シーン9 @ほとんど部室な生徒指導室
午前10時30分。あかりたちはいつもの生徒指導室に集まっていた。
学校の中で消失事件がおきたのだ。まさに緊急事態である。
智恵の提案で緊急ミーティングを開くことにしたのだが、あかりは少し不安気な表情で智恵に尋ねた。
「……でも智恵、本当に大丈夫なの?
いくら緊急職員会議で自習だからって、今は授業時間だよ?」
「うん、なんかどきどきするね!」
「お嬢様、喜んでいる場合では……」
前回のように三人の映像が空中に映し出され、ウォルフが美佳をたしなめる。確かに現状は楽観視できるものではない。
朝の出席で起きた生徒消失事件。学校側は授業を全て自習にして緊急職員会議を開き、対応を協議していた。
その隙をついてのミーテングである。
この事態に対応できるのは自分たちMSガールズしかいない。智恵はそう考えていた。
「そうね。でも、昨日ニュースでやってた後京ドームの大量行方不明事件と言い、今日の連続生徒消失事件と言い……なにかが起きていることは間違いないわ。
それも……ディスペアー。彼らが絡んでいるわね。あたしの計算によれば」
「……そうだな。単なる事件ではなさそうだ」
弧次郎がうなずく。
「ほー? チビガキの算数と10年オチのヒーロー様のカンがぴったり一致したって訳か」
嘲る調子で言うホーキングに、弧次郎は刺すような視線を向けた。智恵は目を閉じ、鋭く一つ息を吐いた。
「……切るよ?」
「ま、まままままぁまぁまぁまぁまてまてまてぃ!
俺様だって、その辺は同感なんだ。どー考えたってあいつらの仕業にちげえねえよ。闇の力の気配もそーとー濃いしな」
「確かに……そうですね」
ホーキングが慌てて同意して彼なりの根拠を示すと、ウォルフも思うところがあるのか、ゆっくりとうなずいた。
「でも、どうやってあんなに大量の人を誘拐出来たのかな……?
教室での失踪でも、怪物とかは目撃されてないし……」
あかりが首をひねって考える。彼女が教室で見た消失事件は、生徒が突然消えたようにしか見えなかった。怪物に誘拐されたと考えるのは現実的ではないだろう。
美佳もうーんと考え込んだ。
「ドームいっぱいのお客さんをいっぺんに誘拐するって大変だよね……。どうやって運んだんだろう……?」
「それだけ強力な怪物が来てるって……こと……?」
姿を現さずに人を消し、大量の人間を瞬間的に移動させる。そのような力を持つ怪物とはいったいどれほどの強敵なのだろう。
あかりは身震いするような緊張感に表情を引き締めた。弧次郎はそんなあかりを見て、首を横に振った。
「いや……。それほど強力な力が、境界の壁を突破するのは無理だ」
「だな。7万人以上の人間を一瞬で運び去るほどの力なんてのは……」
ホーキングが考え込む。
「でも、みんな今どこにいるのかなぁ?
ドームいっぱいのお客さんを入れておく場所ってことは、ドームと同じくらい広いところじゃないと入りきらないでしょ?」
そこはホーキングたちも引っかかっている疑問だった。運ぶ方法も、そして運ぶ先についても皆目見当がつかない。推測するにも情報が足りなかった。
「まさか……妄想界に……?」
あかりの表情が険しくなる。行方不明者がもし妄想界に連れていかれていたら、取り戻すのは不可能に近いだろう。
智恵と美佳の表情にも緊張がはしる。
ウォルフが三人をなだめるように、穏やかに話し始めた。
「現世界の人間をそのまま妄想界に送り込むのは、妄想界の存在が現世界に来ることより難しいはずです。
それほど大量の人間を妄想界に送るのは不可能でしょう」
「……だな」
弧次郎もうなずく。
智恵は人差し指を顎にちょんと当てて考えながらつぶやいた。
「何か……特殊な武器が使用されている可能性が高いわね……。
もしかしたら消えた人たちは本当に消されて……」
「そんな! 何万人も一度に消すなんて……!」
声を上げるあかりにひきかえ、智恵は冷静に分析する。
「考えられなくもないわ。人間を一瞬で素粒子レベルに分解して、空気に再合成する……」
「密度から考えて、空気に変えた瞬間にドームが破裂すんだろ。体積何倍になると思ってんだ」
ホーキングが冷静に突っ込む。
「た、たとえば、の話よ!」
「ねえ、智恵ちゃん、消されたってもしかして、みんなもう……」
最悪の状況を想像して、美佳の声が震えた。
「お嬢様、まだ消されたと決まったわけではありません。
その方法が考えにくい以上、消されていないと見るべきでしょう。
失踪した人々を収容している場所が必ずあるはずです」
不安そうな美佳に寄り添うように、ウォルフが優しい声を出す。その様子を見たホーキングは、どこに存在しているのかわからない鼻を鳴らした。
「……しっかし寄せ集め執事さんよ、案外お前鈍いんだなぁ。お前の……」
「またこのバカホーキ! そんな呼び方するんじゃないわよ!」
またも無神経なホーキングに智恵が噛みついた。昨日、美佳とウォルフを傷つけた事をなんとも思っていないのか。
だがホーキングはさらに煽るように言葉を続けた。
「ほー。んならつぎはぎか? それがだめならコラージュ? キメラ……的な?」
「……黙れ」
重く静かな、だが刺すような鋭い声。弧次郎だ。彼は苛立ちを込めた視線をホーキングに向けていた。
「おっとぉ? 10年落ちのヒーローさん。元ネタ持ちも大変だよなぁ。
ってか、お前も気付いてんだろ? さっきから……」
「ほんと、あんたは黙ってなさい!
