第5話 認められて、退場させられて
新婚十日目の朝。
ミレイユは小瓶をぎゅっと握りしめて、執務室の前に立っていた。
《ミャングス・ブロッサム 01》
(ユッコがくれた希望。
私だけの武器。
今度こそ!)
深呼吸してノックする。
「入れ」
ヴァルの声。
中に入ると、ヴァルと父が、いつものように地図を広げていた。
「ミレイユ。どうした?」
ヴァルが優しく微笑む。
彼は本当にいつも優しい。
「あの、また提案があります」
前回は失敗した。
でも、今回は違う。
「ほう」
ヴァルが椅子に座り直した。
「聞かせてくれ」
父も優しい目でミレイユを見ている。
(大丈夫。今度こそ)
ミレイユが説明を始めようとした時。
ヴァルがふと顔を上げた。
「……ミレイユ」
「はい?」
「香水を変えたかい?」
(え?気づいて……くれた?)
「自分は無骨な軍人なので、香りには詳しくないんだが」
ヴァルが少し照れたように言った。
「いい香りだな」
(無骨……?
いやいや、香りに気づける時点で無骨じゃないから!
でも、嬉しい。
気づいてくれた!!)
「はい。友人から贈られた香水です」
「そうか。ミレイユに合っているね」
ヴァルが微笑んだ。
隣で父もニコニコしている。
(なんか……ちょっとだけ、新婚夫婦みたいな空気……?)
心臓が少し高鳴った。
「それで提案なんですが」
ミレイユは小瓶をテーブルに置いた。
アロマティーク・ニャルディアの《ミャングス・ブロッサム》だ。
「これは帝都でとても人気の香水です」
二人が小瓶を見る。
「原材料は、熱帯惑星ミャングスの果実や花です」
ミレイユはパンフレットを広げた。
「でも、ニャグネムIIIにも、同じような資源があります」
「つまり?」
ヴァルの目が輝くのを見て、少し背中が押される気持ちになる。
「香水の製造販売を提案します。
“ニャグネム”という名前のブランドを、世界に出すんです!」
ミレイユは続けて必要な資料を並べていく。
「ニャグネムIIIの熱帯果実、花、蜜。これらを使って、香水を作れます」
「なるほど……!」
ヴァルが身を乗り出した。
「しかも、ニャグネムIIIは手つかずの自然です。
ニャルディアより質の高い天然素材が手に入ります」
「素晴らしい!」
ヴァルが拳を握った。
父も嬉しそうに頷いている。
「それに販路もあります。
友人が総合商社に勤めていて、帝都の市場動向にも詳しいんです」
「ミレイユ」
ヴァルがいつもより少しだけ熱のこもった笑顔で、ミレイユを見つめた。
「よく考えたね」
(やった……!)
胸がぎゅっと熱くなる。
(認めてもらえた。
今度こそ――)
「とても良い観点だ!」
父が嬉しそうに言った。
「ミレイユ、お前は良い所に目を付けるね」
「父上……!」
(嬉しい。
本当に嬉しい。
父に認めてもらえた)
「――だが」
父の表情が少し曇り、言葉を続ける。
(あれ?)
「問題がある」
(……は?)
嫌な予感がした。違う。嫌な予感しかしなかった。
「これらの果実や花は、確かにニャグネムIIIに自生している」
「はい」
「だが、手つかずなのには理由があるんだ」
父が地図の一部を指差した。
「この地域には、狂暴な原生生物が多数生息している」
「原生生物……?」
「ああ。熱帯雨林を縄張りにする、大型の肉食獣だ」
ヴァルも真剣な顔で頷いた。
「体長三メートルを超える獣もいる。
鋭い牙と爪を持ち、集団で狩りをする」
「そんな……」
「採取に行くだけでも危険だ。
ましてや、安定した収穫を目指すなら――開拓が必要だ」
父が結論を言った。
「熱帯雨林を切り開き、安全な農地として整備しなければならない」
「そんな……」
ミレイユの声が小さくなった。
(また。
また、開拓。
また、父の仕事に戻る)
ヴァルがミレイユの肩に手を置いた。
「だが、ミレイユ」
「はい……」
「ミレイユが折角考えてくれた案だ」
ヴァルが優しく微笑む。
「これを領地繁栄に活かそう」
(やった……!)
