シーン6 @その頃の生徒指導室
生徒指導室にはあかりと美佳、そして水上が集まっていた。智恵の姿はない。学校を休んでいるのだ。
そして、水上の顔色もかなり悪かった。
「先生、大丈夫ですか……?」
美佳は水上の衰弱ぶりに異常なものを感じていた。クラスメートたちもそうだ。もしかしたら智恵も。
だから自分やあかりが平気でいる事も、理由がわからなかった。
水上は笑顔を見せたが、無理をしている事は明らかだ。
「まぁ、明日から休みになるから、昼間に眠れば大丈夫だろう。
お前たちは全く影響がないみたいだが……、あの声は聞こえていないのか?」
この数日続いている夜中に響いてくる声。
耳を塞ごうが音楽をかけようが、脳に直接撃ち込まれるようなその声を消す事はできなかった。
聞いているだけで脳が掻き回され、心が切り刻まれ、締め付けられる。眠ることなど出来ず、それが朝まで続くのだ。
「はい、あたしには聞こえてません。……ってゆうか、その声って、なんなんですか?」
「いや、聞こえている私にもわからないんだ。那須野も聞こえていないようだな?」
美佳は心配そうな顔のまま頷いた。
「なるほどな。お前たちには聞こえていないのなら……。
弧次郎、ウォルフ。お前たちが守っているんだな?」
弧次郎たちは頷いた。
「……はい」
「あれは魔獣の……特に強力な魔獣の声だ。詳しい事はわからないが……」
弧次郎たちも敵の正体は掴めていなかった。自分のパートナーを守る事で精一杯だったのだ。それだけ今回の敵が強力である事の証左だった。
「……どんなに音を遮断しても、部屋でテレビや音楽をかけていても、頭に直接響いてくるんだ。
不気味な鳥の鳴き声のような……」
水上はその音を思い出して身震いした。
「そうなんですか……。
不気味な声じゃなくて、良い音楽が聞こえてくるんだったら良いのに」
美佳は残念そうだが、敵が良い音楽を流すわけがない。
「お嬢様……」
複雑な表情でつぶやくウォルフ。
あかりは少し考えてから、口を開いた。
「そうだね……! 燃える音楽とか!」
「それはそれで眠れなくなるだろう」
「あ、そっか……」
あかりも残念そうな顔になるが、勘違いも甚だしい。敵は深夜ラジオ局ではないのだ。
水上は少々あきれながら、四人の顔を見回した。
「ま、まぁ私も色々調べて見た。伝承や神話などに似た話がないか、とな。
あの声は、古事記や平家物語などに登場する、鵺という妖怪の伝承によく似ている」
その言葉は弧次郎を驚愕させた。
「何! 鵺……!? まさか……」
「弧次郎さん、何か知ってるの?」
今回の敵が、鵺……。弧次郎には信じられなかった。なぜなら。
「鵺は雷獣とも言われ……その強力さから、妄想界では凶魔獣と呼ばれている。
まさか……凶魔獣を送れるほど、通路が大きくなっていると言うのか……!」
悟空の言っていた『作戦は成功している』の意味が重くのしかかってきていた。
「まさかそんな……。ならばもっと大量の魔獣が送り込まれても良いはず……」
鵺が通れるくらいの通路ができているのなら、バクくらいの魔獣は数十体の単位で現世界に来られる事になる。
それなら何故敵はそうしないのか。鵺がこちらに来ているのなら、何故もっと直接的な攻撃を仕掛けて来ないのか。
ウォルフはそこに拭えない違和感を感じていた。
「鵺って、そんなにすごい……凶魔獣? なの?」
あかりの声には恐怖の響きはない。むしろ強い敵と聞いてワクワクしているようだった。
弧次郎の危機感とは対照的だ。
「文献によって差異はあるが、頭は猿、胴体は狸で手足は虎、そして尻尾が蛇という妖怪だ。
夜に不気味な声で鳴いて人々を病気にしたり、雷をあやつったりすると言う。
間違いない……と思うんだが」
授業のような口調で解説すると水上は弧次郎とウォルフを見た。妄想界の存在なら何かわかるかもしれないと思ったのだ。
しかし弧次郎たちにも、新たな情報はない。
「ホーキくんなら何か知ってそうだけど……」
美佳は残念そうに呟いた。
それを聞いて、水上はふと、気になっていたことを思い出した。
「そうだな。
しかし、お前たちは大丈夫なのに、何故鷹城は休んでいるんだ?