ホーキの癖に無神経でみんなの神経逆なでして!」
ヒートアップする智恵に、美佳は少し慌てた。大きな声を出せば、授業を抜け出している事がバレるかもしれないのだ。
「ちょ、ちょっと智恵ちゃん……」
「智恵様、私の事はお気遣いなく……」
美佳やウォルフにとってみれば、声の大きさ以上に、自分らを原因に智恵たちが争う事が見過ごせないのだろう。
だがそんな二人の言葉を遮って、ホーキングがさらに大声を出した。
「てーか、ちょっと俺様の話を聞け! さっきからすぐ近くにやっべー気配が……」
「そもそも! 魔法とかばっかじゃないの!?
あんたの言う事なんて! 一切! 信じないんだから!!」
さらに大きな声をかぶせて遮る智恵。
「声が大きいよ、智恵ちゃん……」
「論点も、ずれ始めているようだな」
弧次郎は呆れ声でつぶやいた。
あかりは決然と立ち上がった。
ここは自分が何とかしなければ。自分はレッド。レッドは多くの場合リーダー的な存在だ。
メンバー内の不和も、全てレッドである自分の双肩にかかっているのだ。
あかりは二人の声を上回る声で叫んだ。
「二人ともストーーーーップ!」
と、その時、ガラリとドアの開く音とともに、聞き覚えのある女性の声が響き渡った。
「はーい富士宮もストップ! お前ら、授業中に何してる!!
ってゆうか、誰だ、そこの男子!」
あかり達のクラス担任、水上鮎だ。
緊急職員会議中の職員室では、響いてくる奇妙な声に教師たちがざわついていた。彼女はその声の中に、担当クラスの生徒の声が混じっている事を聞き取り、様子を見に来たのである。
職員室と同じフロアにある生徒指導室で大声を出せば、こうなるのは必然と言えるだろう。
「水上先生!? や、やばい!!」
「見つかった……!!」
あかりと智恵が焦る中、水上は生徒指導室を見回した。そこには弧次郎たち三人の立体映像が映し出されている。
「空中に、男子とホーキ……??? な、なんなんだ!?
お前達、ここで何を……!?」
目を疑うような光景に、水上の声は跳ね上がった。
弧次郎が目を閉じ、ため息をつく。
「万事窮す……か」
「そのようですね……」
ウォルフは静かにそう言って、うなずいた。
「あんたのせいだからね!」
「な、俺様のせいにすんな!」
智恵と言い合いをするホーキング。
「な、何だ……? 喋った……?」
水上はさらに信じられないこの状況に呆然としたが、すぐに気を取り直してあかり達を見渡した。
「お前達、ちゃんと説明しな。こいつらは一体何で、今ここで何やってたか」
水上の声に詰問の響きはない。だが大人として、教師として、生徒に事情を聞かねばならないという確固とした意志が見えた。
「本格的にやばいよぉ……」
「うーん、どう説明するか……」
焦るあかり、考え込む智恵。美佳は、とりあえず分かる事から話そう、腹をくくった。
「あの、先生……」
「ん? なんだ?」
次の瞬間、水上の姿がかき消えた。他の消失事件と同じ、ひゅっ、と空を切る音を残して。
「え……えぇっ??」
「先生が……消えちゃった?」
あかりと美佳が思わず上げた声をかき消すように、ホーキングの怒声が響いた。
「ほら! だから言っただろ! ってか言いかけてただろ!
