シーン2 @生徒指導室
「……イチ! ……ニ! ……イチ! ……ニ!」
窓の外であかりが木刀を振っている。その声は生徒指導室の中まで聞こえていた。
水上は突発的に起きたという戦いと、その敵について情報を整理するつもりだった。
しかし生徒指導室に集まったのは智恵と美佳の二人。
あかりは自らを鍛えるのが最優先だと、頑として出席を拒否し、特訓を始めていたのだ。
必殺技が全く効かなかったショックで思い詰めているあかりを、無理にミーティングに連れてくることは、智恵たちにはできなかった。
「じゃあ、その……新しい敵とやらの事を聞かせてもらおうか」
「はい!」
水上が智恵と美佳に目を向けると、智恵が短く答えた。
そういえば、と水上は窓の外に目を向けた。そこには無心に木刀を振っているあかりが見える。
「ところで、富士宮はどうしたんだ……?」
「あかりちゃんは、素振り中ですっ」
すかさず美佳は笑顔で答えた。
「それは、見ればわかるが……」
水上は小さくため息をつく。
「看板に偽りあり、だったからな」
ホーキングが口を挟んだ。水上の問いが、あかりの思い詰めている理由にあるということを理解していたからである。
「看板……?」
水上がおうむ返しに聞き返すと、今度はウォルフが答えた。
「あかり様の必殺技、奥義万斬刀が、敵に効かなかったのです」
「私のイエローシャドウバインドも破られちゃったし……」
美佳が残念そうに付け加える。
必殺技が効かない敵。今までとはまた違うタイプの敵だ。
水上は少し興味の混じった危機感を感じていた。
「ふうむ……。強敵のようだな。どんな敵だったんだ?」
それについては智恵が答えた。
「新しい幹部のような人が二人と、クラゲ人間というか、流体人間というか……」
智恵の報告は、ホーキングの笑い声で遮られた。
「なぁんだ流体人間って。あれはな、水の精霊、ウンディーネっつうんだよ!」
「なによ精霊って。そんなのこの世にあるわけないじゃない!」
カチンときた智恵が即座に言い返す。また例によって口喧嘩の開戦だ。
「ンだとコラ! おめーには一から仕込んでやらねーといけねえらしいな。
まずは地水火風の四大元素理論や木火土金水の五行思想……」
だがすかさず水上が割って入る。
「はいはいホーキング。その辺は家で個人授業にして欲しいものだな?」
「ぬ……ぐ」
ホーキングは言葉に詰まって唸り声を漏らすが、智恵はあっさり言い捨てた。
「大丈夫です、聞く気ないですから」
「て、てめ……ッ」
湯気を噴き出さんばかりに怒り心頭なホーキングをスルーして、美佳は敵について思い出しながら話し始めた。
「えっと、その相手は水で出来た人みたいで、攻撃は……。
ええと……?」
「お嬢様、敵は水をかけてくる攻撃を……」
「あ、そうだった! さすがウォルフさんっ」
ウォルフのフォローに笑顔で礼を言う美佳。しかしその内容は、水上にはピンとこない。
「水……って、それだけ、か……?」
「はいっ」
美佳は元気に答えるが、やはり水上にはピンとこなかった。
「強いのか弱いのかわからないな。そして敵の目的も。
ホーキング、ウンディーネについて何か知っていることはないか?」
無論、ホーキングが知らないわけがない。
ホーキングは先ほどの怒りを鎮め、詳細の説明を始めた。
「ウンディーネっていうのは四大精霊の一つで水の精霊だ。
元々は悪の存在じゃねえ。それどころか魂すらもねえ。
闇の力を注入されてんだろうな。
実際、敵に回すとやっかいな精霊なんだが……」
「しかし、今回はそれほどやっかいとも思えませんでしたね」
ウォルフが少し考えながら言った。
ホーキングの情報が信じられないわけでは勿論ないが、実際戦ってみた実感とは乖離がある。
不可解なのはそこだった。
「倒すのは大変そうだけど、攻撃があれだけじゃあね……」
智恵もその点が気になるのか、記憶を掘り起こしながら考え込む。
「いや、まずは敵がウンディーネの本来の力を、使えねーのか使わねーのか、使わねーのならその理由を突き止めねーとな」
ホーキングの言葉に水上はうなずいた。
「とりあえず、私の方でも出来る限り色々調べておく。
敵の出方がわかるまで『待ち』の態勢になってしまうが、各自出来る限り対応策を考えておいてくれ」
「はい!」
二人が揃って返事をすると、水上は席を立って窓を開けた。
「富士宮ー、素振りはその辺にして、今日は解散だ。
次の戦いに備えて、しっかり休むんだぞ!」
だがあかりは、素振りをやめない。やめることができない。
「で、でも……っ!」
「富士宮、闇雲に身体を動かしたってしょうがないだろう。
しっかり対策と作戦を考えるんだ」
弧次郎も水上と同じ考えだった。
「長……先生の言うとおりだ、あかり」
「はい……長官……。弧次郎さん……」
あかりは素振りを止めると、思い詰めた表情で、のろのろと木刀を片付けた。
「あかりちゃん……」
美佳が心配そうに呟く。
あかりはパッと明るい顔になって言った。
「よぉし、帰ったらまた特訓だ! 弧次郎さん、お願いね!
じゃあ、今日は走って帰るから、智恵、美佳、またね!」
あかりは鞄を拾って、大きく手を振った。
「あ、うん……またね!」
「富士宮! グラウンドの外は走るなよ!」
「あかりちゃんまたね!」
三人は口々に叫んであかりを見送った。
あかりの姿が見えなくなると、智恵はポツリと呟いた。
「やっぱり、ショックだったみたいね……」
「そらそーだろうな」
ホーキングはあっさりと言った。あかりがショックを受けているのは誰の目にも明らかだ。だがそれがあかり自身にしか解決出来ない事を考えれば、深刻ぶってみたところで益はないのだ。
「お嬢様、私たちも帰りましょう。
私たちで出来る対策を考えなくては」
「そうだね、ウォルフさん。
じゃあ、先生、智恵ちゃん、またメールするね!」
ウォルフに促され、美佳は鞄を持って、智恵達に手を振った。
「あぁ、気をつけて帰るんだぞ!」
「はいっ」
美佳が出て行った廊下から、遠慮がちなウォルフの声が聞こえてくる。
「あの、お嬢様、ですから『さん』は……」
その声に智恵は吹き出した。
「あはっ、ウォルフさん、まだ気にしてるのね」
ホーキングは小さくため息をつく。状況はお世辞にも良いとは言えないのだ。
「暢気な事言ってる場合じゃねーぞ。
とっとと帰って、作戦を考えねーとな」
「ふん、何よえらそーに!
あ~あ、あたしのもイケメンだったら良かったのに〜!」
智恵が盛大に嫌味を言うと、ホーキングはブチ切れて怒鳴りつけた。
「てめぇ、帰ったらたっぷり魔法仕込んでやっからな!」
「じゃあ先生、さようならー!」
ホーキングの怒鳴り声を完全にスルーして、智恵は鞄を持って水上にお辞儀をした。
「あぁ、あんまりケンカするなよ?」
水上は少し引きながら二人をたしなめる。
だがホーキングは収まらない。
「あ、おいてめえ、シカトすん……」
ぴ、という音を立てて携帯の電源を切り、智恵はおすまし顔で生徒指導室を出て行った。
「……相変わらずだな、鷹城達も」
水上はひとつ苦笑して、表情を引き締めた。
「さて……私の方も対策を考えなければな……」




