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天蓋の檻~並行国家日本の交渉~  作者: 龍乃光輝


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第04話『天自艦隊乗艦』

〝てるづき〟が出航してから二十時間が過ぎた四月十二日十六時。

 所属不明艦隊及び衝撃波が発生してから二十八時間が経過した。

 原速で海洋を移動し続けた〝てるづき〟は、水平線に映る艦隊の影を捉えた。


『CICより艦橋。針路五度、十海里先に艦隊の艦影を捉えた。送れ』

「艦橋よりCIC、了解。針路五度、十海里先、目視で確認する。終わり」


 各種レーダー、光学機器を駆使するCICからの報告を受け、艦長席に座る秋庭艦長は収納場から双眼鏡メガネを取り出して水平線の先を見る。

 艦橋から水平線までの距離は気象状況によるが二十数キロは見渡すことが出来、今は日が傾き始めても快晴で波も穏やかだ。

 遠くも十分見据え、CICの報告の通り水平線上に突出する物体を視認できた。


「操艦、五度宜候ようそろ

「了、当直士官、五度宜候」

「宜候五度」

「宜候」


 少しずれていた針路を修正し、艦隊に向けて正面に向ける。


「海将補たち接触班を呼んできてくれ」

「了」


 士官の一人を伝達に向かわせ、秋庭は改めて双眼鏡で異端の艦隊を見る。

 遠目だから確認できるのはシルエットだが、それでも特徴的なマストを持つイージス艦らしい艦影は視認できた。

 艦番号などはさすがに見えないが、この海域で行動している護衛艦はいないはずだから件の天自艦隊の外輪にいる駆逐艦だろう。


「……〝ラファエル・ペラルタ〟の位置は?」


 双眼鏡から目を話した秋庭は当直士官に聞いた。


「〝ラファエル・ペラルタ〟は本艦の南南西十海里後方を十二ノットで移動中」


 位置的に〝てるづき〟は天自艦隊とラファエルのちょうど中間に位置している。


「……艦隊まで五海里になったら発光信号を送れ。ラファエルには見えないようにだ」

「了。内容はどうしますか?」

「こちらは日本国より派遣された護衛艦〝てるづき〟である。貴隊との平和的接触を希望する。本艦に戦闘の意思はない。接触の意思がある場合は、応答を求む。以上」

「了。五海里になったところで、今の内容を発光信号で伝達します」


 オープンチャンネルで更新すれば〝ラファエル・ペラルタ〟も聞いてしまう。天自艦隊との直通ラインがあればいいが、ない以上は通信は工夫をしなければならない。

 発光信号であれば位置的に〝ラファエル・ペラルタ〟は見えないから、艦隊からの発光信号は見えてしまっても反応を遅らせることはできる。


「艦長、一つ気になったのですが……」


 レーダー画面を見ていた当直士官が意見を述べた。


「どうした?」

「この海域は黒潮のど真ん中にあります。定点保持するならまだしも、レーダーを見る限りこの艦隊は微動だにしていません」

「なに?」

「定点保持レベルではなく、杭を打ち込んだかのように艦隊全てが静止しています」


 操艦の一つに、潮流や風に流されないようにその場にとどまる定点保持操艦がある。完全な静止は出来ずとも特定の座標に留まることが出来るが、それでも多少なり動いてしまう。

