第8話 愛が詰まってるから美味しい
翌朝。
私はエアビークルに乗り込んだ。
目的地は、街の市場。
服装は控えめ。
でも、バレるだろう。
伯爵夫人であることは隠せない。
隠すつもりもない。
正直に話そう。
約三十分後、街が見えてきた。
◇◇◇
市場は朝から賑わっていた。
私はエアビークルを降りて、市場へ向かった。
途端に視線が集まる。
周囲がざわつく。
「伯爵夫人様だ」
「何の用だ?」
不安そうな顔。
警戒の視線。
でも、引き返せない。
私は目的の果物屋へ向かった。
「あの、すみません」
果物を並べている、中年の男性に声をかけた。
私は店先に並ぶ赤い果実を指差した。
あの時、命がけで持ち帰った果実だ。
主人が警戒した目で私を見る。
「……なんだい?伯爵夫人様」
「この赤い果実について、お聞きしたいんです」
「これが?」
主人が眉をひそめた。
「なんでまた?」
「実は、この果実を使った香水の製造を考えていまして――」
「はいはい、専売ね」
主人が冷たく言った。
「また貴族様が独占ですか。聞き飽きた」
「いえ、違うんです!」
私は慌てて否定する。
「独占なんてしません。皆さんに任せたいんです」
「そう言って、結局規制するんだろ」
「本当に違うんです!」
必死に説明する。
でも主人は信じてくれない。
「どのくらい生産できるんですか?」
「知らねぇな」
「本当ですか?」
「知らねぇって言ってるだろ」
完全に壁。
何を聞いても答えてくれない。
(……ダメだ)
諦めざるを得ない。
「あぁ、わかりました。今日は帰ります」
私はため息をついた。
「でも、1個その果実ください」
「あん?」
「燃料代がもったいないので、あの美味しいフルーツ食べたいです」
主人が呆れた顔をした。
「燃料代ってなぁ。伯爵夫人のくせにケチ臭いな」
(まぁ、事実だし)
「これ何て名前なんですか?」
私は赤い果実を見つめた。
「それすらも知らねーのかよ。さっさと帰れ!」
その時――。
バシン!
主人の頭に拳骨が飛んだ。
「いてっ!」
「馬鹿いってんじゃないよ!」
女性の声、振り向くとエプロン姿の中年女性が立っていた。
主人の奥さんだろうか。
「貴族様も領主様も関係ないんだよ。ここに来たらお客様だ!」
女将さんが主人を睨んでから、私に向き直った。
「お嬢さん、これはね、ミャルティカっていうんだよ」
女将さんが一つ果実を取って、私に差し出した。
「食べていきな」
「ありがとうございます!」
私はミャルティカを受け取った。
鮮やかな赤色。
甘い香り。
堅い皮を剥いて一口、齧る。
「んーん!?」
(……え?)
「んんんんんん!!おいしぃ!!!!」
口の中が幸せでいっぱいになる。
思わず頬がゆるんで、笑ってしまった。
本当に美味しい。
パイナップルとライチを足したような、爽やかな甘味。
でも、それだけじゃない。
深みがある。
複雑な味わい。
あの時、熱帯雨林で食べたものとは、全然違う。
女将さんが笑った。
「おいしいだろ?」
「えぇ!美味しすぎます!」
私は夢中で食べ続けた。
「あれ?!私が食べたのと全然違う!」
「え?」
「リュベール密林で採ったやつ、もっと酸っぱくて……なにこれ!?
美味しい美味しい!」
貴族の体裁も何もない。
ただ、美味しくて。
夢中で食べた。
主人が少し驚いた顔をしている。
「なんだ、食べた事はあったのか?」
「はい、あります!」
私は頷いた。
「リュベール密林まで行って取って来たんです!
どうしても食べたくて!死にかけましたー、あははは!」
「……は?」
主人と女将さんが、固まった。
「おいおい、あんなところ入ってよく生きてられたな」
「いや、ホント奇跡的に助かったんですよ!」
私は笑った。
「それでやっと手に入れたんです。ミャルティカ!」
もう一口、齧る。
「でもなんでですか?
