シーン12 美佳と天才。
美佳は螺旋階段を駆け上っていた。もうずいぶんと登っているはずなのに、まだまだ最上階にたどり着く気配はない。
「はぁ~、急がないと!
塔の一番上ってまだまだ先かなぁ……?
舞踏会が終わるまでに間に合わせないと……」
登りながら、ふと仙狸の言葉を思い出して、美佳は立ち止まった。
「でも狼なんて出るのかな……? お城の中なのに……。
ねえウォルフさん。
……あ、ウォルフさん探さなきゃいけないんだった!」
そこでハッと気がつく。
「あ!! 狼が出るって……ウォルフさんの事かも!
ね? ウォルフさん!
……あ、ウォルフさん探さなきゃいけないんだった!」
美佳が何度目になるかわからないその言葉を口にした時、階段の上から笑い声と共に一人の男が駆け降りてきた。
「あはははははははー!
ねえお嬢さん、ゲームしよう!
これから喋る言葉は全部反対にするんだ!」
突然駆け下りてきて意味不明なお誘いをしてきたその男は、音楽室に貼ってある中世の音楽家のような恰好をしている。
美佳はきょとんとして聞き返した。
「え、どなたですか?」
「ばてっだめだゃきなわいてしえかりくっひぶんぜーらかだ!
あはははははー!」
全く何を言っているかわからない謎の言葉をまくしたて、男は大笑いする。
「え? え……?」
混乱しきっている美佳に、男はさらに畳みかけた。
「いなかいにびそあとくぼ? うど、で?
あはははははー!」
頭の中で言葉を逆から考えていくが、男が早口すぎて覚えきれていない。だが、聞き返そうとしても、その言葉を逆さにしなければならなかった。
美佳は必死で頭を働かせる。
「え、えーと……。
すでい……なら……かわんぜんぜ……かのるてっ……いにな……」
一瞬にして美佳の言葉を理解して、男はうんうんとうなずいた。
「えー、そんじゃあ、少しずつひっくり返すようにしよう!」
「す、少しずつ……?」
聞き返す美佳に、男は手本を示すように言った。
「そ。あはははははー!
でー、うーどー? くーぼーと、そびあーにこーいー?」
もう一度美佳の頭がフル回転を始めた。
「ええと、ぼくとあそびに……あ、そういうことかっ!
あっ、もーでー、たしわー、ふーがくをりーとーにー……」
「へー、うーそー。あ、みーきーの、まえなーは?」
「みーきーのまえなー……あ、そっか!
たしわーの、まえなーは、那須野美佳ですー。
なたあーの、まえなーは……?」
美佳も男に聞き返す。だんだんと、美佳もこの会話に慣れ始めていた。
「くーぼーの、まえなー?
ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト。
しきせいなー、まえなーはー、
ヨハンネス・クリュソストムス・ウォルフガングス・テオフィールス・モーツァルト。
ちょっと神に選ばれた、天才音楽家さ!」
男が名乗ったその名前に、美佳の目が丸くなる。
「ええええ!! ほ、本物のモーツァルトさん!?
あ、でも、ひっくり返すの忘れてますよ?」
「あはははははー! 君もね!」
美佳は最も憧れた音楽家を目の前にして感激していた。
「私、モーツァルトさんの曲、大好きです!
色々お話聞きたいです! けど……」
「けど……?」
「これから急いでこの塔のてっぺんに行って、楽譜を取ってこないと……」
美佳は少しそわそわした顔で上を見上げる。
「そうなんだ。じゃあ追いかけていこうかなー、あはははははー!」
モーツァルトは笑いながら階段を駆け上がって行った。
「え……?
追いかけるって……先に行っちゃった……。
なんか、変わった人だったなぁ~」
美佳はぽかんと階段を見上げていたが、気を取り直して階段を登り始める。だが流石に疲れてきていた。
「はぁ、私も急がなきゃ……。
でも、疲れたぁ……」
その時、どこからともなく少年の声が聞こえてきた。
「音をたてない魔法の靴はいかがですかー?
しかも、いくら走っても疲れません!
今ならお安くしときますよー!」
その声は、美佳が初めて聞く声だった。
「え……? 今度は誰……?」
少し階段を登った所に、美佳は声の主を見つけた。
「え、靴……?」




