第7章「思惑:絶対のルールと盤上の生贄」
張り詰めた糸のような沈黙の中、無意味な中張牌(2〜8の数牌)だけが次々と河に並べられていく。
膠着状態の卓上で、四人の女たちは皆、同じようにゲーム開始直前に告げられた『ルール』を頭の中で反芻していた。
『流局(引き分け)となった場合、全員を敗者とみなす』 そして、最も重要な契約条件。 『――勝った者が『全て』の望みを叶え、敗者は永遠に地獄を這いずる』
この言葉を、四人はそれぞれの解釈で受け取っていた。
アヤは「借金の帳消し」を。
ルリは「政略結婚の白紙撤回」を。
シオリは「理事長親子の追放」を。
マナは「メジャーデビューと映画主演」を。
主催者である男たちは、彼女たちをこの卓に座らせるため、それぞれが一番欲している個別の「餌」を提示していた。だから四人は皆、「自分がアガれば、約束された自分の願いが叶う」と思い込んでいたのだ。
だが、誓約書に記された正式なルールは、ただ一言**『勝った者が全ての望みを叶える』**という、上限のない白紙小切手のような絶対ルールだった。
なぜ、権力者たちはこれほどまでにリスクの大きい、無制限のルールを許容したのか。 答えは簡単だ。彼らは**「絶対に誰も勝てない」と確信していたから**である。
配牌の時点で、四人全員が「国士無双13面待ち」のテンパイ。 麻雀のシステム上、この時点で山の中にはアガリ牌である么九牌(一九字牌)は1枚も残っていない。自力でツモってアガることは、物理的に100%不可能なのだ。
残されたアガリの手段はただ一つ。「誰かが手牌から么九牌を捨てること」のみ。 しかし、それを捨てた瞬間、待っているのは他三人からの『トリプルロン(三家和)』だ。 捨てた者は、ダブル役満3回分というとてつもない失点をたった一人で被り、再起不能の致死量を支払うことになる。
男たちは、人間の「身勝手さ」と「恐怖」を完璧に計算していた。 (誰もが自分が助かりたい。自分が勝って地獄から抜け出したい。だからこそ、自分が確実に死ぬと分かっている牌を、自ら進んで捨てるバカなどこの世に存在しない)と。
誰も当たり牌を出せないまま、ただ無意味な中張牌(2〜8の数牌)を引き、捨てるだけの不毛な時間が過ぎていく。 やがて山が尽き、無情にも「流局」が宣告される。 全員が敗者となり、絶望に泣き叫びながら、再び自分たちの慰みモノとして地下へ引きずり戻されていく。 それこそが、男たちが思い描いた極上のエンディングだった。
「勝者が全ての望みを叶える」という絶対のルールは、決して勝者の出ないこの箱庭において、敗者の絶望をより深くするための『最高に悪趣味なジョーク』でしかなかったのだ。
――だが、権力者たちのその傲慢な「思惑」は、たった一人の女の存在によって、根底から崩れ去ろうとしていた。
12巡目。 東家(起家)であるシオリは、自分の手牌と、三人の河を見つめながら、静かに思考を巡らせていた。
(アヤさん、ルリさん、マナさん……) シオリは、対面と左右に座る三人の顔を見た。 怯え、絶望し、それでも「生きたい」と願う、傷だらけの目。彼女たちは皆、自分と同じように上の部屋にいる男たちの理不尽な暴力に踏みにじられた被害者だ。
(このまま流局すれば、私たちは全員敗者になる。……でも、もし私がここでこの『白』を捨てたら?)
シオリの脳内で、先ほどから皆が反芻しているあの言葉がリフレインする。
――『勝った者が全ての望みを叶える』。
(そうか。あの男たちは、人間が極限状態で『自己犠牲』を選ぶ可能性を、完全に除外しているんだ)
教師として、生徒たちに教えてきたことがある。 ルールというものは、人を縛る鎖にもなるが、正しく使えば人を守る盾にも、悪を討つ剣にもなるのだと。
「勝った者が全ての望みを叶える」。
もしこの言葉が絶対の契約であるならば、それは主催者側にとっての致命的なバグ(抜け穴)になり得る。
(私が親の席で放銃すれば、あの子たち三人は『同点のトップ』になる。勝者となった三人が、あのルールを盾にして『望み』を突きつければ……!)
シオリは小さく息を吸い込んだ。 自分がここで当たり牌を打ち出せば、間違いなく親被りを含めた天文学的な負債を一人で背負うことになる。自分がどうなるかは分からない。最悪の地獄が待っているだろう。 だが、あの学園で、いじめに苦しむ生徒たちを見殺しにしてしまった後悔に比べれば、こんな痛みは取るに足らなかった。
(大人が作った理不尽なルールは、大人が責任を持って壊してあげるわ)
シオリの瞳から、恐怖も、迷いも消え去った。 残ったのは、残忍な権力者たちに対する冷酷なまでの怒りと、目の前で怯える三人の少女たちを絶対に守り抜くという、教育者としての起家(親)の覚悟だけだった。
山が残り少なくなる中、シオリの白魚のような指が、自らの手牌の端にある純白の牌に、静かに触れた。




