シーン2 @いつもの生徒指導室
大量失踪事件を解決した翌日の放課後。
あかり達はいつものように、生徒指導室に集まっていた。
いつもと違うのは……。
「なるほど。大体の事は把握した。
ちょっと荒唐無稽に思える話だが……実際にこの目で見たことだしな」
そう言ったのは水上鮎。彼女は大量失踪事件巻き込まれた際に、教え子たちが戦っている事を知った。
事件解決にも立ち会った彼女は、翌日放課後にあかり達を生徒指導室に呼び出したのである。
それが、今だった。
「それで……。その二人が、妄想で作られたパートナー……か?」
水上は空中に映し出された弧次郎とウォルフに目を向けた。
「弧次郎……。あかりのパートナーだ」
「私は那須野美佳様のパートナー、ウォルフガングと申します」
水上は一人一人に会釈を返した。そして、沈黙。
三人目のホーキングの姿は見えなかった。
「あれ? ホーキくんは?」
智恵は美佳に問いかけられて、目を泳がせる。
智恵はホーキングが出てこられないように、携帯の電源を切っていたのだ。
水上は不思議そうに尋ねた。
「そうだな、鷹城のパートナーは?」
智恵は俯いて、苛立ちのこもった声を出す。
「……あんなのうるさいだけだし、紹介する必要なんかないわよ」
いつもと違う攻撃的な声音に、空気が凍った。
「ちょ……ちょっと智恵?」
あかりはなだめようとしたが、智恵はむしろヒートアップして立ち上がった。椅子を蹴倒す勢いだ。
「魔法とかあり得るわけないじゃん! そもそも、あたしがあんな妄想するわけないし!」
見た事もない剣幕の智恵に、あかりと美佳はどうすることもできなかった。ここまで本気で苛立つ智恵を、二人は見た事が無かったのだ。だが水上は慌てず、ゆっくりと智恵の肩に手を置き、穏やかに語り掛けた。
「うんわかった、鷹城。
しかし、とりあえずお前が変身するときに必要なんだろう?
私としても把握しておきたいし、挨拶くらいはしておきたいな」
「ね、智恵ちゃん……」
智恵は三人の顔を順々に見て、不承不承、といった顔でうなずいた。
「……わかりました……」
ピッ、と音を立てて携帯の電源を入れる。
……だが。
「……あれ?」
美佳が智恵の携帯を覗き込んだ。
「出て来ない……?」
あかりも智恵の携帯を覗き込む。
だが、ホーキングが姿を現す気配はない。
弧次郎はウォルフと顔を見合わせた。
「どうしたのだ……?」
弧次郎がつぶやいた時、智恵がまた爆発した。
「あああああもうあのバカホーキ!!!!
出てきなさいよっ!
いっつも余計な事ばっかりしてるくせに、用がある時は出て来ないんだからっ!!」
「た、鷹城、ちょ、おちつ……」
水上が慌てて声をかけるが、その声はもう智恵には届かない。
智恵は携帯を握りしめ、その画面に向かって怒鳴りつけた。
「早く出てきなさいよ! バカホーキ!
大嘘つきで無神経で最っ低ーで……!!」
その時、ようやく智恵の画面から光があふれた。
「あぁ!? うっせーぞこのチビガキ!!!」
「あっ、ホーキくん出てきた!」
美佳が笑顔で手を振る。智恵は仏頂面で黙っていた。
「お前が鷹城のパートナーか……。
しかし、なんでお前はホーキなんだ?」
水上は不思議そうに聞いた。先の二人とあまりにも違う。水上は素直に、その理由を知りたかった。
「うっせえ! んなこたぁこのチビガキに…… って、あれ?
