シーン2 黄ずきん……?
塔の最上階の部屋は、塔の最上階の部屋には全く見えなかった。
もちろん美佳は塔の最上階の部屋など見た事がなかったから、そこが塔の最上階の部屋らしくない、と言う事に気付くはずもない。
とにかくその部屋は、窓もなく、採光のための天窓もなく、ただ真ん中にテーブル、そして壁を覆う楽譜棚だけが存在した。
そう言えば、この部屋には照明も採光もない。なのに電灯に照らされているように明るいのが不思議だった。思い返せば、この城の廊下も、螺旋階段も同様に照明なしで明るかったのだが、多分美佳は気付いていないだろう。
螺旋階段を登り切ってその部屋に着いた美佳は、誰もいないその部屋を見回してつぶやいた。
「やっとついたぁ~。時間、大丈夫かなぁ……?」
「大丈夫ですよ、僕を履いていればいくら走っても疲れませんから!」
美佳の足元から少年の声が答えた。彼は美佳が階段の途中で見つけた、喋る靴。履いているだけで足音を消し、履いている者の疲労を防ぐ効果のあるマジックアイテムだった。美佳は彼を履いて、螺旋階段を駆け上がってきたのである。
「うん、そうだね! 今も全然疲れてないもん!」
「はい、ではさっさと楽譜を探して、戻りましょう!」
「うん!」
美佳は部屋の中央に進み、周りを見回した。部屋の周囲を埋め尽くす楽譜棚。
美佳はすっかり忘れているようだったが、彼女より先に階段を駆け上がって行ったはずのモーツァルトの姿もなかった。
「うわぁ……楽譜がいっぱいある……!」
美佳は目をキラキラさせて楽譜棚を見回した。が、靴の方は少しげんなりした声を出した。
「これは……。探すの大変そうですねー」
その時、楽譜棚の影から、一人の老婆が美佳の前に現れた。
「お嬢さん……何をお探しかな……?」
明白な作り声で老婆が問いかける。美佳は老婆に笑顔を見せた。
「あ! もしかして、おばあさんはこの部屋の主ですか?」
この部屋の主なら、楽譜のありかもすぐにわかるだろう。美佳はようやく肩の荷が降りた気持ちだった。
「あぁ~そうだよ。お探しの楽譜があればすぐ見つけてあげるよ。
その前に…」
老婆は少し勿体ぶって言葉を止めた。
美佳は息を呑んだ。だがそれは恐怖や緊張ではなく、どんな楽しい事が起きるのだろうという期待だ。
「その前に……?」
美佳が問い返すと、老婆は突然腰を伸ばし、朗々とした声でタイトルコールした。
「クイズ! おばあさんに聞きました~~!」
突然のクイズコーナーに、美佳はたじろいだ。クイズはあまり得意ではないのだ。
「クイズ、ですか? あぁ、智恵ちゃんがいてくれたら……!」
せめてジャンルが芸術関係なら良いのに、と願いながら、美佳はピンと腰を伸ばした老婆を見つめた。
「それでは第一問!」
「は……はいっ!」
「おばあさんこと私の耳は、何故こんなに大きいのでしょう!」
第一問は、どこかで聞いたことのある質問だった。だがクイズとして聞いた事はない。
「え……? 普通の大きさに見えますけど……」
確かに老婆の耳は平均的な人間の耳の大きさだ。
老婆は身体を折り曲げて首を振りながら、額に手を当てた。
「ざんね~ん!
正解は『お前の声が良く聞こえるように!』でした!
本当は、神の音楽を聴くためなんですけどね!
それでは第二問!」
「今度こそ!」
美佳は気合を入れて、テーブルに手をつく。本気で当てに行こうと、問題を聞き逃すまいと、美佳は老婆の顔を見つめた。
「おばあさんこと私の目は、何故こんなに大きいのでしょう!」
「うーん、目もそこまで大きくはないような……」
もちろん老婆の目は普通の大きさだ。
老婆は先ほどと全く同じポーズをとって、わざとらしい声を出した。
「ざんね~ん! 正解は『お前の顔を良く見るため!』でした!