心が満たされる。
認めてくれた。
活かしてくれる。
ヴァルが父の方を向いた。
「アレクシオン、開拓を急ごう」
「はい」
父が力強く頷いた。
「ミレイユの発想を形にするためにも、まずは安全な採取環境を整備しないと」
「ああ」
二人が地図を見始める。
(あ、あれ……?)
「この地域から着手して――」
「いえ、むしろこちらの方が効率的かと――」
もう完全に仕事モード。
ミレイユの存在が消えている。
「あぁ、ミレイユ」
ヴァルがふと顔を上げた。
「ありがとう。良い案をくれて」
「え、あ……」
「これからその案のためにアレクシオンと協議するよ」
(え……これから?)
「ゆっくり休みなさい。
あとは、私とアレクシオンに任せてくれ」
(……はぁ!?)
優しい笑顔。
温かい言葉。
でも。
(私、退場!?)
「わかり……、ました……」
ミレイユは資料を抱えた。
足が重い。
部屋を出る。
扉が閉まる直前、声が聞こえた。
「それで、開拓ルートだが――」
「ええ、段階的に進めて、まずはこの地域の地質調査から――」
「なるほど。では測量班を――」
楽しそうな声。
二人の盛り上がりがしっかりと伝わってくる。
(私の案。
私が見つけた可能性。
なのに。
実行するのは、父。
協議するのも、父。
私は――また、いらない子じゃん……!)
◇◇◇
部屋に戻って、ベッドに倒れ込んだ。
「認めてくれたのに……」
小さく呟く。
ヴァルは確かに認めてくれた。
父も褒めてくれた。
だけど――
「結局、私は何もしないんだ」
(案を出すだけ。
後は父に任せる。
それが私の役割。
妻じゃなくて……子供じゃん)
「ゆっくり休みなさい」
その言葉が、頭の中でリピートされる。
(優しい。
本当に優しい。
でも――)
「優しくされたいんじゃない!」
ベッドに顔を埋めた。
「一緒にやりたいんだ……!
私も必要とされたいんだよぉ!」
猫耳がゆっくりと倒れ伏した。
窓の外、執務室の明かりが見える。
きっと今もヴァルと父が話し込んでいる。
(私の案について。
私抜きで。
……くそぅ)
涙が出そうになった。
「でも……泣いてたまるか!」
ミレイユは顔を上げた。
「まだ、諦めない」
(そうだ。
案を出すだけじゃダメなんだ。
実行しなきゃ。
私が、自分で!)
「開拓が必要なら――」
(私が開拓すればいい。
父より先に。
父を頼らずに。
いや、違う。
開拓なんて時間がかかる。
それを待っていたら、また父の仕事になる。
なら、開拓しなくても採取できる方法を考えればいい)
なんとか案を出そうとして、頭の中をフル回転で稼働させる。
(そうだ!
護衛をつければ?
危険を避けるルートを見つければ?
少量でもいい、まずは試作品を作れば――)
「絶対に、やってやる!」
窓を開けた。
熱帯の風が吹き込んでくる。
その風の向こうに、熱帯雨林が広がっている。
(狂暴な原生生物?
危険?
知るか!)
ミレイユは拳を握った。
「次は私が動く!」
(もう、待ってるだけは嫌だ。
案を出すだけも嫌だ。
自分でやる。
自分の手で、実現させる)
「ヴァル、絶対に驚かせてやるから!」
明日から動き出す。
ミレイユの本当の戦いが始まる。
【あとがき】
第5話もお読みいただきありがとうございました!
ヴァル様、香水の変化に気づくまでは完璧なスパダリだったのに、
どうしてその後「ゆっくり休みなさい(=もう来なくていいよ)」に繋がってしまうのか……(笑)
認めてもらえた喜びと、仲間外れにされた悲しみの狭間で揺れるミレイユ。
次回、ついに「お留守番」を脱ぎ捨てて暴走(?)を開始します!
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【おまけ設定集】
神聖帝国辺境のニャグネム星系、そこを収めるアウレリウス=フェルミア公爵には部下に2人の伯爵がいる。
星系首都星、大陸型の水と肥沃な大地が豊富な富んだ惑星ニャグネムIはフェルミア公爵の直轄地。
海洋惑星ニャグネムIIを領地として持つセリューヌ=コルヴァイン伯爵。
熱帯惑星ニャグネムIIIを領地として持つガルディオ=フェルクス伯爵。
第1話でセリューヌ伯爵(ヒロインの元所属)が失脚して、ガルディオ伯爵が繰り上げ。
そしてニャグネムIIIにヴァル辺境伯が来たってところです!




