順。いくら2073年から来たとしても、瞬時な判断とは行かない。
それはこちらでもある意味同じだ。政治家ではない秋庭達に決定権はなく、この話は持ち帰って判断を仰ぐ形になる。しかし、これが事実であれば支援をする判断を下すだろう。
日本だけではない。先進国は軒並み挙手するはずだ。もしこれが純粋な異星人ならば国際競争力の弱い日本は後手に回るが、相手は別世界の日本だ。
向こうも日本よりの判断をすると期待できる。
「新政代表、我が国が貴方方を支援するかは一度持ち帰ることになります。ご存じの通り、我々には政治的判断は下せませんので」
「理解しています。今回は私たちの素性が不明だったため護衛艦で来られたでしょうが、次回来られるときはヘリで直接のほうが時間は短いかと。SH‐60Jでは往復は出来ないでしょうからこちらで給油できますし、オスプレイで来られてもこちらでは問題ありません」
新政代表は次回の対話についての相談を持ち掛ける。
まだ天自艦隊を政治的に承認していないのと、日本Aへの不安を煽らないためか自分たちが近寄る提案はしない。
その配慮から、やはり向こうも日本人であると理解できる。
「それも踏まえて検討をしていただきます。出来れば天自艦隊との通信ラインを確保したいのですが」
「承知しています」
新政代表はポケットからさらに一枚の折りたたんだコピー用紙を取り出した。
「通信衛星〝きらめき〟シリーズ経由で通信できる防衛省の暗号通信です。私たちの時代では運用はしていませんが、地球Bの通信規格が不明だったので転移前の資料を持ってきていて助かりました」
「こちらでも通信衛星は〝きらめき〟です。やはりかなりのところで同じなのですね」
人ですら同一人物がいるのだから、システムも同一であっても不思議ではない。
これで他国に通信内容を警戒する必要がなくなる。
これだけでもここに来たかいがあったというものだ。
ひとまず元々の目的、技術、次回の対話と最低限聞くべきことは聞いた。聞きたいことは山ほどあるが、それでも抑えるべきポイントは抑えた。あとのことは次回聞けばいい。
秋庭二佐は来ている防護服の酸素タンクの残量を見た。メモリは半分を下回っている。
「海将補、あと二十分ほどです」
「分かった。他に何か聞きたいことはあるか?」
「はい。坂井ですが、そもそも日本Bはどうやって異星に転移したんですか? 転移したのが2019年で、転移以外相違点がないならそっちでも転移技術はないと思いますが」
「そうでしたね。こちらでは当たり前すぎて忘れていました。資料にも書いてありますが、1987年に直径三キロの小惑星が発見され、それが地球への衝突コースだったのです。人類はそれを回避するべく動いたのですが、失敗して砕けた破片が日本列島を覆うように落ちました。その時の高温と落下の瞬間の落下エネルギーによって、小惑星とフィリアが瞬間的に繋がって入れ替わるように転移し合いました」
「直径三キロの小惑星……その速度は?」
「確か……秒速六十キロだったかと」
「人類滅亡レベルじゃないか……」
「砕けたことでそれは避けられましたが、砕けた破片でおそらく大津波が発生して太平洋沿岸を襲ったと思われます。これは憶測ですがね。よって地球Bは平均的な発展は出来ていません」
直径三キロと言えば地球と比べると小さいが、それくらいで人類か文明滅亡であることは聞いたことがある。砕けて軽減したとしても、新政代表が言う通り大津波がアジア諸国を始めアメリカや南米を襲ったことだろう。
「私たちの派遣は、その発展の助力に繋げればと言う意図もあります。自惚れるつもりはありませんが、私たちの保有する科学力は地球Bより優れていますので」
淀みのない発言は、自信の現れて虚偽でないことを物語ってる。
坂井技術者は以上ですと言って下がり、次に秋庭二佐が手を挙げた。
「……これは皆さん方も専門外と思いますが、歴史が違うと言うことはタイムパラドックス……祖父殺しのパラドックスは起きないと見ていいんですかね」
秋庭二佐は自身が経験したことから、平時なら雑談程度の話題を真剣な口調で切り出した。
祖父殺しのパラドックス。タイムトラベル物の作品なら出てくるメジャーなストーリー設定だ。タイムトラベラーが過去に戻って自分または知り合いの先祖を死なすまたは運命を変えることで存在消失する現象だ。
「そうですね……私たちも転移に関しては知識はありますがタイムトラベルは初めてですが、仮に今あなたが亡くなったところで秋庭三曹が消えることはありえないといえます。そもそも歴史が違いますし、失礼ながら秋庭二佐は元の歴史では今年以前にはもう亡くなっています」
「え?」
軽い疑問点からの質問だったが、予想外の返答をされたことでまた嫌な汗がにじみ出てきた。
「私はもう死んでるんですか? そっちの歴史では」
