そして、始まってしまった
お昼休みには、朝の会で皆が書いてくれた〈古井戸未知流はこんな人〉は、廊下に貼り出されていた。スゴイ恥ずかしくて最初は見に行けなかった。が、しかし。
「何だよあれ、今日はオレについて書く日だったっけ? それにしても、熊野は書きすぎだな。文句を言ってくる」
一通り見てきた史也がニヤニヤしながら戻って来たので、一体何が書かれているのかと気になって、つい見に行ってしまった。
すると、ほとんどの人が『あの日比野くんと仲がいい』とか、『日比野くんを喋らせた男』とか、『日比野の心を開いた人』とか、とにかく史也のことばかり。史也の存在感に唖然とする。
そういえば、何を書くか悩んで頭を抱えていた史也は何を書いたのかと思えば、『うんこ大好き野郎』だけだった。それはお前だろ、と、オレは心の中でツッ込んだ。
結局、史也がオレを気に入ってくれたところは、謎なままだ。
ちなみに、かけちゃんは『お母さんがやさしい。すごい、いい人』と、オレのことでは無い内容だった。母上、良かったですね。かけちゃんに大人気ですよ。
そして1人、B6の紙いっぱいに文字を書いている人がいた。熊野さんだ。こんなにいっぱい何を書いてくれたのかと、ドキドキしながら近づくと、文字の部分を手で隠されてしまった。
「あ、後で読んでー!」
熊野さんがすっ飛んで来た。
「まさか、貼り出されると思わなくて、余計なこと、いろいろ書いちゃって……」
「え? ああ、じゃあ、後で読むよ」
「そ、そうして……」
オレとしては、熊野さんがオレについてどう書いてくれたのか、ちょっと楽しみだった。けれど、熊野さんは、この小さな紙に色々書き込んだことを後悔しているようだ。でも、まあ、『読むな』ではなくて、『後で読んで』だから、悪い内容ではないと思うけど。まあ、いいか。
帰りの会で、神宮寺先生が熊野さんを大絶賛した。
「熊野さんは、他の人を観察・分析する才能があると思います。せっかく、身近に熊野さんがいるので、彼女の物の見方とか考え方とか、毎日の会話の中で感じ取ることができたら、面白いと思います。人の良いところは、どんどん参考にして欲しいですね」
熊野さんを見ると、顔を真っ赤にして、固まっていた。
そして事件は、放課後に起きた。
帰りの会が終わって、史也たちとどうでもいい話をして盛り上がった後、さあ、帰ろうとオレ達は教室を出た。
その時、オレは熊野さんが書いた『オレについて』をまだ読んでいなかったことを思い出した。熊野さんはもう帰ったし、読むなら今がチャンスと思い廊下の壁を見ると、オレは違和感に、動きが止まった。
熊野さんの紙が無くなっていたのだ。
壁一面のビニールのシートに付いた透明なポケットに、B6の紙を差し込んだだけだから、簡単に取れる状況といえばそうだけど、わざと取らない限りは簡単に取れない状況でもある。
オレ達がザワついている所に、神宮寺先生が戻って来た。少し驚いた表情をしていたけれど、すぐに皆に指示を出した。
「そうだな、考えられる状況として、熊野は字が小さいから読みにくくて取り出して読んだ人がいてもおかしくないし、とりあえず、その辺に落ちてないか皆で探してみよう」
その場にいた数人で廊下と教室とゴミ箱を探したけれど、結局見つからなかった。
「熊野さん、先生に誉められている時、顔真っ赤にして恥ずかしそうだったから、自分で隠しちゃったのかもしれなくない?」
一緒に探してくれた、高橋さんが言った。
「あー、確かに恥ずかしがりだよね、熊野さんは」
みんなも同意して、とりあえずその日は解散となった。
しかし、翌日に熊野さんに聞いてもそんなことはしていないと言うことで、結局、先生に誉められたばかりの物が無くなるという、後味の悪い結果に終わってしまった。
