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第10章「反故:暴かれた大人の本性」

「……く、ふふ。あっははははは!」


VIPルームを支配していた阿鼻叫喚のパニックを切り裂いたのは、腹の底から湧き上がるような、低く不気味な笑い声だった。 頭を抱えていた芸能プロダクションの社長も、顔面蒼白になっていた理事長も、ピタリと動きを止めて声の主を振り返る。


笑っていたのは、ルリの政略結婚の相手である51歳の投資家だった。 彼は先ほどまでの激昂が嘘のように、冷ややかで残酷な光を瞳に宿し、ソファに深く座り直した。


「何をそんなに慌てているのですか、あなた方は」


投資家は、テーブルに置かれた最高級のシガーカッターを弄りながら、モニターの中の少女たちを虫ケラのように見下ろした。


「彼女たちの言う通り、確かに我々は『ルール』を設定した。そして彼女たちはゲームに勝った。それは事実だ」


「だったら! 俺たちの財産が……っ!」


「馬鹿を言いなさい」


投資家の氷のような一瞥に、事務所のオーナーが息を呑む。


「ここは地図にも載っていない、私の所有する地下施設ですよ? 彼女たちがいくら声高に『ルールだ』『契約だ』と叫んだところで、それを執行する警察も、裁判官も、ここには存在しない。……我々が首を縦に振らなければ、ただの小娘たちの寝言に過ぎないのですよ」


その言葉に、他の三人の男たちの顔に、さあっと醜悪な安堵の色が広がっていった。 そうだ。ここは自分たちのテリトリーだ。 ルールは自分たちが作った。ならば、自分たちの都合で破り捨てればいいだけの話ではないか。


「ひ、ひははは……! 違いねえ。あいつらは、俺たちが生殺与奪を握ってる『家畜』だった!」


「録音データなど消せばいい。約束など、最初から無かったことにすればいいのだ」


男たちは再び醜い権力者の顔を取り戻し、邪悪に笑みを浮かべた。 どんなに素晴らしい知略も、奇跡の役満も、圧倒的な『暴力』の前には無意味だということを、あの生意気な女たちに教えてやらなければならない。


投資家が、ゆっくりとマイクのスイッチを入れた。


『――素晴らしいチームワークだったよ、諸君』


地下室のコンクリートに、再び男の声が響き渡った。 抱き合って喜んでいた四人の女たちの動きが止まる。その声には、敗北感など微塵も含まれていなかったからだ。


『だがね、一つ根本的な勘違いをしているようだ。契約というものは、対等な人間の間でしか結ばれない。お前たちのような『所有物』の望みを、我々が真面目に聞いてやるとでも思ったのかね?』


アヤの顔から血の気が引いた。


「……あんた、ルールを破る気!?」


カメラを睨みつけるアヤの声が震える。


『ルール? そんなものは、我々が楽しむためのスパイスに過ぎない』 スピーカー越しの声は、どこまでも冷酷だった。 『ゲームは終わりだ。お前たちは知りすぎたし、反抗的すぎた。……処理しろ』


その言葉が響いた瞬間。 地下室の重厚な鉄の扉から、鈍い電子音が鳴った。


『ガチャン!!』


分厚い扉が外側から乱暴に開け放たれ、黒いスーツを着た大柄な男たちが五、六人、なだれ込んできた。その手には、鈍く光るスタンガンと、拘束用の太い結束バンドが握られている。


「きゃあっ!?」


マナが悲鳴を上げ、ルリが恐怖で顔を覆う。


「嘘でしょ……あんたたち、それでも人間なのっ!?」


アヤが近くにあったパイプ椅子を掴み上げて男たちを威嚇するが、黒服たちは全く動じることなく、無言で包囲網を狭めてくる。


絶対的な『暴力』という名の現実が、四人を飲み込もうとしていた。 盤上の奇跡など、社会の裏側に巣食う悪意の前では、ただの紙切れ同然だったのだ。


「アヤさん、下がって!!」


シオリが前に躍り出た。 華奢な体で、アヤと、その後ろで震えるルリとマナを庇うように両手を広げる。


「先生……っ!」

「いいから、私の後ろに!」


シオリの目には、死への恐怖があった。しかし、それ以上に、自分を信じて背中を預けてくれた三人の少女たちを守れなかったことへの、血を吐くような悔しさが滲んでいた。 どれだけ正しくても、どれだけ勇気を振り絞っても、この世界は大人の理不尽な力で簡単にねじ伏せられてしまうのか。


「あの生意気な教師の腕をへし折れ。他の三人は薬で眠らせて、地下の監禁室へ運べ」


スピーカーから、投資家の無慈悲な命令が下される。 黒服の一人が、バチバチと紫色の火花を散らすスタンガンを構え、シオリの細い肩へと手を伸ばした。


シオリはギュッと目を閉じ、襲い来る痛みに耐える覚悟を決めた。 ルリとマナが悲鳴を上げ、アヤが「やめろぉっ!!」と絶叫する。


権力者たちの醜いエゴが、四人の純白の希望を完全に黒く塗り潰したのだった。


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