シーン3 その頃、ひょうたんの中では……?
その空間は、一種異様な空気で満たされていた。
空は見えない。見上げれば、ドームの中にいるような曲面の天井が、鈍く赤い光を降らせている。
富士宮あかりはその天井を見上げ、唸っていた。
「んーーーーーーー……」
「あかり、どうしたの?」
あかりのすぐ近くから智恵の声が聞こえて来た。だがあかりは声の方を見る事が出来ない。
あかりは声のした方に意識を向けて言った。
「ねえ智恵、私たち、明らかにピンチだよね? すっごくピンチ!
敵に捕まって、弧次郎さんとも連絡取れないし、変身も出来ない!
超ピンチ!! なのはわかるんだけど!」
相変わらず声のテンションと言葉の内容が乖離しているあかり。ピンチになればなるほど楽しそうになるのは、彼女の最も稀有な特徴だ。
慣れているとはいえ、異次元世界から襲来した謎の敵に捕らえられても嬉しそうなあかりに、さすがの智恵も少し引いていた。
「う……うん」
「ここ! なんでこんなに混んでるの……!? 身動きできないし……っ!!」
あかりの言葉通り、この空間には捕らえられた人間たちがぎゅうぎゅう詰めにひしめきあっていた。
広大とは言い難いこの空間に詰め込まれた人間の数は、十万人に迫ろうとしている。超絶ラッシュの電車ような混雑が見渡す限りに広がっていた。
身長158センチと、女子高校生としては平均的な身長のあかりは、自分より身長の高い人たちに囲まれて、上を見上げる事しか出来ない。身長138センチと女子高校生としてもかなり小柄な智恵に至っては、完全に群衆に飲み込まれてしまっていた。
「人口密度的にも……っ、常軌を逸してるわね……! あたしの、計算に……よれば……!」
「あぁぁあああもう……っ! 暑いし苦しいし……っ!」
苛立ちのこもったあかりの声。足の踏み場もないとはこのことだ。不安定なつま先立ちに疲れて踵を下ろそうとすると、必ず誰かの足を踏んでしまう。
「贅沢言わないの! あかりはまだ良いじゃない!
あたしなんて背が低いから……。顔が誰かの背中に押しつけられて……っ!
ま、回りも……見えない……!」
切れ切れに聞こえる智恵の声。
そう言えば、と、あかりは思った。
自分と智恵は捕らえられてここにいる。だとしたら、美佳も捕らえられているかもしれない。
「あ、そうだ、美佳は? 美佳はいる?」
「そうね。探さなきゃ……!
もしかしたら、美佳は携帯持って来れてるかも知れないし……!
それに、あたしの計算によれば、ここにいるのは一連の事件で消えた人たちよ。
ということは、どこかに水上先生も……!」
思考の流れをそのまま言葉にするような話し方は、智恵が真剣に考えている時の癖だ。
「そうだね……!
美佳ーーーーーー!!
先生ーーーーーー!!」
あかりは大声で周囲に呼びかけた。
突然の大声に、すし詰めの人達が驚き騒めいたが、一番驚いたのは智恵だった。
「ちょ、ちょっと待ってあかり!
今先生に見つかったら、絶対に『さぁ、説明してもらうぞ?』とか言われるわ! あたしの計算によれば!」
あかりは慌てて口を手で押さえようとしたが、手を動かす事もできないほどのおしくらまんじゅう地獄だ。
「そ、そっか……。まずは、美佳を……」
必死で顔を智恵の方に向けようともがくあかりの言葉を、聞き覚えのある声が遮った。
「それは残念だな、富士宮、鷹城」
「え、その声……」
智恵の声に驚愕と焦りが混じる。
「み、水上先生……!?」
あかりの声にも緊張と恐れがにじんだ。
「さっきからじたばたして私の足を踏んづけているのが富士宮で……
ずーっと背中に顔を押しつけているのが鷹城か……。
何故私たちが急にこんなところに来てしまったのか……。
お前たち、何か知っているのか?」
水上の声は全く取り乱す気配も見せなかった。
生徒指導室の光景、そして突然転移してきた異常な空間。
こんな状況に追い込まれても動じない水上に、あかりは素直に驚嘆していた。
「えーっと、あたしたちにもまだどんな敵かよくわからないんですけど……とにかくピンチでっ!」
「あ、あかり! ちょっと!」
智恵が慌ててあかりを止めた。なんの前情報もなく『敵』なんて言っても、理解されるどころか怪しまれるだけだろう。
案の定、水上の声は強くなる。
「敵? どういう事だ? さっきの男子たちの事といい……
お前たち、詳しく説明してもらう必要がありそうだな?」
それを聞いた智恵の顔色が、サッと変わった。
「う……計算がはずれた……!?」
「えっ!? 智恵……? さらにピンチって事?」
智恵の計算がはずれた……。
その事実に、あかりの心はざわめいた。
敵の事でピンチになるならいい。望むところだ。ピンチになるほど、逆転しがいがある。
でも。
そのピンチが水上先生の事だったら。
あかりの額に、冷や汗が浮かんだ。
「お前たち、自分たちで手に余ることは、大人にちゃんと相談しろっていつも言ってるだろう?
何でもすぐに人に頼るのはよくないが……。
この状況、お前たちは何か知っているんだろう?」
こうなっては全てを話すしかない。確かに水上先生は常に厳しくブレない先生で、怒られる時は手も足も出なくなる時もあるけど、その分、一番信頼できる先生じゃないか。
あかりは覚悟を決めた。
「先生……あのっ……」
「でもあかり、こんな話信じてもらえるか……」
言いかけたあかりの言葉を智恵が遮る。だが水上は冷静に、二人に言い聞かせた。
「いいか鷹城。信じるか信じないかは私が決める。
自分の生徒が嘘言ってるかどうかなんて、目を見ればわかる。私はお前たちの担任だ。
……と言ってもお前たちの姿を見る余裕もないがな。
どちらにしても、お前たちの話を聞かなければ何もわからない。
さぁ、説明してもらうぞ?」
「あっ!!」
水上の言葉に智恵が鋭く声をあげた。
「どうした? 鷹城」
「やっぱり……!
さすがあたしの計算! 間違うはずなかった!」
智恵の謎発言。あかりにも全く意味が分からない。
「……智恵?」
「ほら、先生が今『さぁ、説明してもらうぞ?』って!!」
「え……計算って、それ……?」
こんな状況でも相変わらずの二人に、水上はふっと苦笑した。
「鷹城? 言ってる意味がわからないんだが。
……まぁ、今に始まった事じゃないか」
彼女たちが話している間にも、人口密度はさらに増していた。圧迫感はもちろんのこと、気温、湿度も上昇し、不快指数はうなぎのぼりだ。
「それにしても……どんどん混んでくるな……」
「あたしの計算に……よれば……あたし……つぶれちゃいそうです……っ」
押しつぶされそうな圧迫に、智恵は息も絶え絶えだ。
あかりは、先生が自分たちを叱ろうとしていないと察知して、ほっとしていた。同時に、このディスペアーによる危機が強大になればなるほど、心が燃え上がってくるのを感じていた。
「先生……! 私たち……最っ高に……ピンチですっ!!」
「ピンチなのはわかるが……富士宮はなんでそんなに……嬉しそうなんだ……?」




