シーン5 @富士宮家の庭
あかりは、庭で素振りを続けていた。
「……イチ! ……ニ! ……イチ! ……ニ!」
気合を込めて木刀を振る。ポニーテイルが揺れ、飛び散る汗のしずく。
正確無比に繰り返される太刀筋とは裏腹に、あかりの心は乱れていた。
全ての物を切り裂く奥義万斬刀……。
水の敵を斬れなかったのは、あたしが未熟なせい。
弧次郎さんについて行けてなくて、シンクロ出来ていないから……。
鍛えなきゃ……! 弧次郎さんと同じに動けるように、鍛えなきゃ……!
あかりは素振りを止め、頭をぶんっと振って汗を飛ばした。ふうっと息を吐いて、弧次郎に向きなおる。
「弧次郎さん! もう一度、万斬刀の動きを見て下さい!」
何度目になるかわからない懇願に、弧次郎はぎこちなくうなずいた。
「あ、あぁ……」
弧次郎の目には、結果は見えていた。何時間も休まず繰り返す素振り。一糸の乱れもないフォームで繰り返すその素振りも、弧次郎の評価を変える事は無かった。
弧次郎の目の前で、ゆっくりと構え、あかりは跳んだ。
「とう! 必殺……! 奥義! 万斬刀!!」
小さい頃から何度も見て、イメージして、練習してきた技だ。そのフォームは完璧で、美しかった。
「……どうですか!? 弧次郎さん!」
着地するなり、あかりは弧次郎に意見を求める。
だが弧次郎は無言で目を閉じた。
「やっぱり……ダメですか……。
ダメ、ですよね……。弧次郎さんの動き、ちゃんとわかってるのに……。
イメージだってちゃんと出来てるのに……っ!」
肩を落としてうつむくあかりに、弧次郎は目を閉じたまま言った。
「……もうやめろ、あかり」
あかりの動きが、思考が止まった。弧次郎がそんな事を言うなんて、信じられなかった。
「えっ……?」
「続けても無意味だ。お前にもわかっているのだろう?」
弧次郎の口調は、飽くまで静かだった。
「わかりません! なんで無意味だなんて言うんですか!?」
あかりは語気が荒くなるのを抑える事ができなかった。だがそれは、弧次郎への反発ではなく、自分に対する失望と、どうすればいいかわからない苛立ちの混じったものであっただろう。
ただ、あかりはそれを明確に意識できていなかったのだ。
「お前は俺の動きを真似て、追いかけようとしているだけだ。それでは本当にシンクロする事はできない」
弧次郎は静かだったが、その言葉は辛辣だった。
「でも……っ」
あかりの声に迷いが混じる。次の言葉を見つけられないあかりに、目を開いた弧次郎は、強い声で言った。
「わかるだろう!
必死で俺の動きに追いつこうとするお前。そしてそのお前が合わせやすいように力をセーブする俺。
見かけ上の動きが合っていようが、心は全くシンクロしていない。
通常の戦いなら対応出来ても……。
奥義・万斬刀は余計な事に気を取られながら放てる技ではない!」
弧次郎の言葉は誤解しようがなかった。だが今のあかりに、それを理解する余裕は存在しない。あかりはすがるように、弧次郎を見た。
「はい……。でも、それじゃあ……!」
「そうだ。俺達には、奥義・万斬刀は放てない。そう言うことだ」
弧次郎は、あらためてはっきりと言った。
奥義・万斬刀が、自分には放てない……。
あかりは自分の足元が大きく崩れ去るような感覚に襲われた。だがそれでも、あかりは諦められなかった。
折角みんなを守る力を授かったのだ。なのに自分が役に立たないなんて思いたくなかった。それも自分の未熟さのせいで。
「弧次郎さん! あたし、頑張ります! どんな特訓でも!
不可能なんか努力で……」
「お前は何故剣を振るう?」
あかりの言葉を遮って、弧次郎は突然あかりの目を見据えた。
「えっ……?」
考えた事もなかった質問に、あかりは二の句が継げない。
言葉を失ったあかりに、弧次郎は容赦なく言葉を続けた。
「理由もなく剣を振るう者には、何も斬ることは出来ない」
「それは……! 敵を倒して……みんなを……守るために……」
必死で言葉を探すあかり。弧次郎はため息をついて目を伏せた。
「……話にならん」
あかりは、目の前が真っ暗になるのを感じていた。
答えの見えない暗闇に落とされた気分だった。
「弧次郎さん……!」
ただ一つの希望。自分を導いてくれる光――。あかりはその名を呟いた。
だが聞こえてきたのは――。
「俺は一度妄想界に帰る。
お前も、一度自分を見つめ直すんだ」
とりつく島もない弧次郎の声。
その声が消えるとともに、弧次郎の気配も消え去った。
「あ、弧次郎さん! 弧次郎さん……っ!」
消えた携帯の画面に必死に呼びかけるあかり。しかし彼女は思い知っていた。
自分が見捨てられたことに。
もう教えてくれる者はいない。誰に頼る事なく、自分で進んでいかなければならないということにも。
「どうしよう……あたしは……どうしたら……」
あかりはがくりと膝をついた。
それは今まであかりが絶対自分に許さなかった、敗北を認める姿勢だった。