 それが艦隊単位で微動だにしていないそうだ。

 船乗りであればそれが不可能であると瞬時にわかる。


「これも異星の未来技術か。向こうにとって船を浮かすのも、その場にとどまるのも当たり前の技術ってことか」

「錨を下ろす必要がないのは羨ましいですね」

「まったくだな」


 錨にまつわる全ての作業と安全管理を無視できるのは船乗りにとって楽以外にない。

 それが簡単にできるのだから、それだけでも天自艦隊の基礎技術を測ることが出来る。


「海将補、上がられます」


 波川海将補はじめ接触班が艦橋に上がってきた。


「艦長、艦隊を視認できたと聞いたが」

「はい。距離は残り九海里。五海里になったところで米海軍に悟られないよう発光通信を行います」

「おそらく十分ほどで通信が来るだろうが対応を間違えるな」

「対応は通信士に伝えてあります。言質は取らせず、判断を天自艦隊に委ねろと」

「それでいい。天自艦隊には悪いが、アメリカに対して明確にノーと言えないと同じ日本なら察してくれるはずだ」

「嫌な信頼ですが、察してもらいましょう」


〝てるづき〟と天自艦隊までの距離が予定通り残り五海里になったところで発光信号を行った。

 艦隊まで十キロを切ると、より艦種の大きさが顕著に分かるようになってきた。この〝てるづき〟より巨大な護衛艦。世界中の空母より二百メートル近くは長い空母。それが裸眼でも見える距離となり、光であれば絶対に届く距離だ。

 2073年であってもパターンは変わっていないはずだからすぐに内容は理解されるだろう。

 秋庭艦長含め、艦橋にいるクルーは艦隊からの返答を待った。

 返答は三分後に来た。

 自称〝かが〟と名乗る、ハルナンバー190を艦首に記す空母クラスの軍艦から、発光信号が発せられた。

 すぐさま発光信号を言葉に直す。


『〝てるづき〟、本土からの航海感謝する。我が艦隊は貴艦の接近を確認し、貴艦および貴国の意図を理解している。我々、第一次恒星間転移派遣隊は、日本国国防軍の天上自衛隊隷下の艦隊である。異端である我々を前に警戒態勢は維持されたままで構わない。無線交信を希望する場合、貴艦より指定の周波数帯を提示されたし。平和的な接触を望む』


 返信内容を聞いて、艦橋内はおおっと歓声が上がった。

 前向きな返答に、表面上ではあるが平和的な接触が果たせそうで未知との遭遇のハードルが下がったからだ。


「海将補、無線交信だとラファエルに傍受される可能性があります。このまま発光信号で行うか、それとも傍受前提で無線通信をするかですね」

「……天自艦隊が容認するなら希望する艦に隣接する旨を伝え、その指示に従おう。発光信号で伝達してくれ」

「分かりました」


 あくまで〝てるづき〟からは一方的に天自艦隊に伝達する方法をとる。すでに〝ラファエル・ペラルタ〟は今の返答内容は理解しているだろうから意味はないが、少なくとも〝てるづき〟の意思は見せない構図は続ける。

 再び〝てるづき〟は発光信号で〝かが〟に意思を伝えると、すぐさま返答が来た。


『ハルナンバー190の左舷に来られたし。貴艦後部甲板に浮遊艇を派遣する。後部甲板にヘリが確認できるが、移動する必要はなし』

「いきなり旗艦か。それだけ信頼をしてくれていると言うことか」

「または防護能力が高いか、ですが。ともかく許可が出たので左舷に向かいます。操艦」


 秋庭艦長の指示で操艦士官が指示を出してDVM 190〝かが〟の左舷に向かうように航路を変更する。


『通信室より艦橋。米海軍の〝ラファエル・ペラルタ〟より通信あり。読み上げます。「海上自衛隊駆逐艦〝てるづき〟、こちらはアメリカ海軍駆逐艦〝ラファエル・ペラルタ〟。貴艦後方十マイルの位置を航行中。現在貴艦が接触を試みようとしている所属不明艦隊。その接触に我が艦も参加されたい。これはアメリカ合衆国大統領からの命令であり、日米安保に基づき法的正当性もある。日本政府からは貴艦の判断に委ねるとしているため、返答を求める」以上です』

「来たか」

「既定路線とはいえ、現場に政治を丸投げするとは……」


 官邸は現場の詳細な状況が分からない。そのため具体的な判断を瞬時にできないから、責任は取るから判断は任せる構図になる。分かってはいても、政治家ではないのに政治的判断を任されるのは自衛官として不満の一つだ。


『こちら、海上自衛隊護衛艦〝てるづき〟。通信感謝する。日本政府より本件に関する判断を本艦に委任されている旨、了承している。現在、本艦は対象艦隊との接触に関し、通信経路及び安全確認を実施中である。外部艦の同席は安全保障上の理由により、現時点では適当でないと判断する。本件の最終的な接触判断は、対象艦隊に委ねる。本艦は日本国の責任のもと、状況の監視及び警戒を継続する。状況の変化については、貴艦および在日米軍司令部へ適宜通報する。以上』


