3日目
今日の朝ごはんは、ツナマヨとチーズのトーストを作って食べることにした。
「穂坂くんも今頃、作って食べているかしら? 今日、学校で聞いてみてね」
母親が、やけに楽しそうに言った。
「うん」
言われなくても、こんな絶好の会話のきっかけを使わないわけがない。
昨日は、ほとんど受身で終わってしまったから、今日こそは頑張って自分から声をかけるぞ! と心に誓って玄関を出た。
玄関を出たところで、ちょうど平くんの後ろ姿が見えた。
「おはよう、平くん!」
走って平くんに追いついた。
「…………」
平くんは、振り向いてオレが追いつくのを待っていてくれたけど、何も言わずに追いついたオレの顔を、眉間にシワを寄せた顔でジロジロ見ている。
「な、何?」
「お前さ、何か変わった?」
「え? い、いや、特に変わったってことは無いと思うけど……」
「だよなあ」
「?」
「何だろうな、何かおかしいよな」
校門まで来ると、女子の集団の中に不機嫌な史也を見つけた。
「すごいな日比野、ハーレムじゃん」
平くんが的確な表現をした。
「史也、おはよう」
「未知流!」
史也がオレを見つけて、パッと笑った。
「未知流、今ここにいる人、覚えて!」
「はあ?」
「覚えた?」
いやいやちょっと、何人いるのよ? 7人? 8人? 良く見ると、うちのクラスじゃない女子も混ざっているし。
「じゃあ、行こうか」
史也がオレの腕をつかんでスタスタと歩き出した。
「もう、また古井戸に取られちゃった」
後ろで女子の人たちのブーイングが聞こえる。
「なあ、アイツひどいヤツだよな!」
後ろの方では、女子の輪に入り込んだ平くんがオレの悪口で盛り上がって、ハーレムの主に成り代わっていた。このままでは、オレは女子の敵になってしまうのは確実だ。
オレの腕を引っ張りながら史也が言った。
「あの中の誰かがこの後オレに話かけてきたら、お前もう話したじゃんって昨日みたいに言ってよ」
「えっ……ええーっ?」
史也は、昨日の一件でオレを使える存在として認識してしまったらしい。
「オレ、また女子に嫌われちゃうよ。それじゃなくても、さっきの人たちからは、もう確実に嫌われているのに」
「嫌われているって分かっているならいいじゃん」
史也が、ケロッとして言う。
「史也は好かれているから、そんなこと言えるんだよー」
オレの卑屈な気持ちなんて分からないよ……と泣けてきた。
「オレが好かれているのなんて、顔だけだし」
「え?」
「誰も、オレを好きなわけじゃない。中身なんて、どうだっていいんだよ」
そんなことを史也は考えていたのかと、びっくりした。イケメンならではの贅沢な悩みだ。
「オレが、どんなにいい加減な返事をしても、テキトーなことを言っても、どうでもいいんだよ」
「……ん? いやいや、怒られたりしていたじゃない? あれは、いい加減な返事をしていたからじゃないの?」
「えー、そうかな?」
「史也も、ちゃんと中身を見せてあげないと相手だって分からないよ。きっと皆、史也の中身も知りたいし、好きになりたいんだと思うよ」
これは、オレのこと。だって史也が何を考えているのかさっぱり分からないから。
「未知流がそう言うなら、考えてみるよ」
ちょっとふて腐れて、史也が言った。
「でも、さっきの連中にはちゃんと言ってね」
「うっ……」
史也を大事にしようとは思ったけど、何だか面倒くさい役どころに立たされてしまって困ったなと考えていた時、不意に、背中を強く叩かれた。
びっくりして振り向くと、満面の笑顔の穂坂くんがいた。
「おっす! 今朝は納豆とチーズのヤツに、魚肉ソーセージ乗っけてやったぜ」
「おお、うまそー!」
