シーン1 @生徒指導室
放課後の生徒指導室。三人はまたこの部屋に集まっていた。
前回同様、周囲は静まり返っている。
富士宮あかりは油断なく廊下を見回して、ドアを閉めた。
「人の気配はない……と。じゃ、二人とも、MSガールズ、第二回ミーティング、はじめるよ!
「なんか、部活みたいだねっ」
うきうきと楽し気な表情なのは那須野美佳。
「部室とか使えると良いのにね」
「せめて、人目を気にしなくていい部屋が欲しいわね」
そう言いながら、鷹城智恵は椅子に腰かけた。
「まぁ、しょうがないよ」
苦笑しながらあかりも席に着く。
美佳が座ったところで、三人の携帯から光があふれ、空中に弧次郎、ホーキング、ウォルフの映像が投影された。
「ところで、ミーティングって何話すんだ?」
まずホーキングが口火を切る。
「やっぱり、反省会しないといけないでしょ? 次に生かすために!」
あかりの言葉にうなずきつつ、智恵は少し考えて言った。
「あたしとしては……あたしたちの能力や、弧次郎さん達の能力も把握しておきたいわね」
「敵も己も知らない状態では、勝てるわけがないからな」
弧次郎がうなずく。
あかりと智恵の議題提案に続いて、美佳の番だ。みんなの注目が美佳に集中した。
「私は、ちょっとお願いって言うか……」
「お願い……でございますか?」
「うん……」
美佳はうなずき、少し考える。
「昨日の戦いの後でも言ったけど、武器の名前がね……?」
「あぁ、言いづらいからあだ名を……と言ってたな」
弧次郎がゆっくりとうなずいた。
「だね。もっと簡単に叫べる名前を付けちゃってもいいかも」
「正式名称はこうだけど、人呼んで何々! みたいな事ね」
「別に、人は呼ばねえと思うがな」
「……うっさいわね」
智恵はホーキングに目を向けずに言った。ミーティングだから参加させているが、本体なら携帯の電源を切ってしまいたいところなのだろう。
あかりは、楽しそうに少し考えると、勢い込んで言った。こういう名前などを考えるのが好きでたまらないのだ。
「あたしのは、弧次郎さんの剣だから、コジローブレード……かな! 略して、ジラード!」
「な、なぜ略す?」
「私のは、ブラッシュストリングって長いから……ツール、でいいかなぁ。
ウォルフさんのツール、略してウォリュちゅ……」
美佳は略称を盛大に噛んだ。むしろ言いにくくなっている可能性が極めて高そうである。
「な、なに?」
何を言ったか聞き取れず、聞き返すホーキング。
「ウォルツール……とおっしゃりたかった……のでしょうか」
「うんっ! さすがウォルフさん!」
美佳の笑顔がぱぁっと輝いた。しかし、彼女は戦闘中にこの名前を噛まずに言えるのだろうか。
「あの、お嬢様、ですから『さん』付けは……」
「あたしはこのままでいいや」
智恵はあっさりと言った。
「え~、智恵ちゃんはホーキくんの名前入れないの?」
「うん、必要ないから」
「へっ! 俺様だって別に名前入れて欲しいなんて思っちゃいねーよ! ふん!」
「フン!」
またも険悪になる智恵とホーキング。あかりは空気を変えようと、話題を次に振る。
「……じゃあ、あたし達や、弧次郎さん達の能力について話そっか」
「うんっ!」
「じゃああかり、レッドの力からお願い」
MSガールズ専用に用意したバインダーとルーズリーフを取り出して、智恵はあかりに顔を向けた。
「うん……。あたしにもまだよくわかっていないんだけど……、剣を使う事はわかってて……。
あ、そうだ。変身すると、いつもより身体能力が高くなってる気がする」
「空気の固まりを全部斬ったのとか、すごかったもんね!」
弧次郎はゆっくりうなずき、口を開く。
「レッドの能力の中心は「力」を主体とする。あかりの妄想力は「身体能力」に関わることに集中しているからな」
「なるほど……」
メモを取りながら、智恵がうなずいた。
力の源泉であり、あかりの妄想そのものである弧次郎が、彼女の力に知悉しているのは、考えてみれば当たり前の事だ。
「弧次郎さんは、忍びの流派全ての源流と言われている犬神一族の末裔で、代々伝わる忍び装束と科学技術を融合させた『雷牙スーツ』で、マスクドガイ雷牙に変身するの。
必殺技は衝撃力21.42トンの『雷牙キック』。
そして、何もかも切り裂く忍び刀『斬鉄ブレード』で繰り出す『奥義・万斬刀』。