せっかく苦労して密林で採ってきて、
100%天然ものよりもこっちのが美味しい!なんで?!」
主人が少し笑った。
「分かってないなぁ。逆だよ」
「え?」
「普通は天然物より、改良して栽培した物の方が美味いに決まってる」
「あー!」
ハッとした。
「そういうことか!」
そうだ。
これはただの果実じゃない。
長年の改良。
技術の結晶。
愛情の賜物。
「これ……おじさんの愛が詰まってるから美味しいんですね!」
主人が照れたように笑った。
「あ、あぁーそうともよ!」
女将さんがお茶を出してくれた。
「お嬢さん、座りな」
「ありがとうございます」
私は店の奥の椅子に座った。
主人もさっきより柔らかい表情。
「なんかお嬢さんは伯爵夫人って感じがしないなぁ」
主人が笑った。
「そこらの平民並な貧乏貴族みたいだ」
「ドキリっ!」
図星すぎる。
「なんでぃ図星か。玉の輿か?」
「なんでわかるんですか?」
「そりゃあ、見りゃわかるさ」
主人が笑った。
「伯爵夫人なのに、燃料代がもったいないとか言うしな」
「あははは……」
恥ずかしい。
でも、嫌な感じじゃない。
女将さんも笑っている。
「でもね、お嬢さん。それがいいんだよ」
「え?」
「貴族様って、みんな高飛車でね。平民を見下すんだ」
女将さんが少し寂しそうに言った。
「でも、お嬢さんは違う。ちゃんと人として接してくれる」
「そんな……当たり前のことです」
「当たり前じゃないんだよ、この世界じゃ」
主人が真剣な顔で言った。
「それで本当はなんの用だい?」
主人が聞いた。
私はミャルティカを見つめた。
香水のことはもう頭になかった。
ただ、この美味しさを。
この素晴らしさを。
全宇宙に届けたい。
「お願いします」
私は立ち上がった。
「このミャルティカをもっと作ってください!」
「もっと?」
「はい!こんなに美味しいのにもったいないです!」
力強く言った。
「この美味しさを、全宇宙に届けたいんです!」
「でもな、お嬢さん」
主人が困った顔をした。
「資金がねぇんだ。畑を広げるにも、設備を整えるにも金がかかる」
「必要ならば伯爵家が投資します!」
「……本当か?」
「はい!」
私は真剣に頷いた。
「専売とかそういうのは絶対にしません!」
「じゃあ、なんで投資を?」
主人が疑わしげに見る。
「公的投資です」
私は言葉を選びながら話した。
「もちろん、投資に見合う配当、それに既定の税はいただきます。
でも、それは今までと同じです」
「……」
「増産した分、この星が豊かになります。
皆さんが豊かになれば、星全体が発展します」
主人と女将さんが、じっと私を見ている。
「そうすれば、間接的に伯爵家にも配当と税収が入ります。
でも、それは結果であって目的じゃないんです」
「じゃあ、目的は?」
「この星の繁栄です。
この果実を愛してくれてる人と、一緒に豊かになりたいんです」
私はまっすぐに主人を見つめた。
「私やヴァル伯爵が本当に欲しいのは、
ニャグネムIIIが豊かになることなんです。
ミャルティカを銀河中に広めて、
この星の特産品にしたいんです」
「……そうか」
主人がゆっくりと頷いた。
「いいだろう。やってみるか」
「本当ですか!?」
「ああ、お嬢さんの熱意が伝わった」
主人が笑った。
「騙されたと思って、やってみるさ」
そして優しく微笑む。
「よし、じゃあ増産だ!」
主人が拳を握った。
「どのくらい作れますか?」
「そうだなぁ……倍は行けるかな。いや、投資してもらえるなら、三倍も夢じゃない」
「本当ですか!?」
「ああ、でも――」
主人の表情が曇った。
「こいつは足が速いんだ」
「足が速い?」
「鮮度が落ちるのが早いってことさ」
主人が悔しそうに言った。
「だから、あんまり作りすぎると売り切れずに腐らせちゃうんだ。
せっかく作っても、捨てるのは辛いからな」
(……!)
猫耳がピキーン!と立った。
「あ!」
「どうした?」
「香水です!」
私は小瓶を取り出した。
(美味しくて忘れてたわ!)
「これ、見てください!」
アロマティーク・ニャルディアの香水。
「香水かい?」
「はい!これは帝都で流行ってる、熱帯フルーツの香水です」
女将さんが匂いを嗅ぐ。
「ふむ……」
「気付きませんか?
