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友情初心者の困難

「ねえ、古井戸くん。日比野くんって、どうしていつも、あんな感じなの?」


 史也を大好きな伊東さんが言った。


「はい?」

「だって、私が何か話しかけても素っ気ないし、うるさいなー早くあっち行けよって感じで。いつも、すごく嫌そうな顔をするんだけど! ひどいと思わない?」

「あー、史也はどの女子に対しても、そんな感じだよ。特別、伊東さんに対してだけそういう態度な訳じゃないから、気にしなくて大丈夫だよ」


 伊東さんは、まったく納得いかない顔をしている。まあ確かに、何故、史也は女子に対してあんなにも素っ気ない態度でいられるのだろうか?

 オレなんか、女子に話しかけられるだけで、毎回こんなに心臓がばくばくだというのに。


「ねえ、じゃあ私、どうしたらいいの?」

「ええっ? そ、そんなこと、オレだって分からないよ……」


 何て難しい質問をするんだ!


「えー? じゃあ、古井戸くんはいつも日比野くんと何の話をしているの?」

「え? いや、特に変わった話をしているわけでもないし……」

「でも、いつも楽しそうに話しているでしょ?」

「そ、そうだよね……でもオレも、何で仲が良いのか、よく分かっていなくて」

「……」


 伊東さんはスッと立ち上がり、オレを見下ろして言った。


「役立たず」


 立ち去る伊東さんの後ろ姿を、唖然として見送った。


 でもまあ確かに、伊東さんにとってのオレの存在価値なんて、史也のオマケでしかない。


 当然といえば当然な反応だと気持ちの整理をして、今日の伊東さんの欄に、『役立たずと言われてしまった。がびょーん』と真実を書きつつ、後で見たときになるべく深刻に受け取らないように、少しふざけた感じで書いた。


 これは、いじめられていた頃の自己防衛の癖だ。そうだ、あれは伊東さんなりのギャグだったに違いない、と、思うことにした。


 それにしても伊東さん、ペットの犬の話をするときはあんなに面白くて楽しい人なのに、史也のことになると別人になってしまうな。

 伊東さん的には、犬と同様に愛情を注ぎ込んでいる史也が、犬と同じような反応をしないのが不満なのだろうか。

 とか、考えていると、今度は違う女子に声をかけられた。


「ねえ、古井戸くん。今、話して大丈夫?」


 今度は、史也を大好きな三原さんだ。


「日比野くんがね、私が話しかけるといつも嫌そうっていうか、迷惑そうな顔をするんだけど……何か、すごく嫌われているみたいで……私、日比野くんに何か嫌なことを言ったのかな……?」

「あー、史也はどの女子に対しても、そんな感じだよ。特別、三原さんに対してだけそういう態度な訳じゃないから、気にしなくて大丈夫だよ」


 史也に同じ態度をされても、性格によって、こんなに受け取り方が違うものなのかと、感心してしまった。


「本当? そうなの? よかった、有難う。ちょっと安心した」


 伊東さんの時と同じ事しか言えなかったコミュ力の無いオレに、三原さんは笑顔で感謝してくれた。史也のおかげで、オレは、少し良い事をした気分になれた。


「そうだ、古井戸くん。もう一つ、聞いてもいい?」

「はい?」

「日比野くんの好きなものって何?」

「そ、それは本人に聞いた方が良くない?」

「だって、聞いたけど教えてくれないもん」


 まあ、そうだろうなあ。


「えーと、史也の好きなもの……?」


 あれ? 何だ?  何かあったっけ?