それから……」
「はーいあかり、ストップストップ!」
慌てて智恵がストップをかけた。こうなったあかりは、放っておけばいつまでも話が終わらない事を智恵は熟知していたのだ。
あかりは幼い頃に買ってもらった『マスクドガイ雷牙・超百科』を上下巻ともに何千回も読み込み、すっかり暗記してしまっていた。その他にも、DVDやおもちゃの説明書まで暗記しているあかりだった。
「あかりちゃん、自分の事より、パートナーの事の方が詳しいんだね」
「まぁ、変身後のパワーに関しては俺様達が司ってるわけだし、俺様達はお前らの妄想の産物だし、ま、そうなるだろーな」
「なるほどぉ」
美佳が納得したのを見て、ホーキングが語りだす。
「ブルーの能力の主体は「知力」だ。科学と魔力を使いこなす、究極の「知」が力の源泉だ。
まぁ、このチビはその力の半分以上を放棄してやがるけどな」
「ホーキだけに……?」
美佳がちょっと首をかしげて言った。
「お、お嬢……」
「うわ! 美佳、うまいっ!」
ウォルフがたしなめようとするのにかぶって、あかりが手を叩いて喜ぶ。
「お……お嬢様方……」
ウォルフは天を見上げて慨嘆した。
智恵はメモから顔を上げ、嫌々喋り始める。
「このホウキは、自分では魔法使いって言ってるけど、単なる嘘つき。今は魔法を封じられてるなんて言い訳してるけど、魔法なんてあるわけないし。
……なんであたしのはこんななんだろ……」
ため息をつく智恵。ホーキングは智恵に飛び掛からんばかりの勢いで怒鳴った。
「あのなぁー! 言っただろ! 魔法ってのはなァ、科学なんだよ!」
「はーいはい、ケンカはやめやめ! おっきい声出すと、誰かに聞かれちゃうかも知れないしね。
じゃあ最後、美佳たちは?」
すぐ喧嘩を始める智恵たちをたしなめて、あかりは美佳たちを促した。
ウォルフは穏やかに語り始める。
「イエローの能力は「美」。絵画、彫刻、音楽……。それら芸術が、力の源です。
人間の夢想、妄想を現実世界に表現する。私たち全員が戦う力の原点とも言えるでしょう」
「そうなんだぁ!」
美佳が驚きと納得の声を上げた。今初めて知ったような美佳の声音。智恵はメモを取りながらつぶやいた。
「筆と楽器が一緒になった武器……。あれ、わかってて作ったわけじゃなかったのね……」
「あ、それからウォルフさんは、モーツァルトと、ダビンチと、ミケランジェロを足した、すごい芸術家なの」
今度は美佳が目をキラキラ輝かせて話し出す。
「へえ~! すごい!」
あかりは称賛の声を上げるが、ホーキングは呆れたようにつぶやいた。
「……ってことは、寄せ集め、か」
その声に明らかに含まれている嘲笑の響きが、場の空気をピーンと張り詰めさせる。
ウォルフは鋭い眼差しをホーキングに向けた。
智恵がホーキングを睨みつけた。その表情は怒り心頭だ。
「ホウキのくせに、何言ってんのよ、っバ~カ!」
「バカってゆうな! チビのくせに!」
言い返すホーキングを無視して、智恵はウォルフと美佳に向けて頭を下げた。
「ウォルフさん、美佳、ごめんね? こいつ、悪気は……あったと思うけど。バカだから。
許さなくても良いし、こんなバカ」
「バカバカ言うんじゃねえ! 第一……」
ホーキングが喋っているのも構わず、ピッ、と音を立てて携帯の電源を切る智恵。同時にホーキングは消え去った。
「……ったく! あのバカ!」
憤懣やるかたない様子で、智恵が荒い息を吐く。
当の美佳はちょっとおろおろしていた。
「智恵ちゃん……! 携帯、切っちゃっていいの……?」
「いいのいいの! あのバカが口挟むと、話が進まないから!」
「……でも、自分たちの事についても大まかなことしかわかんないね……」
あかりの言葉に、三人はうーんと考え込む。
「ねえ、弧次郎さん達は、あのディスペアー? 敵については何かわからないの?」
智恵が顔を上げた。智恵としては、やはりできるだけの情報を集めたいところなのだろう。
ウォルフがまず話し出した。
「妄想界というのは、人間の空想や夢から出来ている異次元空間です。
人間の意識が負の方向に偏れば闇の力が増大し、人の希望が光に満ちれば妄想界の光の力も大きくなる……」
「そして……今、かつてないほど、闇の力が強力になっているのだ」
弧次郎の淡々としたトーンが、事の重大性を実感として伝えてくる。