 要請が来ると分かっているから返答も決まっている。通信士はすぐさま〝ラファエル・ペラルタ〟に返信した。


「天自艦隊にこのことを伝達。向こうの判断を確認する」


〝ラファエル・ペラルタ〟に返信するのに合わせて、発光信号で〝かが〟に連絡をする。

〝てるづき〟は〝かが〟に並行する位置取りをするため迂回を始めた。

 両舷には192と193と掛かれた駆逐艦が停泊しており、その間を〝てるづき〟は通り過ぎる。攻撃の意思がお互いにないからこそできることだ。

 この護衛艦も従来より大きく二百メートル近く、大型に入る〝てるづき〟が小さく見える。

〝かが〟から返信が来た。


『〝てるづき〟、確認感謝する。当艦隊として、初接触任務は〝てるづき〟単艦にて実施とする。本件は複数国の関与による誤解・混乱を防止するため、日本艦のみで対応する。他国の関心は理解するが、当艦隊も状況を分析中につき、本件の管轄は日本とする』


「……艦橋より通信室。船務長、次の文を〝ラファエル・ペラルタ〟に送信。『こちら海上自衛隊護衛艦〝てるづき〟。所属不明艦隊の意向を確認した。当艦は日本国所属艦として、当該海域における初接触任務を単独で継続する。〝ラファエル・ペラルタ〟には日本政府および天自艦隊の最終判断に基づく対応を待たれたい旨を伝える。貴国の協力姿勢には感謝するが、本任務は現段階で日本の管轄下にある』と」

『了。〝ラファエル・ペラルタ〟に返信します』

「以後、どのような要望もとい命令が来ても艦隊が拒否していると言ってかわせ。送れ」

『了解』

「接舷作業はじめ。〝かが〟から五十ヤード《四十五メートル》横に付け」


 艦橋から外を見ると、DVM 190〝かが〟の左舷後方一海里ほどの距離となり、秋庭艦長は接舷指示を出した。


「了」

「海将補、停泊するまでに準備を」

「分かった」

「副長、現時点より艦長権限を委譲する」

「副長、艦長権限を委譲しました」


 秋庭艦長と久坂副長は敬礼をし合いながら権限移譲する。

 操艦担当は操舵士に指示を出して〝てるづき〟を〝かが〟の左舷五十ヤードの位置に停まるよう操艦をする。

 全長百五十メートルを超える艦となると、埠頭に接舷するにはタグボードと言う補助する船が必要だ。大きいゆえに微細な移動が出来ないからで、タグボートがないここでは互いに安全な距離を取って止まる必要がある。

〝てるづき〟は〝かが〟と接触せず、海流や風によっても自身の操艦で定点保持できる距離間で主基の動力を停止した。

 その間に秋庭艦長はじめ接触班五人は『異星に半世紀近くいた日本から来た存在』に接触するための準備をして後部甲板へと出る。

 護衛艦に限らず、先進国の駆逐艦には化学防護服が備わっている。

 万一生物兵器が用いられても対応できる全身防護服で、全員分ではないか船外活動が出来る人数分は装備しており、秋庭艦長たちはそれらを身に着けた。

 理由は異星から来たのが事実である場合、異星の細菌やウイルスを持ち込んでいる可能性があるためだ。未来の日本がその管理が杜撰とは思えないが、全てが向こうの言い分を聞くしかない都合上、こちら側でも出来る限りの防護策は施して向かう必要があった。

 そもそも異星に国土ごと行き、致命的な細菌に苛まれたのなら全滅しているはずなので、理論的には防護服を着る必要はないが、つい数年前に世界中を襲った伝染病の記憶が色濃く残るので、この防護策は外せなかった。

