シーン4 智恵の場合
その頃。
智恵は机に鏡を置いて、風呂上がりの髪を乾かしていた。
携帯はベッドの上に放り出している。
「んで? 聞きてえ事ってのはなんなんだ? 飯も風呂も済んだんだろ?」
ベッドの上からあのホウキの声がする。智恵はその声を無視した。癇に障るのだ。
どこの誰かもわからない。そもそも人間であるとも思えない。そして常に見下した、馬鹿にした口調。
何もかもが気に入らなかったが、それだけではなかった。
智恵自身にもわからない、心の奥底から来る嫌悪感。
不可解な現状を理解するため、聞きたいことは山ほどあったが、それ以上にこのホウキと言葉を交わすなんてまっぴらだった。
絶対、口なんかきいてやるもんか。
智恵は携帯からの声を完全に黙殺して、ドライヤーのスイッチを『強』にした。
「……まぁだだんまりか? もしかしてぇ、理解できねえ真実に触れるのが怖えーんすかぁ?」
あからさまな挑発だった。
こいつ、ホウキの癖に馬鹿にして! そんな手に乗るもんか。
智恵は叫びだしそうになるのを必死で抑えながら、ドライヤーを切ってノートを取り出した。
今日起きた事を分析するために、何が起きたかを書き留めておこうと思ったのだ。
確かに現状は理解の外にある。だけど、こんなホウキの力なんか借りなくても、自分で何とかしてみせる。
この生意気な……。
「あーそっかぁ、まだ宿題が終わってないんでちゅね~?」
「あーーーーもう! 少しは黙っていられないの? うるさくて気が散る!!」
我慢の限界を突破し、智恵は爆発した。だがホウキは全く意に介さない。
「ほー、俺様に聞きたいことをまとめてたって訳か。ちゃあんとノートにまとめた方が良いんじゃねーのかぁ?」
なによ、自分はノートもとれないくせに。
智恵はホウキをやり込めるべく頭脳をフル回転させた。ノートを閉じ、立ち上がって携帯を見下ろす。
「……ちゃんと答えなさいよ……!?
まず、あの怪物たちは何者なの? あんたたちも、妄想から生まれたってどういう事よ!
なんで携帯に入ってるの? なんであたしたちは変身したの? 念写って何!?
あたしのチャリンコ智恵スペシャルが変形したのはなんで?
なんであの怪物たちは飛べるの? 町中で起きてた交通事故とあの怪物にはどんな関係があるの?
あんたホウキなのになんで飛べるの? 材質は?
なんであたしのだけ、ホウキなの!」
最後の一言はクレーム気味に、智恵は一気にまくしたてた。が、間髪入れずに。
「妄想界の暗黒面の力が増大してる。あいつらはそこから来た侵略者だ。まぁ先遣隊ってとこだな。
俺様たちは、妄想界におけるお前らの妄想領域が擬人化したもの。つまりお前らの妄想そのものってわけだ。
妄想界の暗黒面がこの現世界に侵攻を開始することを察知した俺様たちは、こっちに来る方法を考えて、この携帯電話? を使ってお前たちと連絡を取ることに成功したっつーわけだ。
タダの人間が妄想界の存在と戦っても勝負は見えてる。
だからお前らの妄想の力、つまり俺様たちを使って変身した訳だ。
念写ってのは、俺様たちの力をこの現世界に具現化する手段、ってことだ。
お前の作ったチャリは、どうやら俺様と波長が合うらしくてな、依り代として使わせてもらった。
材質や構造を把握すれば、それを変化させることは簡単だ。俺様は天才だからな。
あいつらが飛べるのは、「そういう設定」だからだろ。
見たところ、アラジンと孫悟空みてえだし、魔法の絨毯や觔斗雲で飛べるのは当たり前だわな。
あの怪物は、起きている人間を強制的に眠りに落として夢を食うことが出来るらしい。それで居眠り運転を起こし、交通事故を起こしてるってことだろうな。
俺様が飛べる理由? 魔法のホウキなんだから飛べて当たり前だろ。ってかお前が、飛べるホウキとして俺様を妄想したんだろうが!
材質は、ミスリルとかオリハルコン的な金属なんじゃねえの?
何でホーキか? こっちが聞きてえよ! って話だよ!」
ホウキからの完璧なカウンター。一度にたくさんの質問をぶつけ、一つでも回答漏れがあったら嫌味の一つも言ってやろうと思っていたのに、一度に完璧に返されたのである。
完全に智恵の負けだったが、それを認めるのはプライドが許すわけがない。
「あーもう!! いっぺんに答えないでよ!」
「うっせえ! なら聞くときに一個一個聞け!」
「妄想界だのなんだのって、非科学的な事ばっかり言って! 全然納得できないわよ!」
「異次元の世界が存在するって可能性は、お前の固ってー頭でも理解できんだろ?
妄想界ってのはその異次元世界の一つで、この次元と密接に影響し合ってる、って説明ならわかりまちゅかぁ?」
智恵は言葉に詰まった。ホウキには腹が立つ。偉そうに人をバカにする口調も気に入らない。
だが、異次元の存在という言葉は無視できない自分がいた。
現在起きている異次元世界からの侵攻という荒唐無稽な話を、信じ始めてもいた。
とは言え、納得いかないものは納得がいかない。
「……そこまでは、まぁ認めるとしても、よ?
あかりと美佳のパートナーは人間なのに、なんであんたはホウキなの? あんたは一体何者なのよ!」
直後にホウキのブチギレ声がわめいた。
「俺様をホーキとして妄想したのはお前だっつうの!
俺様は元々、究極の大魔法使いなんだ! なんかしらねーけど、呪いかなんかでホーキの姿に変えられてる。
変な設定を妄想すんな!」
「魔法!? はぁ?」
智恵はベッドから携帯を拾い上げ、画面のホウキをにらみつけた。
「妄想界だの異次元だのは認めるにしても、魔法なんて非科学的なもの、認めるわけないじゃない!」
「あァ!? あのなぁ!! 魔法ってのぁ、科学なんだよ!」
「ばっかじゃないの!? 魔法のどぉこが科学なのよ!
じゃあ、昼間あの怪物に飛びかかってすぐにやられてたのは何でよ? 魔法使えば勝てたんじゃないのー?」
煽るネタを見つけた智恵が思いっきり挑発すると、ホウキは完全にキレた。画面から飛び出てきそうな勢いだ。
「バカはおめーだ!
おめーの変な妄想で、ホウキに変えられた呪いのせいで、今は俺様の魔法は封じられてんだよ!」
「なーんだ、じゃあ役立たずじゃない。魔法なんてでたらめなんでしょ~。バカな嘘つくの、やめなさいよね」
「なんだと! そもそもお前が『♬~♪~♬……新着メールです……♬~♪~♬』ろーが!!」
激高するホウキの怒声がさらにヒートアップしたタイミングで、メールが届いた。
「あ、メール」
「あ、おい」
ピッ、と音を立てて、智恵は画面をメールに切り替えた。
「あかりからだ……。えっと、得意な武器? そんなものあるわけないじゃん!
ふうん……変身後でも、武器使わなきゃ戦えない……? うん、たしかに。
……よぉし、それならあたしが……!」




