第6章「裏側:悪趣味な観劇者たち」
コンクリートむき出しの地下室からエレベーターで五階層上がった先にある、最上階のVIPルーム。 そこは、下の階の冷え切った空気とは無縁の、豪奢で退廃的な空間だった。 床には毛足の長いペルシャ絨毯が敷き詰められ、キューバ産の最高級葉巻の煙と、一本数十万円は下らないヴィンテージワインの芳醇な香りが入り混じっている。
部屋の壁一面を占める巨大なマルチモニターには、地下室で麻雀卓を囲む四人の女たちの顔が、様々なアングルから鮮明に映し出されていた。
「ひははは! 見ろよ、あの生意気な教師の顔! どうやら自分の置かれた状況に気づいたらしいぞ」
本革のソファに深く腰掛け、ワイングラスを揺らしながら嘲笑したのは、シオリをこの場に送り込んだ名門女子校の理事長だった。普段の教育者としての威厳ある仮面は完全に剥がれ落ち、下劣な本性が顔に張り付いている。
「いやぁ、最高ですね。特注でプログラムを組ませた『イカサマ全自動卓』、数千万かかりましたが、この絶望の顔を見られるなら安いもんです」
そう言って下卑た笑いを漏らしたのは、マナを騙した悪徳芸能プロダクションの社長だ。 今回のデスゲームは、彼らがこの日のために用意した極上の見世物だった。全自動麻雀卓の内部プログラムをハッキングし、配牌の時点で四人全員に『国士無双13面待ち』が配られるよう、あらかじめ牌の並びが完全に操作されていたのだ。
「配牌の時点で、52枚の么九牌はすべて手牌の中。山には中張牌しか残っていない。絶対にアガれないし、一枚でも手牌を崩せば他の三人からトリプルロンで喰い殺される……。まさに完璧な『毒の箱庭』だな」
アヤを借金漬けにしている事務所のオーナーが、葉巻の煙をゆっくりと吐き出しながら同意した。
「さて、誰が最初に狂うかな。俺はあの元アイドルか、アヤが耐えきれずに発狂して手牌を崩す方に賭けるぜ。もし誰かが当たり牌を打ち出せば、トリプルロンで放銃した女は莫大な点数を一人で被る。一生かけてもしゃぶり尽くせる特大の負債だ」
「……おい、待てよ」
ふと、芸能プロダクションの社長が、グラスのワインを揺らしながら疑問を口にした。
「トリプルロンになったら、残りの三人が同点でトップになるってことだろ? もしあの女たちの誰かが、自暴自棄になってわざと当たり牌を打ち出したらどうなる? トップになった三人は『すべての望み』を叶える権利を得ちまう。俺たちにとって致命的なダメージになるんじゃないか?」
その言葉に、ルリの『夫』である51歳の投資家が、鼻で冷たく嗤った。
「あり得ませんね」
「ほう?」
「人間の本質は『極限の自己愛』です。自分が確実に地獄へ落ちると分かっていて、見ず知らずの他人のために泥を被るような聖人など、この世に存在しません。誰もが自分が助かりたい、自分だけは無傷でいたいと願っている。だからこそ、自分が死ぬと分かっている牌など絶対に切れないのです」
「……違いねえ」
アヤのオーナーが下品に笑い声を上げた。
「結局、人間なんて自分が一番大事なんだよ。あの教師だってそうだろ? 偉そうなこと言ってても、いざ自分の身が危なくなったら貝みたいに黙り込んでやがる」
「ええ。ですから私は、流局(引き分け)に賭けましょう」
投資家はモニターに映るルリの青ざめた顔を、蛇が獲物を狙うようなねっとりとした目で見つめていた。
「誰も他人のために身を切ることができず、疑心暗鬼のまま全員が敗者となってゲームセット。希望を与えられた直後に、再び泥沼へ突き落とされる……その瞬間のルリの顔が楽しみで仕方ない。式場のバルコニーから飛び降りようとしたあの生意気な小娘も、今夜からは地下室のベッドで大人しく私の調教を受けることになるでしょう」
初老の男の歪んだ欲望に、他の三人も同調するように笑い声を上げた。
彼らにとって、女たちは人間ではなかった。 金、権力、暴力。自分たちが持つ絶対的な力を見せつけ、弱者が希望を持ってもがき、最後には絶望に染まって折れる様を鑑賞するための『おもちゃ』でしかなかった。
「あの女の『誰かを救いたい』という青臭い正義感には反吐が出る。学校でいじめられている生徒を助けようとした結果がこれだ。結局、大人のルールに従えない無能は、こうして社会の底辺で潰される運命にあるのだよ」
理事長が、画面の中のシオリの静かな動きを見て嘲笑う。
「まあ見ていましょう。もうすぐ海底……山が尽きます。彼女たちの残酷なショーもいよいよフィナーレだ」
投資家の男が立ち上がり、グラスを高く掲げた。 それに合わせて、他の三人も面白半分にグラスを合わせる。
「「「美しい絶望と、我らの絶対的な勝利に乾杯!」」」
カチン、とクリスタルガラスの澄んだ音がVIPルームに響き渡る。
モニターの中では、いよいよゲームが最終局面に差し掛かっていた。 東家であるシオリの手が、ゆっくりと山へ伸びる。
権力者たちは誰も疑っていなかった。 自分たちが作った盤石なルールの中で、虫ケラたちが反逆の牙を剥くことなどあり得ないと。
「さあ、見せてみろ。お前たちの惨めな結末を」
男たちは極上の笑みを浮かべ、モニターの向こうの処刑台へ、食い入るように身を乗り出した。