 全身を特殊素材のスーツで覆い、顔にマスクをつけ、背負った酸素タンクから空気を供給して外界とほぼシャットアウトする。

 季節が四月であってもまだ日があると暑く、着て数分だというのにもう汗がにじみ出てくるのが分かった。

 フシュー、フシュー。と呼吸に合わせて外に息が排出される。


「改めてみるとデカいな」


 右舷に見える異星から来た天自艦隊旗艦〝かが〟。全長五百メートルとあるから百五十メートルの〝てるづき〟と比べるとはるかに小さい。排水量で数十倍も差があるだろうから、衝突すれば一瞬で真っ二つとなろう。高さもいずも型よりあり、甲板に配備している戦闘機の他艦内にも保管してそうだ。


「推測ですが、本国から支援を受けずに活動するために艦隊のみで長時間活動できるようにしたのでしょうね。補給艦とクルーズ船二隻もその理由かと」


 来須と後頭部にマジックで書いた来須分析官が解釈をする。


「この艦隊、全員戻れないことも覚悟で来たってことか」


 今の日本では考えられない判断だ。国ごと異星に行き、半世紀も過ごすと考え方も大きく変わるのだろうか。

 後部甲板に出て一分ほどすると、〝かが〟から動きがあった。

 甲板縁に人影らしい人を見かけると、〝かが〟から長方形の物体が出てきた。

〝てるづき〟後部甲板にいるクルーは「おおっ」と声を上げた。下から見上げる図だと、長方形の板をクレーンで吊るしているような見え方だが、クレーンらしきものはないから浮遊しているのが分かる。そして波と風の音しかせず、本当に長方形の板が自力で浮遊しているなら無音で浮いていることになる。

 常識ではありえない状況に、自衛官以前に人として驚いた。

 長方形の板は高度を下げ、〝てるづき〟の甲板と同じ高さになると止まって横にスライドして後部甲板に横付けした。

 リフトと表現したほうがいい長方形の板は、縁に落下防止用の柵を取り付け、向かい合わせの椅子と運転席があるシンプルなものだ。

 リフトの足場も見る限りでは厚さは三十センチ程度。縦五メートル、横三メートルの面積しかなく、どうやって浮いているのか皆目見当もつかない。

 半重力エンジン的なのがないと説明できない挙動だった。


「〝てるづき〟の皆様、遠路はるばるお疲れ様です。この艦載浮遊艇にて我が艦までお連れします」

 運転席にいたのは海上自衛隊と同じ青色迷彩服を着た日本人だった。帽子にはDVM 190〝かが〟の文字があり、帽子を変えて〝てるづき〟に登場させても見分けがつかないほど、自衛官だった。

「日本国より派遣された統合幕僚監部 作戦部幕僚長補佐の波川海将補だ。このような格好で申し訳ないが、異星の細菌を艦内に持ち込むわけにはいかないので理解してほしい」

「もちろんです。自分たちの先代も、国土転移直後は同様に細菌感染を警戒していたとのことですのでそのままでお越しください。ではお乗りください。足場は固定してあるので不安定さはありませんので」


 天自自衛官の案内で五人は策を超えて浮遊艇へと足を下ろす。

 不思議と、宙に浮いているのに宙に浮いている感覚が全くない。艦以上に地面に立つように床は微動だにしていなかった。


「宙に浮いているのにどうしてこんなに固いんだ?」

「本当……地面に立ってるみたい」

「波揺れみたいなのがまったくないな」


 各々初めて異星及び未来の乗り物に乗った感想を述べる。


「君、これはどうやって浮いているんだね?」


 波川海将補が聞く。


「申し訳ありません。代表より、説明は代表部がするので説明はしないように言われております」

「そうか。すまなかった」

「いえ、来られる方は五名でよろしいですか? もしそうでしたら着席をお願いします。皆さんの慣性までは制御されませんので、立ったままですと危険です」


 言われるまま五人は向かい合わせの二列の椅子に腰を下ろす。


「では微速で行きます」


 エレベーターが上昇するような感覚で浮遊艇の高度が上昇した。


「すごい。無音で飛んでる」


 マジックショーも形無しだ。

 秒速数メートルの速さで上昇し、〝てるづき〟の艦体を俯瞰できるようになる。ヘリに乗らない限り、俯瞰する形で見ることはないから新鮮で、秋庭二佐は見入ってしまった。

 高度が〝かが〟の甲板から少し高い位置に達すると上昇は止まり、ゆっくりと水平移動をした。加速するのではなく一定の速度で移動するから、最初の慣性以外体に負荷は掛からない。


