第4話 ユッコからの贈り物
新婚九日目の朝。
ミレイユは、また書斎に籠もっていた。
「父と違う分野……父と違う分野……」
テーブルの上には、領地の資料が山積み。
(灌漑はダメだった。
……なら、他の分野は?)
農業――父の代名詞。
鉱業開発――父が既に調査中。
インフラ整備――父の計画書が完璧。
都市建設――父の作る街は大発展。
「……全部、父上じゃん……!」
資料を放り投げた。
何を見ても、父の名前ばかり。
父は本当に何でもできる。
優秀で、経験豊富で、発想力もある。
(そりゃ、ヴァルが頼るわけだ。
私なんかより、ずっとずっと)
「あー、もうダメだ!」
猫耳がペタッとヘタリながら書斎を出て、自室へと向かった。
そしてベッドに倒れ込んだ。
天井を見上げる。
(ヤバイ……ちょっと本気で落ち込んできた)
三日も頑張って作った企画書もあっさり論破されて、それからさらに三日。
まだ何も見つけられない。
(私、何もできないのかな?)
そう思うと涙が出そうになった。
でも――。
「そうだ」
ミレイユはガバッと起き上がった。
「ユッコに電話しよう」
通信端末を取り出して、ユッコの番号を呼び出す。
しばらく待つと、画面にユッコの顔が映った。
「ミレイユ!」
「ユッコー!」
久しぶりに見る親友の笑顔。
それだけで胸の奥にあった重たいものが少し軽くなる。
「どうしたの?元気ない?」
「うん……ちょっとね」
「大丈夫?」
ユッコが心配そうな顔をした。
「そういえば、伯爵夫人になったんだって!?」
「まあ、ね……」
「すごいすごい!玉の輿じゃん!」
ユッコが目を輝かせた。
「どう?新婚生活!ファンタスティック!?」
「それが……」
ミレイユはため息をついた。
「実はね……」
そして全部話した。
政略結婚だったこと。
夫が父ばかり見ていること。
ミレイユが何をやっても、父に負けること。
全部、全部。
ユッコは黙って聞いてくれた。
「……そっか」
話し終わると、ユッコが優しく微笑んだ。
「大変だったね」
「うん……」
「でもね、ミレイユ」
ユッコが真剣な顔になった。
「心配いらないよ、伯爵様も分かってくださるって。
ミレイユの魅力は内政じゃないんだもの。
その優しさ、ミレイユはすごいよ」
「え……?」
「だって、私が貴族に虐められてた時、いつも庇ってくれたじゃん」
(ああ、そういえば……)
学生時代に貴族の子たちは、平民を見下していた。
特にユッコは――成績が良かったから妬まれていた。
「お前、平民のくせに生意気だ」
そう言われて、ユッコが泣いていた時、ミレイユはいつも庇った。
「ユッコは私の友達だから」
そう言ったら、貴族の子たちは黙った。
貴族の子たちも自分達が間違ったことをしているのは分かっている。
それを同じ貴族からたしなめられるのは正直恥ずかしいのだろう。
貴族という立場を、あの時初めて役に立つと思った。
「ミレイユは優しいし、頭もいい。
それに、ちゃんと人を助けられる人だよ。
絶対、何かできることある!」
「ユッコ……」
「元気出して!」
ユッコの笑顔が温かい。
「ありがとう」
「そうだ!」
ユッコが何かを思い出したように声を上げた。
「最近ね、いい香水買ったんだ!」
「香水?」
「うん!アロマティーク・ニャルディアっていうブランド」
ユッコが嬉しそうに語り始めた。
「帝都で今ね、香水が流行ってるの。
アロマティークは超人気なんだよ!
