シーン8 @妄想界
妄想界の片隅、廃墟のような城跡。誰の城だったのかもわからない、誰かの心の片隅に打ち捨てられた、きらびやかだった頃を忘れられた、虚栄の骸。
ホーキングは所々に残る壁の一つに、立てかけられるようにして身を預けていた。
彼は一人だった。妄想主から拒絶された彼は、どうしようもなく独りだった。
だからこそ彼はここに来たのだ。自分を取り戻すために。
「集え……光の矢……フォトンアロー!!」
ホーキングが呪文を唱えるが、何も起こらない。
この数日、何千、何万回と繰り返した絶望が、ホーキングを襲う。
「……ダメか……っ!」
心の内にある無力感を全て吐き出すような呟き。
彼が最も得意としていた光粒子系の呪文。その中でも最も基本的な呪文すら発動できない自分に、虚無感すら湧いてくる。
だが、諦めるわけにはいかなかった。彼の誇りがそれを許さなかった。
「ちきしょう、どうしたら力を取り戻せるんだ……っ!
フォトンアロー……。
フォトンアロー……!
フォトンアローーっ!!
……くそうっ……!!」
ホーキングが、もう嫌というほど味わった挫折感に、ダメ押しのように打ちのめされていると……。
「ここにいたのですね」
ウォルフの声に目を上げると、弧次郎とウォルフが壁の後ろから姿を現した。
「……おまえらか。何の用だ?」
不貞腐れた顔でホーキングは二人を睨みつけた。
「……何をしている」
弧次郎は低い声で短く言った。それは質問ではなく断罪だ。
「なんだって良いだろ」
少し掠れた声でボソッと返す。
「良くはない。お前も今どんな状況かわかっているだろう?」
少しむきになって問い詰める弧次郎に、ホーキングは気のない返事をした。
「あー、わかってるよ」
「本当にわかっていますか!?」
ウォルフは我慢できずに口を出した。
「ディスペアーが現世界に鵺を送り込んで来たのですよ?
それに、智恵様も体調を崩されて……」
「わーってるつってんだろが!
それに! あのチビガキも自業自得だろ!」
ホーキングがわめいたその言葉に、弧次郎の奥歯がギリッと鳴った。
「自業自得……だと……?」
「あーそうだ。てめぇで妄想した俺様を、てめぇで拒否してるんだからな。
てめぇの妄想すら受け入れられねえ自分がどんだけちっぽけか、ちったぁ思い知れば良いんだよ!」
その言い草は、二人には信じ難いものだった。そして同時に、決して許すことの出来ない暴言だった。
「何だと……!」
「本気で言っているのですか! ホーキング! 智恵様は……」
「本気に決まってんだろ!」
ホーキングは二人を上回る大声で怒鳴った。
「つうかてめえ、怒ってるときくらい敬語使ってんじゃねえ!」
ウォルフに向かって吐き捨てるホーキングに、弧次郎は激高した。
「貴様……!」
だがホーキングは弧次郎たちの怒りに頓着することなく、うっとうしそうにまくしたてる。
「おめーらもう帰れよ! そろそろ子守の時間だろ?
こっちもおめえらと時間つぶしてる暇ねーんだよ、俺様は忙しいんだ!」
「ホーキング……!」
怒りに身体を震わせるウォルフ。弧次郎はその肩をぽん、と叩いた。
「……行くぞ、ウォルフ」
「弧次郎……」
ウォルフは気を落ち着け、姿勢を正す。弧次郎はホーキングに背を向けた。
「無駄足だった。一刻も早く鵺を倒すほかはなさそうだ」
「そのようですね……」
そのまま何も言わず、弧次郎は姿を消した。自分の為すべき事のため、自分の領域に戻ったのだろう。
ウォルフは弧次郎が消えるのを見届けると、もう一度ホーキングに向き直った。
「……妄想主を守りきる事は、私たちの義務、いや存在意義そのもののはず……。
それだけは、忘れないで下さい……」
それだけ言って、ウォルフも消えた。
後にはホーキングだけが残った。
「へっ、おめえらにはわかんねーよ。
妄想主になんの不思議もなく受け入れられてるおめえらにはな」
ホーキングは小さくそう呟くと、少しだけ、笑い声を出した。何も面白くはなかった。
「……さて、どうやって俺様の力を取り戻すか……」