「これ、見えない溝の中をなぞる様に移動している感じだな。エレベーターのワイヤーとも違う。座標で移動してる?」


 技術者らしい見解を坂井技術者がする。

 浮遊艇は〝かが〟の全通甲板に達し、改めて五百メートル級空母の甲板の様子が垣間見れた。

 甲板の基本の形は〝いずも〟型と同じで、斜めに着陸をするアングルドデッキはない。着陸する戦闘機を急停止させるアレスティングワイヤーも見当たらない。

 全通甲板にはヘリなど垂直離着陸できる気体の目印となる『不』に似たスポットマークが描かれ、そこ以外には等間隔で見たことない戦闘機が待機していた。

 それだけで空母と理解できるが、異星で2073年から来ただけあって戦闘機は従来とは異なる形容をしていた。

 日本の最新鋭戦闘機であるF‐35に似た凹凸のない機体表面と双発エンジン。ステルス仕様であることは分かるが、特徴的なのは翼がないことだ。そして代わりなのかは分からないが、翼がある位置には三つのアーチ状にミサイルらしきものが何本と連結されていた。


「コックピットがない。ってことは無人機か」


 未来の戦闘機だけあってか、ドローンのようにキャノピーを含むコックピットがなかった。

 甲板を見て数秒だというのに、聞きたいことが山のように出てくる。

 そんな思考を巡らせる中、浮遊艇はスポットマークに着地した。


「着地しました。降りていただいて結構です」


 天自自衛官に言われるまま、秋庭二佐たちは浮遊艇の柵を超えて〝かが〟甲板へと立つ。

 踏んでわかる空母特有の塗装された甲板。〝いずも〟の倍以上する広すぎる艦を体感して、現実であることを痛感する。

 秋庭二佐は数秒だけその事実を体感しつつ、意識を上部構造物へと向けた。

 そこには全員か一部か、百人を超える自衛官が整列しており、その列の前には護衛艦では異質な背広を着用した一団がいた。

 背広を着た一団。軍艦の甲板では異質なその姿が、彼らの立場を雄弁に物語っていた。


「行くぞ」


 波川海将補が小声で指示し、秋庭二佐たちは一団へと向かった。

 互いの距離が五メートルほどになったところで立ち止まる。


「日本国、防衛省より派遣されました、波川海将補以下五名。乗艦に感謝します」


 通常なら敬礼をするが、まだ日本は天自艦隊を自衛隊とも軍隊とも認識していない。不明武力勢力に敬礼をするわけにはいかないから、口頭のあいさつに留めた。


「波川司令補、初めまして。日本国、国防軍、天上自衛隊隷下、第一次恒星間転移派遣隊。政治部門代表の新政あらまさです。皆さんの乗艦を歓迎します」


 五十から六十代の男性。柔和な顔つきながら威厳を感じられる雰囲気を醸し出していた。


「別世界の日本との初接触と言う、歴史的で異例な場面ですが、このような格好を許してください」

「皆様方がそのような防護服を身に着けている意図は理解しています。惑星フィリアの細菌やウイルス類は地球の免疫機能で十分対応できますが、信用できるまでの検疫はお任せします」

「新政さん、私は防衛省 情報部 二等陸佐の来須です。ここに案内してもらった人も言っていましたが、転移直後、免疫系の不適応や未知の細菌感染もなかったのですか?」

「ありません。風土病こそありますが、イルリハラン王国から治療法を伝授してもらったので局地的で大勢の死者を出すようなことは転後五十年、一度もありません」


 フィクションで異星や異世界が出ても、こうした問題は邪魔なだけで取り扱われることはない。だが、科学的に見て地球と同じ大気成分が異星にある可能性はどれくらいか。考えれば限りなく低いことが分かる。

