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父上、私の夫を盗らないで!  作者: ひろの
第一章 父上、私の夫を盗らないで!

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8/13

第8話 愛が詰まってるから美味しい

翌朝。


私はエアビークルに乗り込んだ。

目的地は、街の市場。


服装は控えめ。

でも、バレるだろう。


伯爵夫人であることは隠せない。

隠すつもりもない。

正直に話そう。


約三十分後、街が見えてきた。


◇◇◇


市場は朝から賑わっていた。

私はエアビークルを降りて、市場へ向かった。


途端に視線が集まる。

周囲がざわつく。


「伯爵夫人様だ」


「何の用だ?」


不安そうな顔。

警戒の視線。


でも、引き返せない。

私は目的の果物屋へ向かった。


「あの、すみません」


果物を並べている、中年の男性に声をかけた。


私は店先に並ぶ赤い果実を指差した。

あの時、命がけで持ち帰った果実だ。


主人が警戒した目で私を見る。


「……なんだい?伯爵夫人様」


「この赤い果実について、お聞きしたいんです」


「これが?」


主人が眉をひそめた。


「なんでまた?」


「実は、この果実を使った香水の製造を考えていまして――」


「はいはい、専売ね」


主人が冷たく言った。


「また貴族様が独占ですか。聞き飽きた」


「いえ、違うんです!」


私は慌てて否定する。


「独占なんてしません。皆さんに任せたいんです」


「そう言って、結局規制するんだろ」


「本当に違うんです!」


必死に説明する。

でも主人は信じてくれない。


「どのくらい生産できるんですか?」


「知らねぇな」


「本当ですか?」


「知らねぇって言ってるだろ」


完全に壁。

何を聞いても答えてくれない。


(……ダメだ)


諦めざるを得ない。


「あぁ、わかりました。今日は帰ります」


私はため息をついた。


「でも、1個その果実ください」


「あん?」


「燃料代がもったいないので、あの美味しいフルーツ食べたいです」


主人が呆れた顔をした。


「燃料代ってなぁ。伯爵夫人のくせにケチ臭いな」


(まぁ、事実だし)


「これ何て名前なんですか?」


私は赤い果実を見つめた。


「それすらも知らねーのかよ。さっさと帰れ!」


その時――。

バシン!

主人の頭に拳骨が飛んだ。


「いてっ!」


「馬鹿いってんじゃないよ!」


女性の声、振り向くとエプロン姿の中年女性が立っていた。

主人の奥さんだろうか。


「貴族様も領主様も関係ないんだよ。ここに来たらお客様だ!」


女将さんが主人を睨んでから、私に向き直った。


「お嬢さん、これはね、ミャルティカっていうんだよ」


女将さんが一つ果実を取って、私に差し出した。


「食べていきな」


「ありがとうございます!」


私はミャルティカを受け取った。

鮮やかな赤色。

甘い香り。


堅い皮を剥いて一口、齧る。


「んーん!?」


(……え?)


「んんんんんん!!おいしぃ!!!!」


口の中が幸せでいっぱいになる。

思わず頬がゆるんで、笑ってしまった。


本当に美味しい。

パイナップルとライチを足したような、爽やかな甘味。

でも、それだけじゃない。

深みがある。

複雑な味わい。


あの時、熱帯雨林で食べたものとは、全然違う。


女将さんが笑った。


「おいしいだろ?」


「えぇ!美味しすぎます!」


私は夢中で食べ続けた。


「あれ?!私が食べたのと全然違う!」


「え?」


「リュベール密林で採ったやつ、もっと酸っぱくて……なにこれ!?

 美味しい美味しい!」


貴族の体裁も何もない。

ただ、美味しくて。

夢中で食べた。


主人が少し驚いた顔をしている。


「なんだ、食べた事はあったのか?」


「はい、あります!」


私は頷いた。


「リュベール密林まで行って取って来たんです!

 どうしても食べたくて!死にかけましたー、あははは!」


「……は?」


主人と女将さんが、固まった。


「おいおい、あんなところ入ってよく生きてられたな」


「いや、ホント奇跡的に助かったんですよ!」


私は笑った。


「それでやっと手に入れたんです。ミャルティカ!」


もう一口、齧る。


「でもなんでですか?

