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「はい、注目!」


 先生が皆の注意を集めて言った。 


「えーと今日は、本当は通常授業の予定だったんですが、今日この後、学校改革のあの水玉さんのお話を聞くことになりました!

 始まるのが9時15分からの予定なので、それまでの時間は今日の会話時間に有効に使ってください」


 そう言って神宮司先生は、オレ達の方を見てニッコリ笑った。びっくりした表情の史也が振り向いた。


「何、あれ? 先生がどうこうするんじゃなくて、イキナリ水玉さんが出てくるの?」

「そ、そうみたい」


 オレもびっくりした。


「何か、大事になっちゃったみたいだね……」

「まあ、水玉さんは初めからいじめを無くしたいって言っていたからな。水玉さんにとっても、肝心なところなのかも知れないけど」


 史也って、ちゃんと人の話を聞いていて、ちゃんと覚えているところが偉いなあと思ったその時、熊野さんの席の方で声がした。


「熊野さんって男子とお話しするのが上手いよねー?」


 昨日見た熊野さんのプリントに書いてあったそのままの言い回しが聞こえた。

 その涼やかな声が、今まさにいじめをしているという事実に、オレの身体は固まった。


「そんなの、当たり前だろ」


 なんと、史也が、熊野さんの代わりに城所さんに返事をしていた。


「熊野はちゃんと相手に合わせて、考えて話しているからな」

「ええっ……?」


 突然、関係無いはずの史也が出てきて、城所さんはうろたえた。


 熊野さんはその横で顔面蒼白になっていた。その表情は、『史也が口を挟むと状況が悪化するだけだから、余計なことは言うな』と訴えているようだった。しかし、当の本人は全く意に介さず続けてしまう。


「熊野はさ、 相手が興味を持っている物を会話が出来るレベルまでいろいろ調べているんだよ。その上で話のきっかけを用意して、相手に好きな話しをさせて、それをちゃんと興味を持って聞いているんだ。

 お前らみたいに自分の好きなことにしか興味が無くて、何の努力もしないくせに他を見下して、文句ばかり言っている連中とは、いろいろ違うんだよ、こいつは」


 ヤバい、史也がキレている。こんな史也は初めて見た。


「な、なんで日比野くんが、熊野さんをかばうの?」


 城所さんが感情だけの反論をした。これは、マズい。熊野さんの声にならない悲鳴が聞こえるようだ。


「はあ? オレの話、聞いていた?」


 ああ、史也が更にイラッとしている……こんな時、オレはどうしていいか分からなくて、ただ、うろたえるだけだった。

 すると、オレの背後から、かけちゃんがサラッと言った。


「そんなの、熊野が日比野のお気に入りだからに決まっているだろ。よく、女子っぽくないって褒めているし。なあ、古井戸?」

 かけちゃんがオレの背中を突っついて、オレに話しを振ってきた。が。


「えっ? 女子っぽくないって、あれ、褒めていたの?」

 オレは本筋とは関係ないところに突っ込んでしまった。


「褒めているだろ。あのスゲー女子っぽい姉ちゃん達を見て育って、女子を見る目は最高に厳しいものを持っているこの日比野が、女子っぽくないって言うんだぜ? 最高の褒め言葉だろ!」


 かけちゃんが、よく分からない理論で言い切った。

「へえー、日比野って姉ちゃんいるんだ?」


 隣の寺崎くんだ。誰にでも分け隔て無く爽やかに接する彼は、今では史也を抜いて女子の1番人気だ。てゆうか、オレのせいですっかり話が反れている。


「おう、しかも3人も! 高校生と中学生だって。この日比野の姉ちゃんだぜ? 3人ともふつうにテレビとかに出ていそうな感じのスゲー美人で、その上、3人ともスゲー良い匂いがするんだ!」


「おおーっ」と、話を聞いていた男子がざわめいた。


 オレはその美人な3人の前で、さんざん〈うんこ〉を連呼していたことを思い出して、遠い目をしてしまった。


「だからなあ、日比野は普段から最高級の女子力を間近で見て生活しているわけだから、お前らの女子力なんて屁でもないんだよ。他人にイヤミを言っているヒマがあったら、自分をなんとかしろって言っているんだろ」


 かけちゃんはいじめのことを知っていたのかは分からないけれど、予想外にものすごくまともなことを言って、キレイに話をまとめてくれた。


「そ、それなら、そう早く言ってよ」

 城所さんがかけちゃんに向かって、ちょっと恥ずかしそうに言った。


「そんなの初めて聞いたもん、あ、ありがとう……」

「よし、じゃあ、城所は今日の分、今のでいいな」


 何事も無かったかのように、今の騒動を毎日の会話のひとつとして納めてしまったかけちゃんを、男前だと、オレは思った。


「う、うん」

 かけちゃんのお陰で最初のトゲトゲした空気が無くなって、城所さんも素直に受け止めてくれたみたいだった。


「あ、あのう……」

 話が落ち着いたと思ったら、今度はめずらしく熊野さんが発言した。


「さっき、日比野くんが私を褒めてくれたみたいだけれど、あれ、違うから」

 せっかく話が落ち着いたと思ったところだったので、皆がポカンとしている。


「あの、私はもともと男子とも女子とも話をするのが下手だったから、私にとっては男子と話すのも女子と話すのも、どちらも同じ感じで緊張しているので、よく分かっていなくて、あの、ごめんなさい……」


 熊野さんが自分のことを皆の前で話すなんて、初めてじゃないのかな? クラス中が注目している。


「ええと、学校改革が始まって、皆と話さなくちゃいけなくて、でも私、何を話せば良いのか分からなくて、困ってしまって、とりあえず皆の興味があると言っていたものを全部調べてみて、それから皆と毎日話しながら、それがどう面白いとか、どういう風に好きだとか教えてもらっているうちに、私もどんどん皆の好きなものが面白くて、好きになっていって……今までの私は、偏った小さな世界しか知らなかったから。だから、急に世界が広がって、世の中にはこんなにたくさん面白いものがあるって皆に教えてもらって、もう毎日が楽しいばかりで、私はちょっと、浮かれていたと思うの……なんか、本当に、よく分かっていなくて。何か、気を悪くすることをしてしまっていたなら、ほんと、ごめんなさい」


 ぺこりと頭を下げる熊野さん。


 せっかくまとまっていた話を、熊野さんがまた戻してしまった。こういうところは、たぶん、オレと同じで要領が悪いのだ。

 当事者になってしまうと、その場の流れとか、空気がまったく読めていない。よく分かるだけに、見ていて辛い……


「だから、お前は悪くないって言ってんだろ!」

 何故か史也が熊野さんを怒っている。


「ちょ、ちょっと、やめて日比野くん」

 今度は、城所さんが熊野さんをかばっているし、もう、訳が分からない。


「ええとね、だから私は本当に、熊野さんは男子と話しをするのが上手くてすごいなって思っていたんだからね! 変な意味じゃなくて、その、う、羨ましかったのよ。私の方こそ、ご、ごめんなさい」

「え、ええ? そんな、私の方がよく分かってなくて……」

「いや、私が……」


 熊野さんと城所さんは、お互い何を謝っているのかよく分からなくなって、最後はふたりで笑っていた。よく分からないけど、仲良くなれたみたいでホッとした。


 これで、いじめは終わったんだろうか? 他の女子7人にも、ちゃんと伝わっているといいけど……


「あっ、じゃあ、そろそろ時間だから席に着いてー」

 教室の入り口のところでニヤニヤ見ていた神宮寺先生が、時計を見て慌てて皆をうながした。


 さて、今日の水玉さんは、何を話すつもりなのだろうか?


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