闇の力の波動が近くにあって、さっきから強まってるって!」
「敵が……すぐ近くに来てるって事ね……! 燃えてきた!!」
謎の敵が迫っている。一瞬で人を消してしまう敵。姿を見せずにそれだけの事をやってのける能力を持つ強敵。
あかりの心に炎が燃え上がった。
「しかし……奴らの気配はない……」
「え……?」
弧次郎の意外な言葉。力の波動はあっても、敵の気配がないとはどういう事なのか……。
「はい……敵の気配はありません……。力の波動は……」
ウォルフが闇の力を探ろうと意識を集中した時。
「……っ!!」
ウォルフは気付いた。闇の波動を出しているモノが、自分のすぐそばに存在していたことを。
何故気付かなかった、と悔やんでももう遅かった。
「どうしたの? ウォルフさん……!」
美佳の心配そうな声を打ち消すように、苛立ったホーキングが口を開く。
「てめえ、気付くのがおせえんだよ、コラージュ執事! お前の……」
ぴっ、と音を立てて智恵が携帯の電源を切った。瞬時にホーキングが消え去り、智恵は憤懣やるかたない表情で荒く息を吐いた。
充分気を落ち着けて、智恵は口を開く。
「……怪物の気配はないけど、力の波動はある……。
あたしの計算によれば、先生を消した何かは、近くにあるわね」
ホーキングの存在など無かったかのように、淡々と話す智恵に、あかりはうん、とうなずいた。
「とにかく、消された人たちを救出する事を考えないとね」
「そうね。テレビとかみたいに、原因の物や怪物を倒したら自然に戻ってくる……なんて事はないでしょうし」
「だね……」
考え込むあかりと智恵。だがどうすればいいのか、皆目見当がつかない。
それは美佳も同様だった。自分には何もわからない。ならばまず、もう一度話を整理してみればいいのではないか。
美佳はそっと声をかけた。
「あかりちゃん、智恵ちゃん……」
「ん?」
「なに? 美佳」
あかりと智恵が返事をした瞬間、あの空気を切る音が二つ響き、二人が消えた。
「何にも手がかりが……って、あれ? あかりちゃん? 智恵ちゃん?」
「な、何!? あかり!?」
驚愕と焦燥にまみれた声で弧次郎が叫ぶ。美佳は慌てて智恵の携帯の電源を入れた。
「ホーキくん、智恵ちゃんが!!」
美佳の言葉も終わらないうちに、ホーキングの映像が怒鳴りながら出現する。
「くぁ~~~!!! だから言った……いや、言いかけただろーが!!!」
あまりの剣幕にたじろぐ美佳。
「な、何を言いかけてたの?」
「ディスペアーのやつらのアイテム! お前のケータイにくっついてるんじゃねえのか!?」
「え……?」
美佳は思い出していた。昨夜机の上で見つけた、赤いひょうたんのストラップを。
パパからのプレゼントだと思っていたあのストラップが、もしかして……。
そしてホーキングの指摘は、弧次郎、そして何よりウォルフを震撼させていた。
「何……ッ!?」
「そ、そんな……」
そんな至近距離まで敵の接近を許し、気付くことが出来なかった。特にウォルフはその大きな波動を間近に認識していたにも関わらず、である。そのために、あかりと智恵を連れ去られてしまったのだ。
重い責任に押しつぶされそうになるウォルフに、ホーキングは容赦ない糾弾を浴びせた。
「おい執事! てめえ、自分にくっついてんの、気付かなかったのかよ!」
ホーキングがわめくそばで、美佳は軽いパニックを起こしかけていた。
大事な友達が消えた。しかも自分には、他の二人と比べて敵と戦う力が圧倒的に弱いのだ。
自分に、彼女たちを救い出すことが出来るとは到底思えない。
「どうしよう……。あかりちゃんも、智恵ちゃんも消えちゃって……。
どうしたらいいの……?」
「……本当に申し訳ございません……。お嬢様……」
未だ姿を見せない敵。何も解らぬまま消えたあかりと智恵。
一人になった美佳は、二人を救い出すことが出来るのか……?
消えた二人、そして教師水上の運命は……?




