シーン2 @常世の国
妄想界……。それは、人の妄想や夢が生み出した異次元空間。その中心に位置する常世の国に、強大な闇の力が生まれていた。
その力の神託を受けた巫女――卑弥呼は、自らの配下を揃えディスペアーを組織し、現世界――人間の住む現実世界に、戦いを挑もうとしていた。
「出陣の準備は整ったか?」
神託の間と名付けられた魔殿に、卑弥呼の声が響く。壁際に並ぶ燭台の炎がわずかにゆらめいた。
黒いロングヘアを無造作に下ろし、黒のボディスーツに黒のニーハイ、黒のオペラグローブに身を包んだ少女だ。だが、彼女が普通の人間でないことは一目でわかる。背中に生えた大きな蝙蝠の羽。頭にも小さな羽が生えている。そして……尻尾。彼女に生えているすらりと長い悪魔の尻尾の先はスペードの形に膨らみ、先端には鋭い針が光っていた。
同名の歴史上の人物とは似ても似つかない風貌だった。
「……は。バクの改造強化も、既に完了しております」
落ち着いた低い声が卑弥呼の問いに答えた。
中東風のローブ、頭にはターバン。髭を蓄えたたくましい中年の男だ。彼の名は、アラジン。
「……ふむ。で、境界の穴は抜けられるのだな?」
続く卑弥呼の問いに答えたのは――。
「そりゃあ、いくら強化したっつっても、バクなんて元々が小せえエネルギー量だからな。問題ねえよ、姉ちゃん」
生意気な口調の少年。素肌にゆるいシャツをかぶり、膝丈のワイドパンツをゆったり履いたワイルドなスタイルで、頭に金の輪をはめている。彼の名は、孫悟空。
悟空の物言いに、アラジンのこめかみに血管が浮かんだ。
「……。口の利き方に気をつけろ、ガキが」
「あ? うっせぇんだよクソオヤジ」
無論悟空も黙っていない。一触即発の空気。卑弥呼はため息をついた。
「二人ともやめろ。……アラジン、大目に見てやれ」
「……は。卑弥呼様の仰せのままに」
アラジンは片膝をついて、卑弥呼に頭を下げた。
「ヘッ、ホレ見ろ」
悟空が鼻で笑う。その態度を、卑弥呼は見逃さない。
「悟空! 間違っているのはお前の方なのだぞ! 妄想界、現世界のすべてを暗黒で満たし、常世の国と化す我々ディスペアーの初陣に、水を差すような真似は慎め!」
「ごめん、姉ちゃ……卑弥呼様」
慌てて片膝をつき、頭を下げる。そしてアラジンに顔を向けた。
「……でもよぉ、バクなんて、何の役に立つんだ?」
「夢を喰らうバク……。喰らった夢は我々のエネルギーとなる。が……そのバクの能力を、さらに強化し、特殊な効力を付加した。必ずや、現世界を混沌と恐怖に陥れ、悪夢で満たすことだろう」
アラジンのシナリオに、卑弥呼は満足げに頷く。
「では我が僕たちよ。出陣だ! 現世界を暗黒で満たすのだ!」
卑弥呼の檄に呼応して、悟空とアラジンは立ち上がった。その瞳は、これから始まる祭への期待に輝いている。
「よぉし、任しとけ!」
「……御意」
それぞれの言葉で拝命する二人。アラジンは悟空に向き直った。
「悟空、我々の通路は、お前に任せるぞ」
「おう!」
悟空は短く答えると、右の耳から小さな棒を取り出した。
「そのうち、卑弥呼様のエネルギー量でも通れるようなでっかい穴あけられるようになるからよ、待っててくれよな!
……次元壁破壊棒【如意金箍棒】!!」
悟空の気合とともに棒が伸びた。自らの身長を上回る長さとなった棍を軽々と回し、悟空は重心を落として棍を――如意金箍棒を構えた。
「でりゃあああ!! 突き破れ、如意棒!!」
力を込めて如意棒を突き出すと、空間が砕け、次元の境界に穴が開いた。この穴は彼らの言う現世界――現実世界へとつながっている。ディスペアーによる現世界侵略の「蟻の一穴」であった。
「では卑弥呼様、出陣いたします。お見送りは結構」
「行ってくるぜ!」
アラジンは丁寧に頭を下げ、悟空は気軽に左手を上げて卑弥呼に挨拶すると、二人は空中に開いた境界の穴へ飛び込んだ。
現世界へ飛翔する二人の背中がだんだん小さくなっていく。卑弥呼は二人の出陣を見送ろうと、穴に歩み寄り、覗き込んだ。
「うむ、二人とも、我の分まで、存分に……」
……ごんっ。
鈍い音。そして。
「い、いったぁ…………」
涙目で額を押さえる卑弥呼。現世界に向けて飛びながら、悟空は振り返った。
「ね、姉ちゃん、次元壁の穴の縁に、思いっきり、でこぶつけたぞ……」
「……だから、お見送りは結構、と……」
二人は、卑弥呼の惨劇に気付かないふりをしながら、スピードを上げた。
一路、現世界へ。