そして、結局オレは熊野さんが書いた『オレについて』の文章を読むことが出来なかったのだ。何故かというと、熊野さんが別の簡単バージョンで書き直してしまったからだ。本人も、「余計なことをいろいろ書いた」と思っていたくらいだったから丁度良かったらしい。
何というか、オレ一人だけが損をしたような、がっかりした気分だった。
と、いう事件があったのが月曜日。
それから4日経って、今日は金曜日。明日は土曜日でお休みだ。
史也とたけちゃんが遊びに来る予定になっていたオレは、今までの人生で一番幸せな気分の浮かれポンチだった。
明日のお昼はみんなで何を作って食べるのかな~とか、そんなことばっかり考えていたから、皆と話す内容も「お昼ご飯を自分で作る時って、何を食べている?」と、聞きまくっていた。
皆だいたい、カップ麺とか、レトルトのカレーとか、簡単にすぐ食べられる物が多かったけれど、これに城所さんが食いついた。
「あたしはねー、グラタン!」
「えっ、グラタン? 作れるの?」
「うん、グラタン好きだから、グラタンは作れるの。ちゃんとホワイトソースから作るんだよ。バターで玉ネギ炒めてー、炒まったら小麦粉入れて炒めてー、牛乳を少しずつ入れるの。そうすると、牛乳が温まってくるとネバネバ~になるのだけれど、この、牛乳と小麦粉の混ざる具合っていうの?この、最初は固いのを、牛乳で少しずつのばしてトロトロな丁度いい感じにするのが楽しいの!」
城所さんが、楽しそうに話してくれた。
「へー、グラタンを自分で作れるなんてスゴイなあ」
オレは自分で作ろうなんて考えたこともなかったから、本気で感心した。
「えへへー、おいしいんだよー」
熊野さんのアドバイス通り、城所さんにはこっちから話のきっかけを振って、後は好きに話してもらうという作戦にしてから、毎日楽しくお話しさせてもらっている。
共通の話題はまだ見つかっていないけど、熊野さんには、本当に感謝している。
その熊野さんが、今話している城所さんの向こう側にいるんだけど、何か様子が変なことに気がついた。何人かの女子が、熊野さんの席に近づいては、二言三言、話したかと思うとすぐに立ち去ってしまうのだ。
見ていて明らかに何か、変な感じがした。
「?」
城所さんとの会話が楽しく終わったので、オレは熊野さんの後ろからそっと近づいた。
熊野さんは、いつものプリントに今日の会話を書き込んでいた。そしてオレは、そのプリントがいつもとは様子が違うことにすぐに気がついた。
「あれ?どうしたの、熊野さん今日はずいぶんさっぱりして……」
オレが声を掛けると熊野さんが慌ててプリントを隠し、驚いた表情で振り返った。
「な、何?」
「え?いや、いつも細かい字でびっしり書いているのに今日は一言ずつしか書いていなかったから、どうしたのかなって思って」
「そ、そう?」
熊野さんが目をそらした。
「どうかした?」
「別に、どうもしない」
そのまま、熊野さんは下を向いて黙ってしまった。
「あ、そうだ」
オレは、熊野さんにお礼を言っていなかったことを思い出した。
「熊野さんのお陰でさ、城所さんと最近やっと、ちゃんと話せるようになったんだ。ありがとね、さすが熊野さんだよ……」
熊野さんが、困った表情で顔を上げた。
その目線が、オレから外れてちょっとオレの後ろを見た瞬間、彼女の表情が曇った気がした。熊野さんが何を見たのかを確認するために、オレはすぐ後ろを振り返った。
すると、オレの後方にいた女子が2人、オレの目線から逃げるように慌てた様子でこちらに背中を向け、そのまま教室を出て行った。
振り返ると、熊野さんも教室を出て行ってしまった。
「ええっ……?」
教室に嫌な空気が流れた。オレは、この空気を良く知っている。
いじめが、始まったのだ。