平民でも買える高級感、っていうのが売りでね」
「へぇ……」
「今はトロピカル系がブームなんだよ。《ミャングス・ブロッサム》っていう香水が特に人気」
「ミャングス?」
「熱帯果実の香水。甘いけど爽やかで、男の人も好きな香りなんだって」
ユッコの目がキラキラしている。
こういう話をしている時のユッコは、本当に楽しそうだ。
「今度、商品送るね!使ってみて!」
「え、いいの?」
「もちろん!ミレイユなら絶対合うよ。旦那様も見直してくれるかも?」
「あはは……」
(そんな簡単にいくかな?)
でも、今はユッコの優しさが単純に嬉しい。
「ありがとう、ユッコ。
なんかすごい元気出た」
「どういたしまして!
もっともっと元気出してね!」
「うん」
通信を切った。
本当に……心が少しだけ軽くなった。
◇◇◇
三日後。
小包が届いた。
差出人はユッコから。
「これかな?言ってた香水って」
ミレイユは部屋で小包を開けた。
中から出てきたのは、綺麗な小瓶が三つ。
薄いピンク色、淡い黄色、深い紫色。
それぞれに、金色の文字でラベルが貼られている。
《ミャングス・ブロッサム 01》
《スターハニー・ドロップ》
《トロピカル・ムーン・エッセンス》
「綺麗……宝石みたい」
小瓶を手に取る。
ガラスが光を反射してキラキラと輝いている。
手紙も入っていた。
見慣れたユッコの丸っこい字。
最後に添えられてる手描きの猫の絵が可愛い。
『ミレイユへ
全部使ってみて!きっと気に入るから。
旦那様からいい香りだねって言ってもらえるといいね。
応援してるよ!
ユッコ (猫の絵 にゃーん!)』
ミレイユは思わず笑顔になった。
「ありがとう、ユッコ」
小瓶を一つ手に取る。
《ミャングス・ブロッサム 01》
薄いピンク色の液体が瓶の中で揺れている。
蓋を開けて、手首に少しだけつけてみた。
ふわっと甘い香りが広がった。
「あ……」
(いい香り。本当に甘い。
マンゴーのような、パッションフルーツのような。
でも、べたつかない。
爽やかで、軽やかで。
甘さに嫌味がない
これは……確かに人気が出るわけだ)
同梱されていたパンフレットを手に取る。
綺麗な写真と、優雅な文字。
ANと描かれたブランドロゴ。
『アロマティーク・ニャルディア
トロピカル・シリーズ
熱帯の楽園が育む、天然の香り』
ページをめくる。
『原材料:
・ミャングス果実(ミャングス産熱帯果実。マンゴーとパッションの香り)
・ニャルシード花(ニャーンが好む甘い香り)
・星蜜(夜にだけ採れる希少蜜)』
さらにページをめくると。
『ミャングスは、熱帯雨林に覆われた惑星。
豊かな自然が育む、純粋な天然素材。
私たちはこの星の恵みを、一滴一滴、丁寧に香水へと昇華させます』
綺麗な写真。
熱帯雨林。
色とりどりの花。
果実。
(……熱帯雨林? ――あっ)
ミレイユはパンフレットを凝視した。
(豊かな自然。
天然素材。
ちょっと待って!)
猫耳ピーン!
「これって――」
立ち上がって、資料を引っ張り出した。
ニャグネムIIIの環境調査報告書――そのページをめくった。
『ニャグネムIII
熱帯雨林が大陸表面の約78%を覆う。
多様な植生。危険な生物も多数存在するが、珍しい植物の宝庫』
さらにページをめくった。
『確認されている熱帯果実:32種』
『確認されている花卉類:157種』
『確認されている蜜源植物:45種』
全部、ある。
ミャングス果実に似た果実。
ニャルシード花に似た花。
星蜜に似た蜜。
全部、ニャグネムIIIにある。
「これ、うちでも作れるじゃん!」
ミレイユはパンフレットと報告書を並べた。
ミャングス――開発が進んだ熱帯惑星。
ニャグネムIII――手つかずの熱帯雨林が残る開発中の熱帯惑星。
(待って待って、もしかして)
「こっちの方が、質がいいんじゃ……?」
(そうだ!