「つまり……かつてないほど、あたし達人間の心が荒んでいる……という事ね……」
「そんな……!」
あかりは声を上げて立ち上がった。いくら人間の心が荒んだからと言って、異次元からの侵攻を呼び込むほどの闇を生み出すなんて、信じられなかった。
「しかし、次元の境界を越えるほどの力を持つ事は出来ないはずでした」
静かなウォルフの声に、あかりは少し落ち着きを取り戻し、腰を下ろした。
現在起きている事態の異常さが、ウォルフの声から伝わってきたのだ。
「俺達だって、こちらの世界に来ているわけではない。妄想主と連絡を取ることによって、力を投影してもらっているだけだ」
「それも、お嬢様方の類い希な妄想の力をもってして、初めて可能になったことなのです」
変身キーワード『念写』。その意味をはっきりと理解して、あかりはうなずいた。
「じゃあ……どうしてディスペアーの人たちは、こっちの世界に来られるの?」
美佳の疑問は当然だった。ウォルフたちもこの世界に来られるわけではない。それなのに、ディスペアーはその実体をそのままこちらに送り込んできているのだ。
この問いに、弧次郎が口を開いた。
「闇の力をまとめる存在が現れたのだ」
「なるほど……。悪の大ボスってわけね……!」
表情を引き締めるあかり。
「そうだ。その闇の王は、妄想界の暗黒面である常世の国を支配下に治めた。そして、本来光の存在である者たちにまで闇の力を注入し、配下に加えたのだ」
「アラジンとか孫悟空って、ほんとは悪い人じゃないもんね……」
美佳はうーんと考えてつぶやいた。物語の主人公が悪に染められている。それは大きな危機感を抱かざるを得ない事態だったが、美佳は悟空やアラジンを慮るような表情で考え込んでいた。
「そうだね。そんな悪だくみを進めてる悪の組織が、ディスペアーってわけね……」
「はい。しかし彼らも、まだ力の一部しかこちらの世界に送ることが出来ていないようです。
ですから……闇の力をさらに拡大して、より大きな力をこちらに送れるよう企むでしょう」
闇の力をさらに拡大する、その方法。それは……。
「あたし達人間の心を、もっと荒ませようとする……ってこと?」
「……そっか。だからあの悟空って子、あたし達に『悪夢を見せられなくて残念』って言ってたのね……」
弧次郎はゆっくりとうなずいた。
「だから俺達は、奴らの野望を打ち砕き、闇から救うだけではなく……」
「人々の心に光をもたらさなければならない……」
「そういうことだ、あかり」
昨日は何とか勝つことが出来た。しかし、戦いに勝つだけでは、本当に勝利する事にはならない。
強敵を退け、しかも人間たち全ての心に、光をもたらさなければならないのだ。
だがその方法は皆目見当がつかない。
生徒指導室に、重苦しい空気が流れた。
「……ぃよぉぉぉぉぉぉぉぉし!!! 燃えて来たぁー!!!」
重い空気を切り裂いて、あかりが立ち上がった。
「あ、あかりちゃん!?」
驚いて見上げる美佳の視線の先で、あかりは拳を握って叫んだ。
「ディスペアーがどんな事を企もうと! あたしたちMSガールズがすべて打ち破ってみせる!」
「そうだね! そのための私たち、だもんね!」
一瞬にして空気がガラリと変わる。これが彼女たちの強さなのだ。弧次郎とウォルフは、ほっとしたようにうなずいた。
「あのバカを調教しなきゃいけないのは大変だけど……ね」
そう言う智恵の表情からも、先ほどまでの険悪さが消え失せている。
「智恵ちゃん、えっと、ホーキ君も、本当はいい子だと思うよ、だから……大丈夫!」
「……それはないと思うわ」
あっさり否定する智恵ににっこり微笑んで、美佳はあかりに顔を向けた。
「じゃ、あかりちゃん、えっと、えいえいおー! みたいの、する?」
「あー……っとぉ~、そ、そうだね! じゃあ、ファイトー! オー! で、いこうか!」
智恵と美佳ががたがたと立ち上がる。
「誰か来たらいけないから、ウォルフさん達はちっちゃい声でね」
「は、はい、かしこまりました……」
「お、俺達も、なのか……?」
尻込みをする弧次郎たちに構わずあかりは声を張り上げた。
「それじゃあ! MSガールズ! ファイト~~~~~!」
「オー!」
三人が声をそろえる中、弧次郎とウォルフは少し遅れて、小声で唱和した。
「お……おー……」