 せっかく苦労して密林で採ってきて、

 100%天然ものよりもこっちのが美味しい!なんで?!」


主人が少し笑った。


「分かってないなぁ。逆だよ」


「え?」


「普通は天然物より、改良して栽培した物の方が美味いに決まってる」


「あー!」


ハッとした。


「そういうことか!」


そうだ。

これはただの果実じゃない。


長年の改良。

技術の結晶。

愛情の賜物。


「これ……おじさんの愛が詰まってるから美味しいんですね!」


主人が照れたように笑った。


「あ、あぁーそうともよ!」


女将さんがお茶を出してくれた。


「お嬢さん、座りな」


「ありがとうございます」


私は店の奥の椅子に座った。

主人もさっきより柔らかい表情。


「なんかお嬢さんは伯爵夫人って感じがしないなぁ」


主人が笑った。


「そこらの平民並な貧乏貴族みたいだ」


「ドキリっ!」


図星すぎる。


「なんでぃ図星か。玉の輿か?」


「なんでわかるんですか?」


「そりゃあ、見りゃわかるさ」


主人が笑った。


「伯爵夫人なのに、燃料代がもったいないとか言うしな」


「あははは……」


恥ずかしい。

でも、嫌な感じじゃない。

女将さんも笑っている。


「でもね、お嬢さん。それがいいんだよ」


「え?」


「貴族様って、みんな高飛車でね。平民を見下すんだ」


女将さんが少し寂しそうに言った。


「でも、お嬢さんは違う。ちゃんと人として接してくれる」


「そんな……当たり前のことです」


「当たり前じゃないんだよ、この世界じゃ」


主人が真剣な顔で言った。


「それで本当はなんの用だい?」


主人が聞いた。

私はミャルティカを見つめた。


香水のことはもう頭になかった。

ただ、この美味しさを。

この素晴らしさを。

全宇宙に届けたい。


「お願いします」


私は立ち上がった。


「このミャルティカをもっと作ってください!」


「もっと?」


「はい!こんなに美味しいのにもったいないです!」


力強く言った。


「この美味しさを、全宇宙に届けたいんです!」


「でもな、お嬢さん」


主人が困った顔をした。


「資金がねぇんだ。畑を広げるにも、設備を整えるにも金がかかる」


「必要ならば伯爵家が投資します!」


「……本当か?」


「はい!」


私は真剣に頷いた。


「専売とかそういうのは絶対にしません!」


「じゃあ、なんで投資を?」


主人が疑わしげに見る。


「公的投資です」


私は言葉を選びながら話した。


「もちろん、投資に見合う配当、それに既定の税はいただきます。

 でも、それは今までと同じです」


「……」


「増産した分、この星が豊かになります。

 皆さんが豊かになれば、星全体が発展します」


主人と女将さんが、じっと私を見ている。


「そうすれば、間接的に伯爵家にも配当と税収が入ります。

 でも、それは結果であって目的じゃないんです」


「じゃあ、目的は?」


「この星の繁栄です。

 この果実を愛してくれてる人と、一緒に豊かになりたいんです」


私はまっすぐに主人を見つめた。


「私やヴァル伯爵が本当に欲しいのは、

 ニャグネムIIIが豊かになることなんです。

 ミャルティカを銀河中に広めて、

 この星の特産品にしたいんです」


「……そうか」


主人がゆっくりと頷いた。


「いいだろう。やってみるか」


「本当ですか!?」


「ああ、お嬢さんの熱意が伝わった」


主人が笑った。


「騙されたと思って、やってみるさ」


そして優しく微笑む。


「よし、じゃあ増産だ!」


主人が拳を握った。


「どのくらい作れますか?」


「そうだなぁ……倍は行けるかな。いや、投資してもらえるなら、三倍も夢じゃない」


「本当ですか!?」


「ああ、でも――」


主人の表情が曇った。


「こいつは足が速いんだ」


「足が速い?」


「鮮度が落ちるのが早いってことさ」


主人が悔しそうに言った。


「だから、あんまり作りすぎると売り切れずに腐らせちゃうんだ。

 せっかく作っても、捨てるのは辛いからな」


(……!)


猫耳がピキーン!と立った。


「あ!」


「どうした?」


「香水です!」


私は小瓶を取り出した。


(美味しくて忘れてたわ!)


「これ、見てください!」


アロマティーク・ニャルディアの香水。


「香水かい?」


「はい!これは帝都で流行ってる、熱帯フルーツの香水です」


女将さんが匂いを嗅ぐ。


「ふむ……」


「気付きませんか?