なんでセンセがいんだ?」
ホーキングがきょろきょろと見回すと、あかりが口を開いた。
「ほら、こないだ、先生には全部ばれちゃったじゃん」
「それで、先生に全部話したら、協力してくれるってことになって」
美佳があかりの説明を引き継ぐと、水上がふっと小さくため息をついて肩をすくめて見せた。
「まぁ、こいつらの話を理解出来るレベルに整理するのに、すこし時間はかかったがな」
ホーキングはやれやれ顔になって、水上に同情の目を向けた。
「まぁ大方、脱線しすぎて話が進まなかったんだろ」
「……その通りだな」
「私たちの力が足りず……」
俯いてしまう弧次郎とウォルフ。智恵はさらに苛立ちを強めてホーキングを怒鳴りつけた。
「余計なお世話よ! さっさと先生に挨拶しなさいよ! バカホーキ!」
「うっせえな!」
ホーキングは智恵に毒づいて、水上に向き直った。
「おいセンセー、俺様がホーキング、究極の大魔法使いだ」
「嘘だけどね」
智恵がすかさず口を挟む。
「ブルーの力、つまり『知力』を司ってる」
「ぜんっぜん役に立ってないけど!」
「俺様がホーキの姿になってんのは、このチビガキの……」
「がらくただからね」
執拗な智恵の揶揄に、流石のホーキングもブチ切れた。
「あああああうっせえ! いちいち茶々入れんじゃねえ!!」
「じゃ、自己紹介終わったわね」
そう言うと、智恵は携帯の電源を切った。
ホーキングの姿が消えてしまい、水上は困り顔で智恵に目を向ける。
「お、おい、鷹城……、私はまだちゃんと話してないぞ……?」
「あんなのと話す必要ないです! 魔法使いなんて、あり得ないことばっかり言って!!」
「智恵……」
「智恵ちゃん……」
あかりも美佳も、智恵が科学に傾倒している事はもちろん知っていた。魔法なんかあり得ない、と否定している事も。
だが、智恵が魔法に対し、敵意ともいうべき激しい感情を持っていたなんて、想像もしていなかった。
「鷹城……。私は、彼の言う事が、まるっきり嘘とも思えないんだが?」
水上は穏やかに諭すが、智恵は頑なに口を閉じていた。
水上はひとつ苦笑して、声の調子を上げた。
「まぁいいか。こういうのは、焦っても解決するもんじゃない。
しかし……敵の本拠地も、リーダーもわからないのでは……。
手の打ちようがないな……」
水上が話題を変えた事で、空気が変わった。現状把握、分析。話題が具体的になれば、話すことは多い。
「敵の本拠地は妄想界にあります。こちらから乗り込むことは出来ませんからね……」
「こちらとしては……敵の作戦を防ぐことしかできないだろうな」
二人の分析は絶望でしかなかった。これでは一方的だ。防ぐという事は、ずっと勝ち続けなけらばならないという事だ。そして勝ったところで現状維持、負ければ終わりなのだ。
あかり達は息を飲んだ。
「じゃあ、あたしたちはいつまでも受け身ってこと? そんなの……」
智恵の声が沈む。場の空気が重くなっていく。
だが、あかりは違った。
「そんなわけないよ! 何か……出来ることがあるはず!!
まずは特訓でしょ? それから……ええと……」
指折り数えようとしても『特訓』しか思いつかないあかり。その姿に、水上の表情が緩んだ。
「ふふ……。富士宮らしいな。しかし、その通りかも知れない。
お前たちが、自分とそのパートナーの力を完全に引き出すことが必要になるだろうからな」
力を引き出す、という言葉に、あかりのテンションは跳ね上がった。
「そうだね! こないだの美佳の必殺技、すごかったもんね!
ね、美佳、どんな特訓したの?」
「ううん、特訓はしてないけど……。
必殺技? なの? あれが?
うーん、確かにウォルフさんの力いっぱい使った感じするけど……。
必殺! って感じじゃなかったような……?」
二人の会話を聞きながら、智恵は決意を新たにして、ひとりうなずいた。
「そうね……。あかりにも、美佳にも必殺技あるんだもん、あたしも何か必殺技を……!
