シーン8 @朝の教室
後京ドームで発生した集団行方不明事件。ニュースや新聞はその話題一色に塗りつぶされていた。
人々はその大事件に心を痛め、寄ると触るとその話ばかり。
地元でそれだけ大きな事件が起きたのだ。実際に家族や知り合いが巻き込まれたという者も少なくない。
街全体が、重苦しい空気に包まれていた。
だが、それでも日は昇る。学校はいつも通り始業する。
学校という、ある意味世間と切り離された空間では、外部社会に比べて幾分危機感のない、のんびりした空気が流れているのが救いだった。巻き込まれた生徒がいてもなお、どこか楽観的な、現実感のない雰囲気が醸成されていた。
「はい出席をとりまーす、相原~」
教室に、男性教師の声が響いた。朝学活の時間だ。
「ぁ~い!」
相原と呼ばれた生徒が気の抜けた返事とともに手を上げる。次の瞬間、彼の身体はひゅっ、と空を切る音を残して消え去った。
「なんだ相原~、朝っぱらからやる気ない声出して」
教師が呆れ声で注意する間に、生徒たちがざわめきだした。
「せ、先生、相原君が……」
女子生徒の混乱しきった声。
「ん? 相原がどうした?」
「相原君が……消えました!」
「な、なんだって?」
教師が出席簿から目を上げた。女子生徒の言った通り、さっき返事をしたはずの相原がいない。
「お、おい、相原はどうした! ……学級委員!」
状況を説明させようと、学級委員に声をかける。
「は、はい!」
「はい!」
学級委員の男子と女子が返事をして……そのまま消えた。相原が消えた時と同じ音を二つ残して。
「な、え? ど、どうなってるんだ?」
教室内は教師も生徒もパニックに包まれていった。
校内は既に混乱の極みだった。各教室内で同様の事件が起き、パニックの中でさらに何人もの生徒や教師が消えていった。
いや、学校だけではない。この街のあらゆる場所で、この消滅事件は起き続けていた。
この様子を上空で観察する者が、二人。
「むふふふふふ……!!
良い調子だな、狐仙! 結構な数、集まってるみたいじゃん?」
サンドウィッチを頬張った悟空が上機嫌に言った。本当は、あははは、と笑いたかったのだろうが、口に入ったサンドウィッチのせいで口を開いたまま笑えない。だがそんな些細な事は気にならないほど、悟空は上機嫌だった。
計画は想定以上のペースで進んでいるのだ。
「あらあン、悟空様ン。さすが、お耳が早うございますわねェ」
甘い声で悟空にしなだれかかろうとする狐仙。悟空はその額を手のひらで押さえた。
「ちょっと待った。ひょうたんの蓋、閉めてんだろうな?」
そう言って、口の中のサンドウィッチを飲み下す。狐仙は、はっと気づいた顔で、悟空から身を離した。
「あら、まだでしたわ。閉めておきませんとね」
いそいそとひょうたんに栓をして、悟空に見せる狐仙。悟空はうなずいて、次のサンドウィッチを口に押し込んだ。やはり米や肉に比べて、パンは物足りないのだろう。
「ったく、あぶねえなぁ。
……で? そのひょうたんの中には今どれくらい入ってんだ?」
「そろそろ8万人……ほどですわね」
その数字に悟空が満足しているのは、その表情が雄弁に語っていた。
狐仙は『このくらい当然ですわ』といった顔で悟空を見返す。
「へー、すげえじゃん!
そん中に8万人かぁ……! そーとーな負の感情が集まりそうだな!
……で? あのMSガールズってのはもうかかったのか?」
「それはまだ……。でも、もうじきですわ。小ひょうたんの方は既に……。うふふふっ」
自信たっぷりで笑う狐仙。既にMSガールズを捕らえる算段は付いているのだろう。
悟空は残り少なくなったサンドウィッチを手に取ると、口に押し込んでうなずいた。
「よし、じゃあ任せるぞ。食うもん確保したらまた来る」
急いで飛び去る悟空の背中を、狐仙は自信たっぷりの笑顔で見送った。
「お任せ下さい、悟空様……。うふふふふふふっ」