ミャングスは、既に開発が終わってる。
農地化されて、管理された植物。
でも、ニャグネムIIIは違う)
まだ誰も手をつけていない、純粋な自然。
天然の――本物の――。
「宝の山じゃん!」
ミレイユは部屋中の資料を引っ張り出した。
ニャグネムIIIの植生。
気候。
地形。
全部、確認する。
「わおわお!このフルーツ食べた事あるけど……。
ミャングス果実より上品な感じがしたっ!」
興奮で、声が大きくなった。
父がやろうとしているのは、「農地開発」。
熱帯雨林を切り開いて、農地にする。
(でも、私がやるのは――)
「――商品化だ」
(そうだ。
同じ資源を見ていても、視点が違う。
父は「作る」ことを考える。
私は「売る」ことを考える。
これだ!)
「これなら、父上と同じ土俵じゃない。
私の土俵だ!」
小瓶を握りしめた。
(アロマティーク・ニャルディアは、帝都で人気!
ということは大きな市場がある。
強い需要がある。
そして、ユッコがいる!)
総合商社に勤めている、流行に詳しいユッコ。
販路も、情報も、ユッコが持っている。
「これが私の武器……!」
(父にはない。
市場を知る友人。
女性目線での商品理解。
流行への感度。
全部、私にしかない)
「ヴァル、絶対驚かせてやる!」
小瓶を大事に棚に並べた。
三つの小瓶が光を反射して輝いている。
(明日、ヴァルに提案しよう。
今度は、絶対に……認めて貰える!)
窓を開けた。
熱帯の風が部屋に吹き込んでくる。
その風に乗って、甘い香りが広がった。
手首につけた《ミャングス・ブロッサム》の香り。
(この香りが、私の武器)
外を見れば、熱帯雨林が広がっている。
今まで「開発が難しい」と思っていた場所。
(でも、違った。
あれは、宝の山だったんだ。
まだ誰も気づいていない。
父も、ヴァルも――気づいているのは、私だけ)
「明日のヴァルへの提案」
小瓶を握りしめて、私は拳を握った。
父とは違う、私だけの案を。
ユッコがくれた、希望を。
「今度こそ――私自身を認めてもらう!」
空を見上げる。
(明日が楽しみだ。
ううん、楽しみなんてもんじゃない)
「絶対に、成功させてやる!」
ミレイユは窓辺で笑った。
久しぶりに――心から。
【あとがき】
第4話もお読みいただきありがとうございました!
今回のMVPは間違いなく親友のユッコですね。
持つべきものは帝都のトレンドに詳しい友!
お父様という「最強の壁」を、まさかの角度から飛び越えようとするミレイユ。
「お父様にはない、私だけの武器」
その響き、とってもカッコいいけれど……果たしてあの開発オタクな夫に通用するのでしょうか!?
ご感想やご意見、スタンプ、どんな些細なものでも大歓迎です。励みになります。
もしよろしければ、次の読者への道標に、評価やブクマをお願い致します。
【おまけ設定集】
前回貴族の階級を説明しましたが、今回は領地について。
公爵、侯爵
最高位の大貴族。領地は星系(太陽系とかの惑星群)全体を領地にしています。
自身はその中で一番裕福な惑星を星系首都として直轄支配しています。
伯爵
大貴族ですが、公爵や侯爵の配下として公爵領の惑星を丸々1つ領地として与えられます。
公爵、侯爵は領地を与えますが、間接的に支配する感じですね。
伯爵は惑星内の最も栄えた地域を直轄支配します。
子爵、男爵
伯爵の配下として、伯爵領の惑星の中の地域(地球で言う国家レベル)を領地として与えられます。
末端貴族ですが、地球の国家並の領地を持ってるってことですね。
準男爵
子爵・男爵から地域の中の都市を領地として与えられます。