 その上で別世界の日本は全滅せず、かつ異星の環境に元から耐性があると信じられようか。

 無論、向こうの日本は準備を経て転移したのではないだろうから、否が応でも受け入れるしかなかったのだろう。そして運よく生きるなら問題なかった。


「聞きたいことが山ほどあると思います。我々は説明する準備を用意してありますが、それを口頭ですると何ヶ月と掛かります。ですので、資料をこちらで用意しました」


 新政代表は視線を後方に向けると、天自自衛官が一つのアタッシュケースと五箱の段ボール持って接触班の前に置いた。


「これは1987年から2073年までの資料を収めた紙媒体と、同じデータのハードディスクです。ハードディスクには、当時の報道映像、政府声明、戦争記録を含む歴史映像が収められています」

「別世界の日本の歴史ですか?」

「こちらは元々元の世界の地球社会に公表する資料でしたので、どう取り扱うかはお任せします。これらを確認することで、およそ八割ほどの知りたいことは知れるでしょう」


 残り二割は機密扱い、軍事力や技術の根幹に触れる部分だろう。さすがに全部を伝えることはしない。

 だが一つ気になる言葉を秋庭二佐は聞き逃さなかった。


「新政代表、私は派遣艦〝てるづき〟艦長の秋庭二佐です。今しがた戦闘記録とおっしゃいましたが、戦争をされたのですか?」


 自衛隊として聞き逃せなかった。自衛隊発足から今日まで戦争どころか紛争も経験していない。異星に国土ごと転移したからこそかもしれないが、いま対峙している自衛隊は戦争を経験している。自衛官として驚きを隠せない。

 なぜなら、自衛隊は負けない防衛組織であって勝つためではないからだ。


「転後五十年の間で二度、防衛出動を発した大きな戦争を経験しています。その資料も用意した中に入っておりますので」

「二度戦争を経験して、尚且つ派遣艦隊を構築できたと言うことは勝ったと言うことですか?」

「はい」


 淀みない返事に、秋庭の胸中に、冷たいものが落ちた。

 自衛隊は『守る』ためにある。だが今、目の前の男は『勝つ』ために戦った自衛官だ。

 同じ制服を纏いながら、歩んできた道はまるで違っていた。


「あ、あのっ!」


 ふいに隊列の中から女性の声が響いた。

 合わせて静止する声が聞こえるが、列の名から女性自衛官が一人秋庭二佐たちの前に飛び出てきた。


「突然飛び出てすみません。お名前を聞いてどうしても確認をしなければと出てきてしまいました」


 二十代であろう女性は敬礼しながら謝罪をする。


「〝てるづき〟艦長、お名前をもう一度お伺いしても構いませんか?」


 女性自衛官は秋庭二佐に顔を向けて問いかける。


「海上自衛隊二佐、秋庭一輝……です」


 フルネームを述べると、女性自衛官は目を見開いて驚きの表情を見せた。


「すみません、唐突ですが、お子さんはいますか?」

「え? ええ」

「もしかして、もしかしてですよ……名前は和人かずとですか?」


 その名前を聞いて秋庭二佐は片足を後ろに下げた。

 今言った名前は、紛れもない秋庭二佐の長男の名前だからだ。


「どうして俺の息子の名前を知ってる」


 自衛官としての秋庭二佐から父親の秋庭に変えて問い返した。なぜ昨日突然現れた異星で未来の日本の自衛官が、自分の息子の名を知っているのか聞かずにはいられなかった。


「実は……いえ、自分は秋庭 典子のりこと申します」


 ドクン、と鼓動が跳ね上がった。


「私の父は秋庭和人で、祖父が秋庭一輝と言います。私は、世界は違いますが貴方の孫に当たるかもしれません!」


 一瞬、時間が止まったように感じた。

 周囲の音も、潮の匂いも遠のいていく。

 ただ、静寂が甲板を支配した。

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― 新着の感想 ―
甲板淵⇒甲板縁 淵に落下防止用⇒縁 秋庭二佐の長さん⇒長男
更新お疲れ様です。 いよいよ接触も、いきなりファーストコンタクトで『爆弾』が・・・・(^^;; あとで『試料』として細胞片もらうのかな? お邪魔虫も虎視眈々と・・・・ 艦隊側はどう『圧力』をかわす…
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