いや、七三年なら生きていても九十代だ。その前に寿命や事故で死ぬこともあり得る。
しかし、新政代表は冷酷な事実を告げた。
「はい。国土転移してから六年目に一度目の防衛出動を発した『ユーストル事変』がありまして、その時に艦長を務めていた〝はるさめ〟が轟沈。全員が殉職しました。秋庭二佐、現在は〝てるづき〟艦長ですが、〝はるさめ〟に配属されていたことは?」
「……あります。以前は〝はるさめ〟艦長でした」
防護服の暑さと相まって嫌な汗が止まらない。
「そこでも同じだったのですね。ですので、私たちの歴史では今年までに亡くなり、この世界では生きている。この矛盾がタイムパラドックスが起きない理由と考えられます」
「別世界でも自分の運命を知るのは来ますね」
「私は今年で六十五になりますので、もしかしたら小学生の私がいるかもしれません。総勢三千五百人になる艦隊の中にも、すでに出生している人がいれば、そもそも生まれていない人もいますね」
新政代表の言う通り、歴史が大きく異なっているからある意味ではパラドックス的なことが起きていることになる。
A世界では存在してもB世界では存在しない。その逆もある。並行世界が実証されたことでその事実が証明された。
「私からも以上です。ありがとうございました」
嫌な事実だが、この自分は生きている。並行世界の自分がもう死んでいたとしても、変な考え方だが他人だ。自身の主観性として生きていると自覚しているなら気にする意味はない。
別世界の自分が死んでも自分が死んでないのだ。運命と言う名の糸で紐づけされてないなら悲観する必要はない。
「波川海将補、一つこちらからも伺いたいのですが、日本Bの総理大臣はどなたですか?」
「佐々木源五郎です」
「っ、佐々木総理ですか……こちらでも転移当時は佐々木総理だったので、そこは同時期に総理をなさっていたのですね」
「そうでしたか」
「新政代表、そしてこの世界の日本の皆さん、お待たせしました」
酸素残量が十分を切った頃に、艦内に入っていった秋庭典子三曹が戻ってきた。
「はぁ……はぁ……お待たせしました。こちら、私、秋庭典子の血液サンプルが入った冷凍容器です。比較できるように毛髪も入っております。これで確認は可能ですが、父の……この世界の秋庭和人のDNAも一緒にすればより確定します」
典子三曹はそう説明しながら保冷バックを秋庭二佐に差し出した。
「……確かに。息子のDNAと確認するかは決めかねるけど、私とあなたの関係は確認させてもらうよ」
秋庭二佐は自衛官だが和人は息子でまだ十歳だ。そんな理由でDNA検査はさせられないからそこは保留とする。
「はい。それと先ほどは失礼しました。同姓同名の可能性もありましたのに、名前と階級だけで断定してしまいました」
「いや。時期と同じ名前、階級と三つ揃えばもしやと思っても仕方ないさ。ただ名乗り出る前に上官に指示を仰ぐべきだったな」
様子を見ると誰かに叱咤のかもしれない。初対面時と違って自衛官らしい振る舞いをする。
「浅薄でした。反省しています」
「私は構わないよ」
『日本人』で『自衛隊』であっても全くの別組織だ。階級的に上であっても同属として扱うわけにはいかないから、少しだけ他人行儀の対応をする。
「海将補、日本Bの遺伝子情報を手に入れました」
秋庭は振り返りつつ波川海将補に報告をする。
「うむ。話したいことはまだまだあるが、このあたりが潮時だな」
「秋庭二佐、これを調べれば細菌やウイルスに耐性があるかが分かります。この人たちが本当に日本人なのと、二佐と三曹の関係性も」
来須分析官が小さく耳打ちする。
「次回来るときは生身で来れると良いな」
「ですね」
これで終わりと言う一瞬気が緩んだ瞬間、自衛艦乗りとして一番聞きたくない甲高い鐘が鳴る電子音が響いた。
『CICより全艦。魚雷音聴知。魚雷音聴知』
『対潜戦闘用意。これは訓練ではない。繰り返す。訓練ではない。対潜戦闘用意』
警報放送が甲板にまで響き渡ると、整列していた天自自衛官たちは慌てて〝かが〟艦内へ駆け戻る。足音が跳ねるように甲板を打ち、金属音が反響した。
合わせて、秋庭二佐だけが持つ無線機に通信が入った。
『〝てるづき〟CICより秋庭二佐へ。魚雷音を探知。魚雷音を探知。魚雷音相対方位百六十五度。送れ』
「こちら秋庭二佐、艦長代理の判断に従え。こちらはすぐに戻れるか確認を行う。終わり」
『了解。艦長代理の判断に従う。終わり』
艦長権限を委譲された秋庭二佐は、現時点で〝てるづき〟の指揮権を持たない。対潜戦闘の判断は久坂副長に委ね、秋庭二佐たちは自分たちの役割を淡々とこなすしかない。
しかし、この時代で魚雷攻撃を行うとは、この海を混沌の世界に引きずり込もうとしているのだろうか。
艦隊を包む静寂の裏に、緊迫した空気が重く垂れ込めた。海面の揺れも、潮風の匂いも、すべてが異常を知らせる前触れのように感じられる。




