シーン2 @美佳の部屋
「さーて? これからどうすっか……だな」
美佳の部屋にホーキングの声が響いた。
時刻は午後一時。学校は、生徒や教師の消失事件が校内で続いている事を受け、午前中で生徒たちを帰宅させていた。消滅した事が確認されている生徒の保護者への連絡、今後の対応についての協議、問題は山積している。
美佳の机には三つの携帯。弧次郎、ホーキング、ウォルフの映像が小さく浮かんでいた。
美佳はあかりと智恵の携帯を持ち帰ったのは、三人に相談したかったからだ。
あかり達を救う方法はもちろん最優先事項だったが、心配した家族から連絡が入ったらどう説明すればいいのかも含め、美佳の前には難題ばかりが立ちはだかっていた。
「しかし、状況は最悪に近い。あかりや智恵まで消えてしまっては……」
「俺様たちは何も出来なくなっちまったって事だ。……ったくよぉ」
二人が危機感を示す通り、現状は絶望的と言って良かった。あかりと智恵の不在。それはレッドとブルーが変身できない事を意味する。美佳が健在であることが唯一の救いだったが、そのイエローは三人のうちで最も戦闘向きでないのも事実だ。
「ごめんね、弧次郎さん、ホーキくん……」
消え入りそうな声で美佳が詫びた。自分のせいで、大切な二人の友達が危険な目に遭っているのだ。
あかりたちを救い出したい。謝りたい。辛い思いをしているなら元気付けてあげたい。
でも自分一人で何ができるというのか……。
美佳は打ちひしがれていた。
「お嬢様……」
ウォルフの声が、美佳を優しく包み込む。だが美佳にはわかっていた。その優しい声が、激しい自責の念を押し殺した上で、ようやく発せられたものである事を。
「お嬢様の責任ではございません。私がアイテムに気付いていれば……」
「ううん。私が、こんなストラップつけちゃったから……」
二人の沈んだ口調をぶち壊すように、ホーキングがさらに追い打ちをかけた。
「ホントそうだぜ。俺様は最初っから……」
「お前が智恵と信頼関係を確立していれば、こんな事にはならなかっただろうな」
ホーキングの嫌味を、弧次郎が遮った。
「お前が余計な事を言わずに情報を出していれば、智恵も聞く耳を持っただろう。
俺もアイテムの存在に気付かなかった。
つまり……今回のことは、俺達全員に責任があると言う事だ」
静かに、だが確実に、弧次郎の言葉は美佳たち三人に響いていた。
「へっ! ヒーロー様らしい優等生の発言だな!
……って言うのが余計な事、か」
ホーキングはふっと笑って、三人に向き直った。
「わーったよ。とにかく、残ったお嬢様に頑張ってもらうしかねえな。
俺様たちに出来ることはそんなにねえ。執事とお嬢様を中心に、作戦を立てるか」
「そうだな」
弧次郎は頷いた。
パートナーを奪われた二人にしてみれば、落ち込んでいる暇などないのだ。それは美佳にも充分伝わっていた。
「うん。頑張る……。あかりちゃんも智恵ちゃんも、先生も……沢山の人が消えちゃったんだもんね……」
不安気な表情を残したまま、美佳は決然とうなずいた。
そんな美佳に、弧次郎はふっと表情を緩めて言った。
「元気を出せ、美佳。俺達が存在している以上、あかりたちは生きている」
「え……?」
一瞬、何故弧次郎がそう断言できるのかわからなかったが、美佳はすぐにその理由に気付いた。
「あ……! そっか……!」
そう。弧次郎やホーキングは、あかりと智恵の妄想から生まれた存在だ。つまり彼らが消えずに存在している事が、あかり達が生きている何よりの証拠なのである。
「そーゆうこと!
でだ。あいつらが無事って事は、他に消えちまった人間も無事である可能性が高いって事になる。
まだ逆転の目はあるっつー訳だ!」
「うん!」
ホーキングの説明に、美佳はぱっと顔を輝かせ、こっくりとうなずいた。
「よし、では……」
「弧次郎、待って下さい。少々、お時間を頂けませんか……?」
早速具体的な作戦の検討を始めようとする弧次郎を、ウォルフは遮った。
「ん……? どうした?」
聞き返す弧次郎の横で、ホーキングが笑った。
「あー鈍いな、ヒーロー様よぉ。少し、お嬢様と二人にしてやろうや、なぁ?」
「そうか……なるほど」
「申し訳ありません……」
納得する弧次郎と謝るウォルフを眺めて、ホーキングはニヤニヤしていた。
「よし、んじゃ、ヒーロー様と俺様は、俺様たちで出来ること、そして現状の把握につとめるとするか」
「了解だ。作戦を立てる前に、情報を整理しておかなければな」
頷きあう二人に、美佳はすがるような視線を向けた。
「うん……。弧次郎さん、ホーキくん、お願いね」
「お二人とも、頼みます……」
弧次郎は美佳たちに顔を向け、しっかりと頷いた。
「あぁ。ではまた後で」
ピッと音を立てて、弧次郎があかりの携帯に消える。
続いてホーキングが口を開いた。
「任しとけっての!
