神宮司先生、大丈夫?
まず、史也に相談した。
「そういえば、熊野のヤツ今週は話がやけに短かったな」
「史也は、熊野さんとはよく話すよね。他の女子とは、そんなに話さないのに」
「だってあいつの話、面白いから」
「そうなんだ」
「女子っぽく無いし」
「ええっ? ちゃんと女子だけど……?」
んんん? 何それ? どういう意味だ?
史也が相手だと論点がズレてしまって肝心の話が進まないので、とりあえず、神宮寺先生にも相談することにした。
「そうか、確かに今週は少し元気が無いとは思っていたけど……」
「あの、先生、お願いがあるんですけど。熊野さんの、みんなとの会話が書いてあるあのプリントを……オレ達が勝手に見るわけにもいかないんで、先生の特権で見てもらえませんか?」
「まあ、そうだな。じゃあ放課後、皆が帰った後に見せてもらおう。君たちも、付き合ってくれ」
と、いうことになった。
そして放課後、熊野さんのロッカーに置いてあるファイルを、先生の特権で一緒に見せてもらった。
プリントは、とても分かりやすかった。まず、月曜日までは熊野さんらしい、みっちりとした書き込みだった。火曜日から様子が一変する。
女子15人中8人から『熊野さんは男子と話すのが上手いよね』と、その一言だけを言われるようになる。
火曜日から今日まで、その8人から繰り返しその一言だけ言われ続けたのだ。様子がおかしくて当然だ。
それに伴って、あんなに細かい字でみっちり書き込んでいた熊野さんのコメントが全員分、簡単な短い文になってしまっている。
そしてこの8人は、オレにははっきり分かる共通点があった。
そう〈史也に憧れる女子〉達なのだ。
他の女子は、いつまでも素っ気ない史也の態度を、冷たいとかつまらないとか冷静に理解した様で、史也に対する扱いが他の男子と同等、もしくはそれ以下になっている。
実際、史也はオレに対しては好意的だからいいヤツなんだけど、興味がない相手にはとことん態度が冷たいし、決して性格が良いわけではないということが、だんだん分かってきた。どちらかというと、自分勝手で、わがままなのだ。
しかし、それに対してこの8人は史也の素っ気ない態度を『神秘的』と良い方に受け止めてしまっていて、その上あまり話さないからボロも出ないせいで、相変わらずアイドル状態が続いているのだ。
罪な男だが、本人にはまったく自覚が無いのはオレが良く知っている。
その上、史也は女子とはあまり話さないくせに、熊野さんとは何故か気が合うみたいでよく話しているから、多分、それが気に入らない原因だと思う。
そして、なによりオレにとってショックだったのは、この8人に城所さんが含まれていることだった。
「この毎日の会話を使ったいじめというのは、想定はしていたんだ。特に、高学年ではね」
神宮司先生も、結構ショックを受けているようだった。
「月曜日に俺が熊野を褒めたのがきっかけだとしたら、悪いことをしちゃったな……」
「いや、先生は悪くないでしょ」
史也がケロッとして言った。
「あいつは褒めてやっていいと思うし」
「日比野……君は、伊達にイケメンじゃないな」
オレも、史也がそんなに熊野さんを買っていたなんて知らなかった。
「日比野がそう言ってくれるなら、オレも堂々としていられるよ。有難うな」
先生はそう言って、史也の頭に手をポンと置いた。
「とりあえず、今回のことは想定の範囲内だから、後はこちらに任せてくれ」
「本当に? 大丈夫?」
史也が意地悪そうに言った。
「うーん、皆にちゃんと伝われば大丈夫だと思うけど……まあ、悪いようにはしないよ」
ちょっと頼りない感じだ。
「心配だなあ」
史也とオレは同時に言った。
「あれっ、古井戸にも心配されちゃうの? 困ったな」
「え?」
あれ? オレ、何か言ったっけ?
「先生、頑張るから」
と言って、オレの頭に手をポンと置いた。
「お、お願いしますよー」
とりあえず話を合わせてみた。これが気遣いというヤツか、とか思った。
その場は笑顔で解散となった。
来週も、笑顔でいられたらいいんだけど。
★ ★ ★
そして、翌週の月曜日。朝の会で、早速始まった。
「それではですね、今週の〈ひとりずつを良く知ろう(仮)〉を始めたいと思いまーす!」
また、B6の紙が皆に配られ、先生は先週と同じ箱に手を突っ込んで、中から紙を1枚取り出した。
え? ま、まさか……?
「はい、今日の主役は熊野深月さんでーす」
わ、わざとらしいよ、先生! ……オレはめまいがした。熊野さんを見ると、可哀そうに、顔から血の気が引いていた。
先生に任せろとは、こういうことだったのか? 本当に大丈夫?
……そんな心配をしていると周囲の女子からクスクス笑いが始まり、いじめ特有の、嫌な空気が流れた。
それを遮るようにして、先生が言った。
「今日はこの後いろいろあるので、この紙は帰りの会で集めようと思います。それまでにしっかりと、各自よく考えて、書いてください」
それからオレにB6の紙の束を渡して、
「これは先週の古井戸くんについて書かれた分ね。記念に取っておいて」
と、言いながら一番上の一枚を抜き取った。
「で、これはオレがもらっていい?」
それは、オレが書いたヤツだった。
「あっ……」
オレは、そこでやっと思い出した。
オレのことを皆に書かれるのが恥ずかしかったから、せめてオレだけでも先生のことを書いてやろうと、先生を巻き添えにしたのだ。
『神宮寺先生は、皆が知らない所で皆のことをいろいろ考えてくれている、とても頼りがいのある先生です。ただ、残念なのは、学校改革の水玉さんに少し雰囲気が似ているところ。生え際も似ているから、将来的には髪型も似そう(笑)』と……
『とても頼りがいがある』と書いていたのに! それなのに、昨日は史也と一緒になって茶化してしまったのだ。
しまった、テキトーに書いていたのがバレてしまったかな……
「ど、どうぞ?」
オレは、引きつった笑顔で、なんとか返事をした。
「ありがとう」
先生はパアッとした笑顔で、それは嬉しそうにオレがテキトーに書いたB6の紙を自分のファイルに大事そうにしまっていた。
決して、嘘を書いたわけではないけど、えも言われぬ罪悪感に苛まれた。そして、まったく関係ないけど、オレはこの『えもいわれぬざいあくかんにさいなまれる』という言葉の響きが大好きなのだった。