「あ」


 少し考えて、史也の普通ではない食生活を思い出した。


「ああ、えーとね、オレが知っているのは、きな粉と豆腐くらいかな」

「きな粉とお豆腐?」

「うん、前に、お昼にきな粉を食べたって言っていたよ」

「きな粉もちが好きなの?」

「いや、もちは嫌いだから、きな粉だけ食べるんだって」


 言いながら、オレは史也の変人っぷりを思い出して笑ってしまった。


「え……ええ? こ、粉だけ? 食べるの?」


 三原さんも動揺している。


「うん」

「えー、本当に? そんなことを知っているなんて、すごいね、古井戸くん!」


 三原さんは嬉しそうに、プリントのオレの欄に日比野情報を書き込んだ。


「ありがとう、古井戸くん!」


 三原さんが笑顔で去って行った。

 喜んでくれて良かったとため息をついたところに、ぷんぷん怒った伊東さんが来た。


「何で三原さんにだけ、日比野くんのことを教えたの? 私には何も教えてくれなかったのに!」

「ええっ? だって、それは……」

「だってじゃなくって!」


 もう、何も聞いてもらえる状況ではなかったので、とにかく嵐が去るのを待つだけだった。嵐が去った後、隣の席で寺崎くんが楽しそうに言った。


「古井戸、お前ホント面白いわ」

「もう、今後絶対何を聞かれても、史也の情報は女子には言わないようにするよ……」


 オレは机に突っ伏したまま反省し、そして学習した。

 そこに史也が来て、眉間にシワを寄せながら言った。


「未知流、オレの個人情報を勝手に話すの、やめてくれる?」

「はい、反省しています……ごめんなさい」

「あ、ホントだよ、今後何を聞かれてもお前のことは教えないって、今、言っていたもん」


 寺崎くんがフォローしてくれた。


「……本当? なら、いいけど」


 寺崎くんのおかげで史也の怒りは収まった。史也がオレの耳もとで言った。


「未知流だから教えたのに。他の人に言っちゃダメだよ」


 友情初心者のオレには、難しいことばかりだ。



★ ★ ★



 5時間目の後の休み時間になった。


 6時間目が始まる前に、まだ話していない人と話そうと、皆が慌てて残りの相手を探している。


 皆はどう思っているかは分からないけど、今まで休み時間をひとりで過ごすのが当たり前だったオレにとっては、話さなくちゃいけない相手がいて、相手もオレと話さなくちゃいけないから、オレを見つけて嫌がらずにちゃんと話してくれる今の状況は、とても幸せだと感じている。


 何故なら、今まではこうして話すチャンスさえ与えられずに、ただオレは見下されていじめられていたから。


 今はオレという存在がちゃんと認識されて、クラスの皆がそれぞれ評価してくれていて、それぞれとの関係が築かれようとしている感じがする。


 これは、今までの学校生活とまったく違う感覚だ。


「熊野さーん」


 オレは、相変わらずプリントにびっしりと書き込んでいる熊野さんに声をかけた。『よし、今日はオレから声をかけられたぞ』と、心の中でガッツポーズをした。

 なんとなく、熊野さんとは緊張しないで話せるようになってきた気がする。


「ちょっと待って」


 熊野さんは、顔をあげてオレを確認して言った。

 プリントに残りの文章を書ききって、また顔を上げ、「おまたせ」とニコッと笑った。熊野さんの笑った顔は、この時初めて見た気がする。


「古井戸くんは、あと何人?」

「え? ああ、熊野さんが最後だよ」

「私も古井戸くんが最後」

「3日目だし、ちょっと慣れてきたね」

「うん、やっと、ちょっとだけど話が出来るようになってきた気がする」

「えー、そんなに書き込んでいるのに?」


 たくさん文字が書き込まれたプリントを指さすと、熊野さんは恥ずかしそうに両手で隠してしまった。


「だから、これは色々気付いたことを書いているだけで……」


 いや、オレは素直にすごいなあと思っているんだけど。


「そうだ、ヒョウモン、トカゲモドキ? だっけ? 調べてみたら、ペットとして飼っている人が結構いるんだね。知らなかったよ、ヘビとかトカゲとか、爬虫類を好きな人があんなにいるなんて」


「ああ、うん、普通にペットショップで売っているしね」

「あ、そうだ。トカゲが懐くって本当?」

「え?」

「日比野くんが言っていたよ。脱皮に失敗した皮を取ってあげているうちにだんだん慣れてきて、プルプル震えながら耐えているのが可愛いって古井戸くんが言っていたって」

「えええっ? 史也がそんな事を言っていたの?」

「うん、トカゲが懐くなんて信じられないよ。古井戸くん、スゴイねえ」


 熊野さんが感心してくれた。

 オレはと言えば、オレの個人情報を話している史也に思いを馳せていた。


 オレは史也のことを話して怒られてしまったけれど、オレは、オレのことを知っていると史也が熊野さんに話していたことを、逆に嬉しいと感じている。


 つまりこれは、境遇とか価値観とか考え方の違いだから、史也が怒るのは間違ってはいないと思うし、オレは素直に嬉しいと思ったのだから、問題は無いのだ。


 友人関係って色々複雑で、初心者には分からないことばかりだ。とか、いろいろ考えてしまった。



★ ★ ★



 次の日の朝、トーストに豆腐を乗せて食べたら、思っていたより普通に美味かった。


 ちなみにお豆腐は、ぐちゃぐちゃに混ぜて味をつけてから食パンに乗せてトーストするとおいしくいただくことができる。


 何事も、思い込みで物事を決めつけてはいけない。史也は正しかったのだ。


 穂坂くんにも教えてあげよう。


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