シーン1 @朝の登校
空気が澄み渡っていた。朝日が煌めく8時30分。
この爽やかな朝を切り裂いて、制服姿の女子高校生が、人通りの少ない住宅街を全速力て駆け抜けていく。
表情は必死。大きなポニーテイルも暴れまわっている。
「やっばーーーーい、遅刻だぁ!!」
典型的な遅刻少女である。トーストこそ咥えていないが、それ以外は完全に……。
「……あぁ、昨夜遅くまで反動三段蹴りのイメージトレーニングしてたのがいけなかったかなぁ。
……ううん、マスクドガイ2号に変身する夢でテンション上がっちゃって、夢が長引いたから寝坊したんだ……。
もっと早めに戦闘切り上げておけば良かったぁ……」
……前言撤回。発言の意味が理解不能だ。全く典型的とは言い難いタイプの遅刻少女であった。
そこに。
彼女を追いかけてくるカラカラという音。チリンチリンという音。
「あかり、おはよ~~~~~~!!」
という声が、ものすごい勢いで走ってくる自転車とともに、ドップラー効果を残して彼女を追い抜いていく。
「ち……智恵?」
あかりと呼ばれた爆走少女は、キキーー! と音を立てて止まった自転車に駆け寄った。
「あかり、早く! あたしの計算によれば、二人乗りすれば、二人ともセーフよ!」
「ほ、ほんと? ありがとう~、走りっぱなしでもうくったくただよ~」
智恵と呼ばれた自転車少女に手招きされ、あかりはほっとした顔になった。
「うん、あたしの計算に狂いはないわ。この脚力増幅自転車・チャリンコ智恵・スペシャルなら!」
こちらも発言が意味不明。もう一人の変わり者登場である。
「助かったぁ~」
安堵の息をつくあかりの目の前で自転車を降りた智恵は、当たり前の顔で後ろの荷台に回ってちょこんとまたがった。
「……って、なんで智恵が後ろに?」
「だって、あかりの方が体力上でしょ? あたしの計算によれば、あたしの脚力じゃ間に合わないの。
ほらほら急いで!」
他力本願とは言え、智恵の言葉は正しい。あかりは体格こそ普通の女子高校生だが、朝から爆走する体力を持ち、身体を鍛えている熱血体育会系女子。智恵は小柄で制服の上に白衣を着ている眼鏡女子だ。どちらがペダルをこぐに相応しいのか、誰の目にも明らかだろう。
「わ……わかったよぉ……」
全力疾走の直後、ろくに息も切らさずサドルにまたがるあかりに、智恵は容赦なく指示を飛ばした。
「とにかく全力であそこの角まで!! 間に合わなくなるからっ!!」
「はいはい……って、あの角まで?」
智恵の指さす先の曲がり角までの距離は、20m足らず。いくらスピードを上げたところで、こんな距離では大して時間短縮できないだろう。
そうは言っても難しい事は考えないのがこのあかりという女子高生である。
あかりはペダルをぎゅっと踏み込んだ。
「よいっしょっ!! ……うぅ、ギア重い……」
体力自慢のあかりでさえ音を上げるペダルの重さ。
「そう、この自転車の真のシステムを起動したのよ!
ギアはオートマチック! 搭乗者の脚力によって最高スピードを出せるスーパーモードまで搭載されているわ!
そしてその力を引き出せるのは、あかり! あなただけなの!」
「な……なんかそう言われると燃えてくる……!!」
瞳に炎を宿し、力を込めてペダルを踏むあかり。呼応して自転車は見る間にスピードを上げていく。そのスピードが上がり切る前に当該曲がり角を通り過ぎそうな勢いだ。
「よぉし! 行くよ智恵! あの角までなんて言わず、学校まで飛ばすよ~~!!!」
「ストーーーーーーップ!!」
あかりの気合をぶった切る智恵の声。慣性の法則がブレーキとタイヤに悲鳴を上げさせた。
「え? え? 何?」
混乱するあかり。こんなところでストップしていたら、遅刻は必至だ。
しかし智恵は涼しい顔で、角を指さした。
「この角まで、って言ったでしょ?」
「……へ?」
その時、智恵の指さした角に、ちょうど計ったようなタイミングで一台の車が停止した。ちょっとお高そうなミニバンである。
「ほぉら間に合った。美佳~~~!!」
智恵は得意げな顔で車に手を振った。助手席のウインドウが開き、二人に笑顔を見せたのは、ゆるふわおっとりな雰囲気の美少女だ。
「あ、智恵ちゃん、あかりちゃん、おはよぉ」
「君たちも乗って行きなさい。間に合わなくなるだろう?」
美佳と呼ばれた少女の父親が、運転席から声をかけた。智恵の計算とはこの事だったのか――。
「はいっ、ありがとうございますっ!
……あのぉ、後ろのトランクに自転車入れさせてもらっていいですか? あたしの計算によれば、ぴったり入るはずなんですけど……」
全ては智恵の計算通りというわけだった。しかし、そんな計算をする前にやることがありそうなものだが……。
降りて来た美佳の父親が、バックドアから「脚力増幅自転車・チャリンコ智恵・スペシャル」を積み込んでいる光景を見ながら、あかりがため息をつきかけた時。
彼女の耳に、もう一つのため息が飛び込んできた。
呆れのため息ではない。わずかに焦燥感を帯びた、もどかしげなため息。
あかりはその声に、息遣いに、聞き覚えがあった。
思わず声のした方へ視線を向ける。
そこには、長身の男が立っていた。
すらりとした長身に、黒を基調としたラフな服装。長い黒髪を無造作に縛った髪型。青年というべき年頃の男性だ。
あかりは、この男性に見覚えがあった。だが、彼がそこに立っている事を信じる事は出来なかった。
「あかりちゃん、乗らないの……?」
美佳の澄んだ声が、ふんわりと響く。あかりはハッと我に返った。あかりの現実は、遅刻寸前の大ピンチなのだ。
「あ、乗ります乗ります!
……でも、あ、あそこ、あそこにいるの……!!」
彼女が指さした先に、青年の姿はなかった。
「……誰もいなくない?」
「……うん、いないよ……?」
智恵と美佳の、不思議そうな声。
あかりは納得いかない表情で、車に乗り込んだ。
――でも、確かに見た……間違いない、あの人は……。