本当は、オーケストラの端っこの奴がサボらないように見張るためなんですけどね!」
「また答えられなかった……くやしい……!」
「美佳さん、しっかり!」
悔しがる美佳をすかさず応援する靴。
「ありがとう、靴くん! がんばるね!」
「それでは、最終問題!
……スーパーコズミックギャラクシーチャンス、使いますか?」
老婆は美佳の顔を覗き込んで謎の提案をした。もちろん美佳には全く意味が分からない。
「スーパーコミックギャラン……?」
「スーパーコズミックギャラクシーチャンスを使って正解すると、なんと一万ポイント!
そして今までの不正解も正解にひっくり返る、夢のビッグチャンスです!
……スーパーコズミックギャラクシーチャンス、使いますか?」
「つ、使います!」
もちろん美佳に否やはない。
老婆は美佳の答えを聞くやいなやまっすぐに立って両手を広げ、大声でコールした。
「はい! では、スーパーコズミーーーーック! ギャラクシーチャーーーーンス!
……問題ですっ!」
「……はいっ!!」
美佳の表情に緊張が走る。
「おばあさんこと、私の口は……」
「お前を食べるためだよーーーー!!」
美佳が急いで答えた。が、老婆はそのまま問題を読む。
「……何故大きいかと言えば『お前を食べるため』ですが……」
「はっ、危ない、問題の途中で答えちゃうところだった!」
完全に答えてしまっていた美佳がほっと一息ついた。自分で回答したのを覚えていないのか。
だが、問題はまだ続いている。美佳は表情を引き締めた。
「本当は……」
「パンのかわりにお菓子をいっぱい食べるため!!」
今度こそ、とばかりに美佳が答える。が、老婆はまだ問題を読み続けていた。
「パンのかわりにお菓子をいっぱい食べるため、ですが……」
「あ~、危なかった……。また問題の途中で……」
「さて、私は一体誰でしょう!」
ホッとしかけた美佳の隙をつくように、老婆はビシッと問題を読み切った。
「え? おばあさん?」
反射的に美佳が答えると、老婆は身体を折り曲げて、首を振った。
「ざんね~~……」
「の、フリをしたモーツァルトさん!」
その答えを聞いた瞬間、老婆は上に羽織っていた服とカツラを放り投げた。
正体を現したのは、モーツァルトだった。当たり前だが。
「正解!!!」
「やったぁ!」
飛び跳ねて喜ぶ美佳。モーツァルトは紙吹雪を美佳に投げかけて祝福する。
「おめでとうございます!
いやーとうとう『クイズ! おばあさんに聞きました』初の全問正解者が出ました!
祝福の紙吹雪舞う中、『クイズ! おばあさんに聞きました!』また来週!」
「さようなら~!」
モーツァルトに並んで美佳も笑顔で手を振った。もちろん観客もいないしカメラもないのだが。
恐る恐る、靴が美佳に声をかけた。
「……あのー、そろそろ楽譜取って戻った方が……」
「あああ! そうだった!
どうしよう、もう間に合わないかも……!」
ようやくここに来た理由を思い出して、今更焦り出す美佳。
モーツァルトは能天気に笑った。
「あはははははー! 急がないとね!
よーし、僕も追いかけよう!」
そう言って螺旋階段を駆け降りて行った。
とは言え美佳はすぐ追いかけるわけにはいかない。
「あ、また先行っちゃった……。
でも私は楽譜、探さなきゃ……」
「これですか?」
すかさず靴の声。
靴の目の前に、一綴の楽譜が落ちていた。
拾い上げて見てみると、まさに探していた曲の譜面だ。
「あ、うん! どうやって探したの?」
靴はずっと美佳が履いていたから、独自に探すなんてできないはずだった。
ならば彼はどうやって目的の楽譜を探し得たのか。
「え、目の前に落ちてたんで……」
偶然の産物か。
だが美佳は大喜びだった。これで舞踏会に行けるのだ。
「靴くん! ありがとう!
じゃああとは、急いで舞踏会に行かないと……!」




