シーン8 赤い回想
「あらあかりちゃん、もうお風呂済ませて来たの? えらいわねぇ」
母の声。今よりもまだずっと若い見た目の母がエプロン姿で微笑んでいた。
「うん! だってもうすぐマシュマロガイ雷牙はじまるもん!」
まだ六歳の頃のあかり。週に一度の楽しみの時間だ。
「マスクドガイ、でしょ?」
母がくすくすと笑いながら言った。
あかりがちゃんと言えるようになるのは、マスクドガイ雷牙最終回が放送される前日の夜まで待たねばならない。
「うん! マシュクロガイ! 正義の味方で、強くてかっこいいんだよー!」
目をキラキラ輝かせるあかり。
「そうねえ。あかりちゃんも雷牙みたいにみんなを守る優しい子になってね?」
パジャマ姿のあかりは、居間に入ってテレビを付けた。
「うんっ! あかり雷牙になる!」
そして居間から顔を出して母に言った。
「でも、雷牙は優しいより、強いんだよ? お母さん」
「そうね……。強くて、優しいのね」
あかりは顔中で笑って元気にうなずいた。
「うん! あかりもね、みんなを守る、強くて優しい人になる!」
それが、あかりの始まりだった。
「ねえみんな! マスクドガイ雷牙ごっこやらない?」
小学生になっても、あかりの放課後の遊びは変わらなかった。
だが三年生になる頃、その遊びにも変化が訪れていた。あかりにではない。その変化はあかりの周りに生じたのだ。
「えー? 雷牙ごっこ? どうせあかりが雷牙やるんだろ?」
「それにさ、雷牙って幼稚園児が見るやつだろ?
俺らもう、雷牙ごっことかガキみてーな事やんねーのー!」
「それよりさ、サッカーやんね?」
「うんうん! いこうぜ!」
男子達は、雷牙よりサッカーボールに楽しみを見出していたし、女子はなおさら雷牙に興味を持つはずもない。
「ねえ……」
「あ……あたし達も、雷牙ごっこは……。
ほら、女の子だし?」
「うん……ごめんね? あかりちゃん」
あかりはぽつんと一人、取り残された。
「みんな……」
中学生になった頃のあかりは、スポーツ万能な少女に成長していた。だがそれも、雷牙みたいに強くなりたい、という意識の表れだった。
スポーツ選手になりたいという気持ちはなく、みんなを守れる強くて優しい正義の味方になりたかったのだ。マスクドガイ雷牙のように。
だが、中学生にもなると、子供の悪事であっても、巧妙さや陰湿さは増してくるものだ。
「なぁ……お前さー、こないだ俺らが掃除サボったのチクッただろ」
「そーそー。ちょーうざいんすけどー?」
大柄な少年二人が、小柄な少年を壁に追い詰め、凄んでいた。
「し、知らないよ……。先生が急に見回りに来たから、ばれたんじゃ……」
追い詰められた少年はあたりを見回すが、人影はない。たとえ人影があったとしても、助けに来るとも思えなかった。
彼らの恨みを買うなんて愚か者のする事なのだ。
「あのさー。あいつが自分から見回りに来るかっての!」
「お前がチクったから見回りにきたんだろー?」
肩口を掴まれて壁に押し付けられた哀れな犠牲者は、弱々しく反論した。本当に身に覚えがないのだ。
「知らないってば……」
だが迫害者達にとって、事実がどうであるかなどに興味はなかった。
「ふーん、ま、いいや。とりあえず慰謝料? もらえりゃーなぁ」
迫害者が恐喝者に変わり、欲望をむき出しにしたその時。
「そこまでよ! いじめはあたしが許さない!」
通りかかったあかりの声が廊下に響いた。
振り向いた恐喝者達は鼻で笑って吐き捨てた。
「はん、あかりかよ。中学生になってもまぁだ正義の味方ごっこか?」
だがあかりは自分より遥かに大柄な二人に臆する事なく糾弾する。
「相手を不利な立場に追い込んで要求を飲ませる……。
本当の卑怯者ね! 卑怯な心は必ず! 滅びる運命にあるのよ!」
真剣そのもののあかり。だが二人の少年に、あかりの正義は届かない。
「ははは~、また雷牙かー? お前何歳だよ」
「バカは相手にしてらんねーよ。行こうぜ!」
気が削がれ、被害者を放り出して歩き去る二人。
被害者の少年は起き上がると、何も言わずに逃げ去っていった。
後に残されたあかりは肩を振るわせた。悔し涙が滲んだ。
「バカじゃないよ! 雷牙は正しい事を言ってる!
なのになんで……? なんで正しい事してるのにバカにされなきゃいけないの……?」
悔し涙の奥で、それでもまだあかりの心は負けていなかった。
「そうだ……! あたしが雷牙の真似をしてるからいけないんだ。
あたしが、雷牙そのものにならなきゃ……!」
そしてその日から、毎日続くあかりの特訓が始まった。
「ふっ! とぉっ!
特訓あるのみ……! あたしが雷牙になるには……。
身体を鍛えて……! 誰にも負けない……正義の力を……!」
記憶の中に蘇った誓い。
雷牙とジョーが対峙するあかりの妄想領域に、その誓いが響き渡った。
「誰にも負けない……正義の力を……!」