鷹城も、ホーキングが守っているのだろう?」
「確かに……」
ウォルフは考え込んだ。
智恵が学校を休んでいる理由。一つの考えが浮かんだが、ウォルフはあり得ない事だと否定した。
だが。もしあり得ない事が起きているのだとしたら……。
「風邪とか引いちゃったのかなぁ……」
ポツリと呟く美佳。
あかりはハッと気付いて携帯を手に取った。
「そうだ、メール来てないかな」
「昼休みにメールしておいたから返事来てると良いんだけど……」
二人は携帯を覗き込むが、智恵からの返信はない。
「鷹城はこのところ携帯の電源は切っているようだしな……」
突然美佳は声を上げた。
「……あ!!」
「お嬢様……?」
「なに? 美佳」
美佳は重要な事に気付いていた。智恵に何が起きているのか――。
「智恵ちゃんが携帯の電源を切ってるから、ホーキくん智恵ちゃんを守れなかったんじゃないかな……?」
「あ……そうか!」
あかりは納得した。確かにそれなら辻褄が合う。
水上は確認するように、弧次郎たちへ視線を向けた。
「そういうものなのか?」
「……確かに、携帯を切られていては連絡を取ることは出来ない」
「しかし、守る事は可能なはずです。……力の消耗は激しいですが……」
二人の答えに、水上は肩を落とした。
守る事はできる。だが、智恵が拒絶している事で激しく消耗してしまうのだ。拒絶されているホーキングが、消耗してまで智恵を守るだろうか……。事実、智恵は学校を休んでいるのだ。
水上は、一つため息をついた。
「感情的に、色々とこじれていそうだからな……。あいつらは」
「電源を入れてもなかなか出て来なくなっていた程……だからな」
弧次郎がそう言ってウォルフに視線を送ると、ウォルフは弧次郎と目を合わせてうなずく。
しかし美佳は異を唱えるようにつぶやいた。
「でも……ホーキくんが智恵ちゃんを守らないなんてあるのかなぁ……」
「お嬢様……」
美佳の優しさにウォルフは胸を打たれていた。しかし、状況を見れば……。
「とにかく、当面は鷹城とホーキング抜きでいくしかないだろうな。
まずは今回の事件に関連のありそうな情報を集めよう。
二人とも、一応鷹城にもメールしておいてやってくれ」
水上は智恵たちの件に関しては結論を出さずに話を進めた。
その気持ちはあかりたちにも伝わっていた。
「はい!」
あかりが早速メールを打とうとした時、美佳が何かを思い出して声を上げた。
「……あ! そう言えば!」
「ん? なんだ? 那須野」
美佳は新聞に気になる記事が載っていたのを思い出していた。
先ほど教わった鵺の詳細が、記事の内容と繋がったのだ。
「こないだ新聞に、動物園で虎が一頭行方不明になったって記事が載ってたんです。
もしかしたら……」
「虎か……」
水上にも偶然とは思えなかった。
もちろん動物の虎と妖怪の鵺は全く別の存在だ。
だがそのタイミングが気になった。あまりにも符合しすぎている。
「そっか、もし鵺を作ろうと思ったら、虎は必要だもんね!」
あかりがなるほど、と手を打った。
「つ、作る??」
弧次郎がびっくりしてあかりを見る。
美佳は笑顔でうなずいた。
「うんうん、虎の手足と狸のお腹、蛇の尻尾と猿のお尻だっけ?」
美佳が指を折って鵺を構成する4つの動物を上げたが……。
一体何を聞いていたのか。
「お嬢様、少々違うようです」
「ごめんなさい、レシピ覚えるの苦手だから……」
「れ、レシピ……」
弧次郎が呆気にとられてつぶやく。
「美佳、それだと顔がないじゃん!」
あかりの脳内に、美佳の言う通りの鵺が浮かんでいた。
だいぶシュールな映像だ。
「富士宮、それもツッコミどころが違うぞ。
……しかし、そうなると狸や猿、蛇も集められた可能性が高いな」
水上は呆れ声でツッコむと少し考え込んだ。
「そうですね……。
しかし虎以外の動物に関しては、野生のものを捕獲する事も出来る筈です。メディアには期待できないでしょうね」
「そうだな。そこから何かの情報を得ることは不可能だろう」
二人は厳しい見解を述べたが、水上はまだあきらめる気はなかった。
「まぁ、敵の居所に関しては、例の声の影響がある範囲を詳しく調べればわかりそうだな。
それは私の方で調べてみよう」
だがそう言う水上の顔色は悪い。学校の仕事の他にやるべき事を増やすのは、負担が大きすぎるのではないか。
あかりも美佳も、見ていられなかった。
「長官、寝なくて大丈夫なんですか?」
水上はふっと笑うと、意思の籠った目であかり達を見た。
「大丈夫。どうせ夜は眠れないんだ。夕方に寝ておいて夜に調査をする。
……っていうか富士宮、私は長官じゃないぞ?」
「はーい、長官!」
「ありがとうございます、先生!」
二人が元気に返事をする。ミーティングも終わりに近づいていた。
「では俺達は、妄想界の方でホーキングと連絡を取ってみよう」
「うん、弧次郎さん、ウォルフさん、お願いね?」
弧次郎たちに声をかけながら、美佳は鞄を持って立ち上がった。
水上ものろのろと席を立った。やはりどう見ても調子を崩しているのは明らかだ。
「よし……では今日のところは解散……だな……」
言い終わると同時に大欠伸をする。
「はい!」
元気よく返事をして、あかりは美佳の方を向いた。
「ね、美佳、手足のない虎とか、胴体のない狸とか、尻尾のない蛇とか探せば、敵はその近くにいるんじゃないかな?」
突然物騒な事を言いだすあかりに、美佳は笑顔でうなずいた。
「そうだね!
……でも、蛇ってどこからが尻尾なのかなぁ……?」
「お前たち……」
弧次郎は額に手を当ててため息をつく。
「お嬢様、鵺に蛇の尻尾がついているのではなく、鵺の尻尾そのものが一匹の蛇になっているのです」
「え? じゃあ、蛇は残った部分がないって事?」
美佳がびっくりして聞き返した。
「手がかりが減ったわね……」
腕ぐみをして考えるあかり。
「お嬢様方、そう言う問題では……」
ウォルフは頭を抱えながらつぶやいた。
「お前たち、意外と残虐な想像もするんだな……」
水上は軽く引きながら二人の教え子を眺める。
美佳はきょとんとして聞き返した。
「残虐、ですか……?」
水上はそれに答えず、気を取り直して指示を出した。
「ま、まぁとにかく、みんな、自分の出来ることをしっかりやっておくんだ。いいな?」
「はい! ……あんまり無理しないで下さいね、先生、いや、長官!!」
そう言って、あかり達は元気よく生徒指導室を後にした。
「……そんなに長官と呼びたいのか? 富士宮……」