ミャルティカの方が、絶対いい香りになります!」
「確かに……」
女将さんが、ニヤリと笑った。
「うちの方がいい香りがだせそうだね」
「そうなんです!」
私は興奮で声が大きくなった。
「食用として出荷できる最大量は、もちろん出荷します。
でも、供給過多で腐らせてしまう分――それを香水にするんです!」
主人と女将さんが、顔を見合わせた。
「そうすれば……」
「作れば作るほど、儲かる!」
私は力強く言った。
「食用でも売れる。香水でも売れる。
どっちも、ニャグネムIIIの特産品になるんです!」
私は勢いで畳みかけた。
「それにです!私には総合商社に勤める平民の親友がいます。
彼女に協力を仰げば、流行を作ることもできます。」
「え?どういうことだい?」
「最初は儲けなくていいんです!」
「は?」
「まず帝都の女の子に使わせます。
貴族令嬢にも、商家の娘にも、劇場の女優にも。
みんなが“これ何の香り?”って聞くようにするんです」
「そいつは……宣伝か」
「そうです! 香水で名前を売って、果実で胃袋を掴みます!」
「悪くねぇな」
その一言を聞いて、私は前のめりになってさらに詰め寄る。
「具体的には最初に作った香水を帝都にただ同然でばらまくんです」
自然と声に力が籠もる。
「この品質です。人の目に触れれば必ず気に入られます。
そうしたら食用、香水ともにミャルティカが帝都でブームになります」
「ブームを作る……?!」
「帝都で売れれば、いずれ帝国全体のブームになります。
売れに売れて、品薄になるでしょう。
最初から全力で作れるだけ作ってください!
もちろんばらまく分は伯爵家が費用負担します」
「……面白い」
主人が笑った。
「面白いじゃねぇか、お嬢さん」
「やるかい?」
女将さんが笑顔で聞いた。
「やります!」
私は力強く頷いた。
「一緒にやりましょう!」
「おう!」
主人が手を差し出した。
私も手を伸ばす。
握手。
初めて、対等に。
初めて、協力者として。
その後、主人から色々な話を聞いた。
ミャルティカの栽培方法。
収穫量。
流通ルート。
父が知らなかった情報が、次々と明らかになる。
メモを取る手が震えた。
(これだ――
これが、私の武器)
父が知らない情報。
平民しか知らない情報。
それを私が見つけた。
「ありがとうございます!」
私は深々と頭を下げた。
「おう、頑張りな」
主人が笑った。
「お嬢さんなら、きっとうまくいく」
「はい!」
私は、エアビークルに乗り込んだ。
手にはメモの束。
そしてミャルティカを一袋。
(ヴァル、見てて)
小さく呟いた。
今度こそ。
今度こそ、成功させる。
そして――。
認めてもらう。
妻として。
あなたにとって必要な存在として。
「帰ったら、すぐに報告しよう」
エアビークルが浮上する。
市場が遠ざかっていく。
主人と女将さんが手を振っている。
私も窓越しに手を振った。
ありがとう。
本当にありがとう。
胸が高鳴る。
次は、ヴァルに報告する番だ。
きっと驚く。
それを想像しただけで、胸が少しだけ熱くなった。
【あとがき】
第8話をお読みいただきありがとうございました!
伯爵夫人なのに「燃料代がもったいない」と即答してしまうミレイユ。
その「没落男爵家仕込みの節約精神」が、まさかの外交(?)において最強の武器になるとは……(笑)。
おじさんの愛が詰まったミャルティカに感動する彼女の姿に、店主夫妻も読者も心を許しちゃいましたね。
次回、この「現場の声」を引っ提げて、有能すぎる旦那様とお父様に一泡吹かせられるのか!?
ご感想やご意見、スタンプ、どんな些細なものでも大歓迎です。励みになります。
もしよろしければ、次の読者への道標に、評価やブクマをお願い致します。
【おまけ設定集】
ニャニャーン神聖帝国は銀河に存在する人が住める星系の5~10%を支配する大帝国なんです。
この広い銀河を今も開拓中です。辺境星系は未開発や開発中の惑星も多く、
この物語の舞台のニャグネムIIIも発展途上惑星なんです。