 ミャルティカの方が、絶対いい香りになります!」


「確かに……」


女将さんが、ニヤリと笑った。


「うちの方がいい香りがだせそうだね」


「そうなんです!」


私は興奮で声が大きくなった。


「食用として出荷できる最大量は、もちろん出荷します。

 でも、供給過多で腐らせてしまう分――それを香水にするんです!」


主人と女将さんが、顔を見合わせた。


「そうすれば……」


「作れば作るほど、儲かる!」


私は力強く言った。


「食用でも売れる。香水でも売れる。

 どっちも、ニャグネムIIIの特産品になるんです!」


私は勢いで畳みかけた。


「それにです!私には総合商社に勤める平民の親友がいます。

 彼女に協力を仰げば、流行を作ることもできます。」


「え?どういうことだい?」


「最初は儲けなくていいんです!」


「は?」


「まず帝都の女の子に使わせます。

 貴族令嬢にも、商家の娘にも、劇場の女優にも。

 みんなが“これ何の香り?”って聞くようにするんです」


「そいつは……宣伝か」


「そうです! 香水で名前を売って、果実で胃袋を掴みます!」


「悪くねぇな」


その一言を聞いて、私は前のめりになってさらに詰め寄る。


「具体的には最初に作った香水を帝都にただ同然でばらまくんです」


自然と声に力が籠もる。


「この品質です。人の目に触れれば必ず気に入られます。

 そうしたら食用、香水ともにミャルティカが帝都でブームになります」


「ブームを作る……?!」


「帝都で売れれば、いずれ帝国全体のブームになります。

 売れに売れて、品薄になるでしょう。

 最初から全力で作れるだけ作ってください!

 もちろんばらまく分は伯爵家が費用負担します」


「……面白い」


主人が笑った。


「面白いじゃねぇか、お嬢さん」


「やるかい?」


女将さんが笑顔で聞いた。


「やります!」


私は力強く頷いた。


「一緒にやりましょう!」


「おう!」


主人が手を差し出した。

私も手を伸ばす。

握手。

初めて、対等に。

初めて、協力者として。


その後、主人から色々な話を聞いた。

ミャルティカの栽培方法。

収穫量。

流通ルート。


父が知らなかった情報が、次々と明らかになる。

メモを取る手が震えた。


(これだ――

 これが、私の武器)


父が知らない情報。

平民しか知らない情報。

それを私が見つけた。


「ありがとうございます!」


私は深々と頭を下げた。


「おう、頑張りな」


主人が笑った。


「お嬢さんなら、きっとうまくいく」


「はい!」


私は、エアビークルに乗り込んだ。

手にはメモの束。

そしてミャルティカを一袋。


(ヴァル、見てて)


小さく呟いた。

今度こそ。

今度こそ、成功させる。


そして――。

認めてもらう。

妻として。

あなたにとって必要な存在として。


「帰ったら、すぐに報告しよう」


エアビークルが浮上する。


市場が遠ざかっていく。

主人と女将さんが手を振っている。

私も窓越しに手を振った。


ありがとう。

本当にありがとう。

胸が高鳴る。

次は、ヴァルに報告する番だ。

きっと驚く。

それを想像しただけで、胸が少しだけ熱くなった。

挿絵(By みてみん)

【あとがき】

第8話をお読みいただきありがとうございました!

伯爵夫人なのに「燃料代がもったいない」と即答してしまうミレイユ。

その「没落男爵家仕込みの節約精神」が、まさかの外交(?)において最強の武器になるとは……(笑)。

おじさんの愛が詰まったミャルティカに感動する彼女の姿に、店主夫妻も読者も心を許しちゃいましたね。

次回、この「現場の声」を引っ提げて、有能すぎる旦那様とお父様に一泡吹かせられるのか!?


ご感想やご意見、スタンプ、どんな些細なものでも大歓迎です。励みになります。

もしよろしければ、次の読者への道標に、評価やブクマをお願い致します。


【おまけ設定集】

ニャニャーン神聖帝国は銀河に存在する人が住める星系の5~10%を支配する大帝国なんです。

この広い銀河を今も開拓中です。辺境星系は未開発や開発中の惑星も多く、

この物語の舞台のニャグネムIIIも発展途上惑星なんです。



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