シーン3 @放課後の教室
放課後の教室は閑散としていた。生徒の大半は、帰宅するか部活に参加するかしている時間帯である。
教室に残っているのは数人だったが、その割には賑やか……いや、やかましかった。
今朝優雅に車で登校した女子三人組だ。
その中の一人、富士宮あかりが、鷹城智恵、那須野美佳に熱弁をふるっていた。
「絶対! 絶対見たんだから! あたしが弧次郎を、マスクドガイ・雷牙を見間違えるわけないって!」
あかりは今日一日、今朝美佳の車に乗る前に見た青年の事を考えていた。
その青年の名前は、犬神弧次郎。あかりが幼稚園の頃に見ていたヒーロー番組「マスクドガイ・雷牙」の主人公である。無論、番組で弧次郎を演じた俳優はいるのだが、10年前と全く変わらぬ姿、服装でいることなどありえない。
あかりは「本物の弧次郎だ」と結論付けていた。
「相当良くできたコスプレだったんだね~、あかりちゃんが見間違えるくらいだもん」
美佳がおっとりふんわりした笑顔で言った。
「だから、見間違いじゃないってば!」
「あたしの計算によれば、相当キテるわね、その人。 10年も前の変身ヒーローのコスプレをして町を歩くなんて……」
智恵が眼鏡をくいっと上げた。
「弧次郎をそこらの変態扱いするなー!!」
「そうだよ、智恵ちゃん。雷牙はあかりちゃんの理想の王子様なんだから」
あかりは思わず声を上げるが、美佳のふんわりボイスに勢いを挫かれてしまう。
美佳の言った事はある部分、正鵠を射ていた。あかりはマスクドガイ・雷牙にあこがれていたのだ。自分も正義のヒーロー、雷牙になりたいと。
その思いを胸に秘め、ずっと身体を鍛え、心を磨き、技を研ぎ澄ませて来たのだ。
……いや、思いは秘めずに公言していたが。
「でも、やっぱり男にも知性って必要じゃない? ニュートンやアインシュタインにダ・ヴィンチ……。もっと理想は高く持つべきよ」
これは智恵だ。身長138㎝の低身長、制服の上に白衣を羽織り、メガネをかけた科学者風のいでたち。自分の自転車に改造を施したりする、自称「天才科学者」だ。あこがれる人物のラインナップも、さもありなん、といったところである。
「ダ・ヴィンチは素敵だよねー。あと、ミケランジェロとかモーツァルトとか……」
智恵の言葉を引き継ぐように、ふんわりした笑顔で美佳が言った。絵を描き、ピアノやヴァイオリンをはじめ音楽を嗜む少々お嬢様な美佳である。美を探求している美佳は、自身が美そのものであるかのような美しい少女だった。
「子供番組のヒーローに、歴史上の人物……。ククク……ウケる」
三人の耳に、含み笑いが飛び込んできた。教室に残っていた男子、春川純である。容姿は整っていて、他のクラスの女生徒からは人気があるのだが、彼の性格を知るクラスメート達からの評判は芳しくない。
彼はいつも持ち歩いている折りたたみ式の鏡を見つめ、前髪をいじりながら笑みを浮かべていた。
「げ、春川」
あかりが顔をしかめると、智恵がぐいっと春川に向き直った。
「な、なんなのよ、一体」
「相変わらず、妄想族だよねー。いいんじゃない? ククク……」
三人の方へ顔を向けるでもなく、独り言のように言う春川。彼はいつもそうだった。冷笑や嘲笑を、独り言の体裁をとって相手に直接ぶつけない。全て直球のあかりは、いつも春川のそんな物言いが気に障っていた。
「失礼ね! バイクの免許は取ったけど、暴走なんかしてないんだから!」
思いっきり聞き間違えたまま、全力で抗議するあかり。
「弧次郎と同じバイク買うためにお小遣い貯めてるんだよね!」
「だから! あたしが、マスクドガイ雷牙と同じバイクを作ってあげるって言ってるじゃん!!」
美佳と智恵も口を挟む。が、援護にも同調にもならず、ただ話が迷走していくだけだった。
「ククク……ウケる。ほんと、君たち変わってるよね」
「あんたに言われたくないわよ!」
相変わらず彼女たちに顔を向けようともしない春川に、苛立つあかり。智恵はそんなあかりの肩をぽん、と叩くと、春川に視線を向け、メガネをくいっと上げた。
「あたしの計算によれば……、全てにおいて万能……といっても上の下程度。どのジャンルでも突出しているわけではない「ふつーの男子」のひがみ、ね」
そう。春川純は成績優秀、苦手科目なしの万能タイプであったが、例えば体育などでは女子である富士宮あかりに全く歯が立たなかったし、数学をはじめとする理系科目では鷹城智絵に大きく水をあけられている。そして美術や音楽では、那須野美佳には遠く及ばない。
とは言え総合成績でいえば、圧倒的に春川の勝ちではあるのだが。
「うんうん、そうかもねー」
春川はあっさりと認めた。そもそも春川は自分の成績を誇るタイプではなかった。しかしそれは奥ゆかしさから来るものではなく、単に彼が、彼自身を含む世の中全てを無価値だと断じて嘲笑していたからだ。
そんな彼の心中を知ってか知らずか、美佳はいつもの天使の笑顔を春川に向ける。
「素直だね、春川君」
「そこがどーにもむかつくんだけどね!」
あかりは鼻息荒くヒートアップしていくが、その分春川はさらに冷笑的になる。その温度差たるや。
「あ、それから、俺が言ったのは、暴走族じゃなくて妄想族だから。君たちも妄想ばっかり浸ってないで、現実、見た方がいいと思うよ。ククク……」
一切あかりたちに目もくれず、鏡を見ながら笑う春川。あかりの苛立ちがついに爆発した。
「あ~~~うるさいうるさい!! あんたこそ、鏡ばっかり見てないで理想の未来を思い描いてみたらどうなの? 夢や希望がなくなったら、人間、終わりなのよ!」
あかりの魂の叫びが響く。その時教室のドアが勢いよく開いた。
「はいはいはい! 富士宮、良いこと言った! ただ一つ残念なのは、下校時刻、とっくに過ぎてんだよね」
入ってきたのはクラス担任の水上鮎。20代半ばの、まだ若い女性教師である。カラッとした人柄と飾らない口調が特徴的な人気教師だ。
「ほーらお前たち、とっとと帰れよ! 昔から『残る者には、お仕置きよ!』って言うだろ?」
この「ズレた格言」も水上の特徴の一つである。これは真剣に間違えているのか、ツッコミ待ちのボケなのか、生徒たちの間でも判断が分かれていた。
「はい! じゃあ、あかりちゃん、智恵ちゃん、帰ろっ」
美佳は素直に返事をして、あかりたちを促した。
「誰も突っ込まないし……ウケる」
水上は春川の冷笑をスルーして、少し表情を引き締めた。
「あ、そうそうお前たち、さっき職員室で話題になっていたんだが、今日、ここいらで原因不明の交通事故が多発しているようだ。充分気をつけて帰るんだぞ!」
「はい!」
三人は声を揃えて返事をすると、教室を出て行った。残ったのは、水上と春川。
「春川、お前も髪型ばかり気にしてないで、早く帰れよ!」
「は~い」
春川は鏡を畳むと、カバンを持って立ち上がり、教室を出て行った。鏡を、手に持ったままで。