って、もう考えてあるけどねっ!」
智恵は誇らしげに胸を張った。
「え、そうなの!?」
「さっすが智恵ちゃん!」
喜ぶ二人に、智恵は一瞬、後ろめたそうな顔になる。必殺技のアイデアなど、まだ糸口すらつかめていないのだ。
だが、いやだからこそ、智恵は強がりを言う他はなかった。
必殺技の開発は、自分一人の力でやらなければならないのだ。ブルーの必殺技を作るのに、あかり達の力を借りる事は出来ない。ましてやホーキングの力を借りることなどあり得なかった。
「どんな必殺技かはまだ内緒だけどね……楽しみにしてて!」
「うん!」
智恵に全幅の信頼を寄せて、あかりが大きくうなずく。
少し目を伏せた智恵に、水上は何か引っかかるものを感じていた。
「それも良いが……。もう少し情報を整理したいな。
鷹城、もう一度、ホーキングを呼び出してくれないか?」
「えっ!?」
智恵は驚いて顔を上げた。
「確かに、我々の中でも彼が一番情報を整理して把握しています」
「その通りだ。智恵、頼む」
智恵はまたうつむいて黙り込む。
「……鷹城?」
「……わかったわよ……」
水上がそっと促すと、智恵は渋々携帯のスイッチを入れた。
だが、またホーキングは現れない。
「……あれ?」
「ホーキくん?」
あかりと美佳が覗き込もうとする前に、智恵は携帯画面に怒鳴りつけた。
「……もう!! さっさと出なさいよ! バカホーキ!!」
すると待ち受けにホーキングが表示され、こちらをふり向いた。
「あ? なんだ、電源入れてたのか」
画面から光があふれ、ホーキングの映像が空中に浮かんだ。
「で? 何の用だ?」
険悪というより完全に冷え切った智恵とホーキング。水上は少し困った顔を二人に向けた。
「すまないな、二人とも。
もう少し、こちらで出来る事をまとめておきたくてな。
ホーキング、お前の意見も聞かせてくれ」
「まぁ、敵の本拠地が妄想界にある以上、こっちから攻めるのは無理だな」
ホーキングはあっさりと答えた。
「何よ、そんなのもうわかってるわよ!」
早速智恵が文句を言うが、ホーキングは気にせず話を続けた。
「ただし、こっちはこっちで出来ることがある」
「ほう?」
水上は興味を惹かれて身を乗り出した。
「あたし達が出来ること!? あるの? 特訓以外にも?」
あかりも興味津々顔で身を乗り出した。
「いや、特訓は自己判断でやりゃあいいけど、それ以外にもあんだよ。
ほら、あいつらの力の源はなんだ?」
あかり達は、ハッと気づいた。ディスペアーの力の源、そして目的は……。
「あ、そうか! 人間の負の感情!」
「そっかぁ、人の心が幸せになれば、ディスペアーの力は弱くなるんだっけ!」
あかりと美佳が顔を見合わせてうなずいた。
「つまり、敵の作戦を防ぎながら、人間の心を明るくして、敵のエネルギーを弱体化させる……と言う事か」
水上にはそれが想像を絶する茨の道になるであろう事は充分に理解できていた。
大量失踪事件の前に起きた、原因不明の交通事故多発もディスペアーの仕業だという。
あのような事件の中で人の心を明るくする事などできるのだろうか……。
だが水上がその不安を表情に出すことはない。あかり達はその苦難を想像していないのだろう。この場合、その『悪い方向に対する想像力の欠如』は悪いものではないのだろう、と水上は判断していた。むしろ、それこそが事態を打開する力になるのかもしれない、と考えていた。
ホーキングは水上のその考えを見抜いているかのように、大きく頷いた。
「そーゆーこと。
人の心っつーのは一朝一夕にはいかねーだろうが……、やらなきゃ根本的には解決しねえ。
時間かかりそうなことと受け身の戦い……。しばらくはしんどいだろーが、そのうちいい方法も浮かぶかもしんねーし、まずは出来ることから、やるしかねぇだろーな」
水上はもう一度、今起きている事を思い返した。これは、人類の危機だ。そしてそれ以上に、水上にとっては『生徒の危機』であった。
ならば、これは自分の問題、自分の戦いじゃないか。
生徒たちを守る。それが私の戦いだ。
水上の腹は据わった。
「なるほどな。なんにしろ、受け身でいるだけじゃなく、出来る事があるのはありがたいな」
「……確かに。その通りだ」
弧次郎が静かに深くうなずく。
あかりはキラキラした目で水上を見つめていた。厳しくて手も足も出ない、でも信頼できる大人の先生。その先生が、こうして自分たちの味方になってくれているのだ。
そして、あかりのテンションが上がっているのには、もう一つ理由があった。
