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第4章「マナ:虚飾の夢と、背水の陣」

テレビの中で歌って踊るアイドルは、いつもキラキラと笑っていた。 だからマナも、東京に行けばあんな風に輝けるのだと本気で信じていた。自分の若さと笑顔だけを武器に、何者かになれるのだと。


「絶対にテレビに出て、お父さんとお母さんを安心させるから!」


1年前、田舎の小さな無人駅。反対する両親の声を背中で振り切り、マナは逃げるように上京行きの電車に乗った。見送りに来てくれた地元の友人たちには、「大きな事務所にスカウトされた」と誇らしげに語っていた。


だが、東京という街は、無知な少女の純粋な夢を喰い物にする巨大な怪物だった。


マナが所属した「芸能プロダクション」は、看板だけの悪徳事務所だった。 ボイストレーニングもダンスレッスンも一切ない。与えられる仕事といえば、薄暗い雑居ビルでの露出の激しい水着撮影会か、社長が連れてくる初老の「スポンサー」たちとの飲み会だけだった。


『これも顔を売るための大事な営業だ。期待してるぞ、マナ』


社長の甘言に乗せられ、安い居酒屋でお酌をし、太ももを撫で回される日々。マナは愛想笑いを浮かべながら、心が少しずつすり減っていくのを感じていた。


そして決定的な出来事が起きた。ある夜、接待の席で泥酔したスポンサーから、ホテルへ行くよう強要されたのだ。 恐怖で泣きながら逃げ帰った翌日、事務所の社長は人が変わったようにマナを怒鳴りつけた。


「お前、自分の立場わかってんのか! あのお方がどれだけ金を出してくれてると思ってんだ! 機嫌を損ねた違約金、どうやって払うつもりだ!」


突きつけられたのは、到底支払えるはずもない額の「損害賠償請求書」。 マナはアパートを追い出され、キャリーケース一つで東京の冷たいアスファルトに放り出された。 スマホの連絡帳を開いても、頼れる人間は誰もいない。親には「絶対に成功するまで帰らない」と大見得を切ってしまった。今の惨めな自分を見せるくらいなら、死んだほうがマシだった。


「……もう、どうしたらいいの……」


深夜の高架下。マナはボロボロになったピンク色のフリルドレスの裾を握りしめ、冷たいコンクリートにうずくまって泣き崩れた。キラキラ輝いていたはずのハート型のネイルは、いくつか剥がれ落ちて無惨な姿になっていた。 いよいよホームレスになるしかない。そう絶望の底に沈んでいたマナの前に、一台の黒い高級車が停まった。


降りてきたのは、マナを地獄に突き落とした事務所の社長だった。


「こんなところで野宿か? 哀れだな、マナ」


社長は冷たい目で見下ろしながら、タバコに火をつけた。


「だが、お前は運がいい。俺の太客が『面白い余興』を求めててな。今夜、特別な麻雀の卓が立つ。そこでお前が勝てば……違約金はチャラ。さらに、メジャーレーベルからの歌手デビューと、超有名監督の映画主演を確約してやる」


マナは弾かれたように顔を上げた。 メジャーデビュー。映画主演。それは、マナが夢見ていた輝かしい未来そのものだった。


「……負けたら、どうなるんですか?」


震える声で尋ねると、社長はニヤリと笑ってマナの顎を靴の爪先で持ち上げた。


「俺の知り合いの、海外の『特別な撮影所』に送る。まあ、生きて日本の土は踏めないだろうな」


選択肢などなかった。 ここで断れば、ただ東京の闇に飲まれて消えるだけ。ならば、悪魔との契約に縋ってでも、マナは「本物のアイドル」になりたかった。


――そして現在。 地下深くの無機質なコンクリートの部屋。 マナは「北家」の席に座り、ガタガタと震える手を必死に押さえつけていた。 正面に座るドレスの女性も、右隣の凛とした女性も、左隣の古風な服を着た、どこか虚ろな目の少女も、皆どこか普通ではない空気を纏っている。全員が、人生の崖っぷちに立たされているのだと肌で感じた。


(怖い……。でも、勝つしかない。勝って、お父さんとお母さんに私のステージを見せるんだ……!)


祈るような気持ちで、マナは配牌を理牌リーパイした。 麻雀は、上京する前に地元のゲームセンターで少し遊んだことがある程度だ。役の作り方も怪しい。 だが、そんな初心者であるマナの目にも、自分の手牌が「異常な状態」であることは一瞬で理解できた。


萬子、筒子、索子の1と9、そして東、南、西、北、白、發、中。 端っこの牌と字牌が、一枚ずつ綺麗に並んでいる。足りないものは何一つない。 ただ一枚、どれでもいいから同じ牌を引くだけで完成する、最強の役満。


『国士無双13面待ち』。


(嘘……私、勝てる……! デビューできる!!)


絶望の淵に立たされた少女の手に舞い降りた、奇跡の配牌。 マナは、それが自分たちを嘲笑うために用意された「呪いの手牌」だとは夢にも思わず、ただ希望の光を見つめ、ごくりと唾を飲み込んだ。


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