……あーそれから執事さんよ」
ウォルフに背を向けて、ホーキングは動きを止めた。
背と言ってもどこが背中なのか見当がつかないホウキだが、目と口が反対側を向いているのだから、彼としては背を向けているのだろう。
「……なんでしょうか……?」
ホーキングの背中に問いかけるウォルフ。ホーキングは背を向けたまま、言い辛そうに話し始めた。
「昼間は……あー……」
ここでひとつ咳払い。
「……お前は、お嬢様の執事であって、俺様たちの執事じゃねえ。
俺様や弧次郎とお前とは、同じ立場なんだからさ! んー……。
そんだけだ!」
言うが早いか、ピッという音を残して智恵の携帯に消えた。
「ホーキング……」
饒舌すぎるほどよく喋るホーキングが、不器用につないだ言葉。その真意は、ウォルフにも伝わっていた。
「やっぱり、いい子だと思う。ホーキくん」
「そうですね……」
「早く、助けないとね。智恵ちゃんも、あかりちゃんも、みんなも……」
美佳が小さく握りしめた拳は、少し震えていた。
「生きている事がわかったのは良かったけど……ずっと怖くて苦しい思いをしてるだろうし……。
でも、どうしたら……」
恐怖や焦燥を押し込め、それでも立ち上がろうとする美佳。その姿が、ウォルフはたまらなく愛おしかった。
「今回の件……。解決するには、イエローの力、つまりお嬢様の力を最大限に使わなければならないでしょう」
「私の……力……?」
美佳にはわからなかった。
絵を描く、音楽を奏でる……。自分にできる事はそれだけなのに。それが解決につながるなんて……。
「はい。お嬢様が、鍵なのです。もちろん、私も謹んでお力添えを……」
「でも……っ!!」
手の震えが止まらない。
美佳は頭を大きく振って、ウォルフの言葉を遮った。
「お嬢様……?」
「でも、私には何も出来ないよ……!
だって、私にはあかりちゃんみたいな運動神経もないし、智恵ちゃんみたいに天才じゃないもん……!」
美佳は何度押し込めても溢れてくる恐怖に崩れ落ちそうになっていた。
あかりと智恵がいなければ事態は解決しないのに、解決しなければあかりと智恵を取り戻すことができないのだ。
美佳の心は、今にも崩れそうになっていた。
「お嬢様!」
「は……はい!」
思わず背筋が伸びてしまうほど、ウォルフの声は強かった。美佳の心を埋め尽くす『自分には何もできない』という恐怖をかき消す程に。
美佳の不安気な視線の中で、ウォルフは厳しい表情のまま、優しい瞳で美佳を見つめていた。
「お嬢様。あなたの力は『美』。そう申し上げたはずです。
お嬢様の力は、人々を笑顔にし、心を浄化する力……。
つまり、ディスペアーの闇の力を打ち消す力なのです」
「でも……」
「今回の作戦で、お嬢様の力がどのように生きるのかはまだわかりません……。
しかし、お嬢様の力が軸になるのは間違いないのです。
そのために、私だけではなく、ホーキングや弧次郎が協力してくれるでしょう。
……お嬢様が弱気になられていては困ります……。
お嬢様の笑顔は、「美」の力そのものなのですから……」
ウォルフの声を聞いているうちに、美佳の手の震えは止まっていた。
そうだ、私にはウォルフさんがいてくれる。みんなを助ける力になってくれる。
弧次郎さんだって、ホーキくんだって……。
美佳は顔を上げた。うまくできる自信はないのは変わらない。だが、支えてくれる人はいる。
そう、一番頼りになる人が目の前に……。
「ウォルフさん……」
そっと出した声に、心が、想いが詰まっていた。
美佳とウォルフの視線が絡み合った。
「お嬢様……」
ウォルフの柔らかい声……。
「あーそうだ、お嬢様に執事! そのアイテムの正体がわかっ……」
……をかき消して、ホーキングの声が響いた。
二人の世界を突然破壊され、美佳とウォルフは硬直してしまう。
「……っとと、お邪魔した、すまん!」
ホーキングは固まってしまった美佳たちに気付き、慌てて智恵の携帯に消えようとした。が、その前にあかりの携帯が光を放った。
「……だから、もう少し待てと言っただろう……。
まったく、タイミングをわきまえぬ……」
あかりの携帯から顔を出した弧次郎が額に手を当て、ため息をつく。
「へええー。……ってことは?
ヒーロー様はタイミング伺ってたわけかー!
意外とのぞき趣味なのな」
言い捨てて消えるホーキング。
「い、いやそんなつもりでは……。
……すまない」
ピッという音を残して、弧次郎も消え去った。
「え……っと……?」
残された二人。だが、二人とも次の言葉が見つからず、妙な沈黙が二人を支配するのだった。