「うん、やっぱ先生に話して良かった! つきものだもんね! 戦隊モノに、長官役!」
全員の頭の上に『?』が浮かぶ。一体あかりは何を言っているのか。
ウォルフは完全に理解不能の表情で、鸚鵡返しに確認する。
「ちょ、長官……ですか……?」
理解不能なのは水上も同様だった。無理もない。
「……富士宮。意味がわからないんだが?」
「まぁまぁ、先生……」
美佳が水上をなだめた。美佳もいまいちわかっていなかったが、あかりが喜んでいる時、それが悪い事であったためしがない事はよくわかっていたのだ。
みんなはわかっていなかったが、戦隊ヒーローには必ず、基地で待っている長官役がいる。時代が進んだ近年では『長官』という立場ではなく、様々な形になってはいるが、あかりは水上がその立場にぴったりハマる、と思って喜んでいるのだ。つまり……ある意味ごっこ遊びの延長であった。
上機嫌のあかりは、全員を見回して、言った。
「とりあえず、みんなで気合い入れようよ! ファイト、オー! で!」
まるで部活である。
だが。
「ちょっと待った!」
ここでホーキングが口を挟んだ。
「何よ? みんなの邪魔する気?」
すかさず智恵が噛みつく。だがホーキングは重い表情で話を続けた。
「盛り上がってるとこすまねーが、言っとかなきゃいけねーことがある」
「……何よ」
「悟空ってガキが言ってたろ? 『作戦は成功してる』ってよ。
あれホントだぜ」
場の空気がさっと緊張した。
「何!?」
「まさか……」
弧次郎とウォルフの声にも驚愕が混じっていた。
逃げ帰る時に悟空の言った言葉、あれは負け惜しみではなかったのか。
「そうよ! あんなの負け惜しみに決まってるわ! だって捕らえられていた人は救い出せたし……。
……あっ」
智恵は、自分が大きな事実を見落としていたことに気付いた。
水上は智恵の言葉を引き継ぐように、口を開く。
「そうか、あの捕らえられていた時間、それ自体が目的、という事か……」
「そっか……!」
あかりはひょうたんに捕らえられていた時の事を思い出して、納得した。あの時渦巻いていた人々の感情……それはまさに、負の感情そのものだった。ディスペアーはその感情を求めて、人間をひょうたんに閉じ込めた。作戦は二段構えだったのだ。
「あぁ。10万もの人間が、あんな環境に閉じ込められて発した負の感情。それ自体が目的だったってわけだ。
かなり闇のエネルギーは増えてるぞ。あいつらが使ってるこっちへの通路……だいぶ広がったみてーだし」
「そうか……」
ホーキングが語る、さらに絶望的な状況。
弧次郎は危機感を募らせていた。
今のあかり達の力で、ディスペアーの野望を挫くのは難しいだろう。
弧次郎は自らが戦いに出られない事に歯噛みする思いだった。
「不利な上に、更に敵は力を増している……という事か」
水上は静かに、状況を噛みしめる。
「……あんたねえ!! 折角みんなに希望が出てきたっていうのに、つぶすようなこと言わないでよ!」
ブチ切れた智恵に、ホーキングが言い返そうとした時。
「くぅぅぅぅぅぅぅ! 燃えて来た!!」
誰よりも大きい声で、あかりが叫んだ。
「……あ、あかり?」
一瞬で毒気を抜かれた智恵が見つめる中、あかりは最高潮に興奮していた。
「不利! いいじゃん! 敵がパワーアップ! いいじゃんいいじゃん!
ピンチを乗り越えて逆転! これが王道だよ!!
くぁぁぁぁぁ!! 超燃える~っ!!!!」
その場にいる全員が、ぽかんとしてあかりを見つめていた。
彼女が何故喜んでいるのかはわからない。だが、まぎれもなく本気で言っている事だけは明白だった。
一瞬、沈黙が流れ……。
まず水上が声を上げて笑った。
「あっははははははは! 良いぞ富士宮、よく言った!」
「さっすがあかりちゃん!」
「よーし、あたしも頑張る! 必殺技の研究開発、早く終わらせなきゃね!」
空気が一気に変わった。ピンチになればなる程高揚するあかりに、みんなの気持ちが引っ張られていた。
そして、それは誰にとっても不快なものではない。
「よし、じゃあ、今日は解散だ。
ニュースや新聞を良くチェックして、ディスペアーの絡んでいそうな事件は情報を共有する。
昔からよく言うだろ? 『情報を制する物は受験を制す』って」
水上はすっきりした表情でまとめた。三人の返事が揃う。
弧次郎とウォルフは、水上の言葉に、そっと顔を見合わせた。
「……何か、少し違う気がするんだが……」
「は、はい……」