「あのさ、何で今までオレはトースト1枚以外に食べようとか考えなかったのか、不思議だよな。
そもそも自分で作るとかいう、発想が無かったしな。目からウロコっていうの? もう、朝から腹一杯って幸せだな!」
穂坂くんにしっかり朝ごはんを食べさせる計画は達成された! オレは心の中で、こっそりガッツポーズをした。
「オレ今朝は、トーストに豆腐乗っけてみた」
イキナリ、史也がとんでもないレシピを嬉しそうに言い出した。オレと穂坂くんは驚いた。
「ええっ……?」
「お、おいしいの……?」
オレは正直、水っぽい豆腐はトーストには合わないと思った。
「うん、美味かったよ」
史也が、にっこり答えた。
「史也は、豆腐が好きなの?」
「うん、大好き」
「じゃ、じゃあ明日オレもやってみよう、かな……?」
その時のオレは、正直、絶対美味しく無さそうと思いながらそう言った。穂坂くんが史也の後ろで眉間にシワを寄せて「やめとけ」って顔で首を振っていた。
友情って大変だ、と思って、笑ってしまった。
★ ★ ★
神宮寺先生が腕を組んで、困った感じで言った。
「女子から、苦情が来ているんだけど」
「はい?」
え? オレに、女子から苦情? そりゃあ、存在自体に文句を言われるのは、よく分かっています。ごめんなさい。
「日比野が女子を複数で囲って、それで各自話したことにして済ませているって」
え? なんだ、史也のこと?
「ああ、あれは本人も困っているみたいですよ。気がつくと、囲まれている状態になってしまってどうしようもないというか……」
そこまで言って、オレはふと気がついた。
「な、何でそれをオレに……?」
「いや、良く分からないんだけど、女子によると古井戸が裏で仕切っているという話になっていて」
「はあ?」
朝の、ハーレム状態の平くんを思い出した。たぶん、犯人は彼だ。
いじめは、やっぱりそう簡単には無くならなくて、こうして形を変えて残るのだと思う。
でも今のオレは、今までのオレとは違うのだ!
「じゃ、じゃあ、女子の人に、あの、日比野くんには一人ずつ、その、話しかけるようにしてあげてって、言って欲しいです!」
史也のためにオレは頑張った。史也を大事にするのだ。
「そうか、日比野はモテそうだから大変だよな。分かった、伝えておくよ」
「お、お願いします……」
「あとさ」
神宮司先生は少し前のめりになって、オレに顔を近づけて言った。
「古井戸は、朝ごはんを自分で作っているって本当?」
「え?」
一瞬、何で先生がオレのプライベートに詳しいのかと驚いたけど、先生もみんなと毎日話しているんだから、たぶん、かけちゃんから聞いたんだなと勝手に納得した。
「はあ、最近ちょっといろいろありまして……」
「穂坂がさ、今日、嬉しそうに教えてくれてね。今朝は自分で作ってお腹いっぱい食べて来たって言っていたよ。聞いたら、古井戸が何かしてくれたそうじゃないか」
「ええっ、い、いや、そんな大した話じゃなくて……」
「ん? 何か事情があるの?」
「ええー……」
結局オレは、何故か神宮寺先生にまで全部を話すハメになってしまった……
「そうか。そんな事があったのか……でも、そこで穂坂のために動くことが出来たっていうのは偉いと思うぞ。だって、相手は2年前には自分をいじめていたヤツなんだからな。うん、そうか、そんな風に考えられるって、古井戸、君はいいヤツだなあ」
先生の大きな手で、頭をわしわしされた。
「話してくれて、有難うな」
ええっ、オレはいいヤツなんかじゃないのに……
オレは、自分が反省しなくちゃいけないことから逃げたかっただけで、オレの方が、穂坂くんに助けられたくらいなのに。
先生は何か壮大な勘違いをして、オレをいいヤツと思ってしまったみたいで、困った。




