第3話 私だって、やれる……はずだった
新婚六日目の朝。
ミレイユは書斎に籠もっていた。
テーブルの上には、領地の地図、資料、そして情報端末タブレット。
(よし、これで完璧!)
三日かけて作り上げた企画書を、ミレイユは満足げに眺めた。
きっかけはあの散歩の時。
ヴァルがあんなに嬉しそうに語っていた。
父の灌漑案についてを。目を輝かせて、本当に楽しそうに。
(なら、私も灌漑案で成果を出せばいいんだ。
そしたら私のこともちゃんと見てくれるはず――!
私だってヴァルの役に立てる!!)
そう思うと難しい作業も頑張れた。
(才能って怖い!ちょっと勉強しただけなのになんとなくだけど答えが分かっちゃう!
父上の娘でよかった。ありがとう、父上!!)
ミレイユが選んだのは、北部の未開発地域で、父が手をつけていない場所。
熱帯雨林が広がり、豊富な水源がある。
でも、農地としてはあまり使われていない。
(だったら――)
「ここに水路を作ればいい!」
ミレイユは地図に線を引いた。
既存の河川から引水して、北部の平地に水を引く。
そうすれば新しい農地が作れる。
図面も描いた。
資料も集めた。
父がやっていた方法を参考に、でも父とは違うアプローチで。
(これならいける)
ミレイユは企画書を抱えて立ち上がった。
(さあ、ヴァルに見せに行こう!)
◇◇◇
執務室のドアをノックする。
「入れ」
ヴァルの声がする。
中に入ると、ヴァルと父が、地図を広げて話し合っていた。
「ミレイユ? どうした?」
ヴァルが優しく微笑んだ。
「あの、少しお時間をいただけますか?」
「もちろん。アレクシオン、少し休憩しよう」
「はい」
父も頷いた。
ミレイユは企画書をテーブルに置いた。
緊張で手が震えた。
「あの……、私からも提案があります」
「提案?」
ヴァルが興味深そうに身を乗り出した。
「灌漑計画です。
北部の未開発地域に、新しい水路を作る案を考えました」
ミレイユは地図を広げた。
そして自分が引いた線を指差す。
「この河川から引水して、北部の平地に水を引きます。
そうすれば、新しい農地として開発できるかと」
ヴァルの目が輝いた。
(いける!)
ミレイユの心臓が高鳴る。
「なるほど。北部は確かに手つかずだった」
「はい。水源も豊富ですし、平地も広いです」
「面白いね。具体的には?」
ヴァルが真剣な表情で聞いてくる。
ミレイユは図面を取り出した。
「水路はこのルートで――」
説明を始める。
ヴァルはちゃんと聞いてくれている。
父も黙って地図を見ている。
(やった、ちゃんと聞いてくれてる!)
でも――唐突に空気が変わる。
「ミレイユ」
父は穏やかな顔で、静かに口を開いた。
「うん?」
「いい着眼点だ」
父は優しく微笑んだ。
でも、すぐに真剣な仕事モードの顔に戻った。
「だが、この北部の地域は、少し問題がある」
「……問題?」
嫌な予感がした。
父は地図の別の部分を指差した。
「この辺りの地下水脈は、非常に複雑なんだ」
「地下水脈……?」
「ああ。表層だけ見ると、確かに水が豊富に見える。
だが、地下には大きな岩盤層があってね」
父はさらさらと別の図を描き始めた。
「だから、単純に水路を引いても、土壌が水を保持できない。
すぐに地下に流れてしまう」
「あ……」
ミレイユの声が小さくなった。
「それに、この地域は雨季になると――」
父の説明は続いた。
地質の問題。
水源の位置。
既存のインフラとの兼ね合い。
全部、ミレイユが見落としていたこと。
「去年も測量隊が馬ごと沈みかけたんだ、はっはっは」
(笑い話じゃないよっ!)
そんな心のツッコミを無視して父上は淡々と続ける。
(いや、もうこれ以上、死体に鞭を打たないで!もう私のHPは0よ!)
「だから私は、南部ルートで迂回する案を既に考えていてね」
父が別の地図を広げた。
そこにはミレイユの案とは全く違う、精密な計画が描かれていた。
「こちらのルートなら岩盤を避けられる。
測量も終わっているし、来月には着工できる」
ヴァルが目を輝かせた。
「さすがアレクシオン! 完璧だ!」
その声が遠く聞こえた。
「ミレイユ」
ヴァルがミレイユの方を向いた。
「よく勉強したね」
その言葉は優しかった。
そしてミレイユの頭を撫でる。
「でも、父君がいるから大丈夫だよ」
(ああ~~!!!!
その言葉が聞きたくなかった~~!!)
「君は無理しなくていい」
ヴァルの笑顔は本当に優しくて……。
だからこそ辛い。
「父君がちゃんと考えてくれているから、
ミレイユは心配しなくていいんだ」
(あ、これ……完全に戦力外通告だ)
完全に子供扱い。
妻じゃない。
戦力でもない。
ただの――。
「わかり……、ました」
ミレイユは企画書を抱えた。
「失礼します」
部屋を出る。
背後でヴァルと父が再び話し始める声が聞こえた。
「それで、南部ルートだが――」
「ああ、こちらの地域から――」
楽しそうな声。
(私の提案なんて、もう忘れられてる……)
◇◇◇
部屋に戻って、ベッドに倒れ込んだ。
「チーン……」
効果音が聞こえた気がする。
いや、実際にはミレイユの口から出た。
(私の自信も、企画書も、全部チーン。
三日かけて作った企画書。
父は三分で代替案を出した)
しかもそっちの方が圧倒的に優秀だった。
(そりゃそうだ。父上だもの。
わかってた。
わかってたけど――)
「よく勉強したね」
ヴァルの言葉が頭の中でリピートされる。
(勉強した、じゃない。
結果が欲しかったのに)
「父君がいるから大丈夫」
その言葉も。
(優しいけど残酷。
私はいらない子)
そう言われた気がした。
「……くそぅ」
胸の奥がじんと痛む。
(悔しい。
でも、このまま膝を抱えてる私じゃない――)
「って、沈んでてたまるか―!」
ミレイユはガバッと起き上がった。
「えいやっ!」
企画書を床に投げ捨てた。
(そうだ。
ダメだったんだ、“今回は”。
でも、それだけ。
次がある。
父と同じ土俵じゃダメなんだ!
灌漑案は父の得意分野。
そこで勝負したって、勝てるわけがない。
なら――)
握り締める拳に力が入った。
(父がやらないこと。父ができないこと。
いや――父が気づいていないこと。
それを見つけるんだ。
私にしかできないこと。
私だから気づけること。
それを見つけてやるぅ~!!)
猫耳が怒りでぴんと立った。
窓を開けると、熱帯の風が部屋に吹き込んでくる。
「絶対に認めさせてやる!
がおぉぉぉぉぉ!!」
ひとしきり吼えたらすっきりした。
外で掃き掃除をしていたメイドが、口をポカーンと開けた状態で心配そうに見つめている。
きっとあの部屋では父とヴァルが楽しそうに議論している。
はっきりと想像できた。
(でも――次は負けない!)
ミレイユは拳を何度も突き出してシャドウボクシングをした。
心配そうな表情のメイドがわずかに震えていた。
(父の真似じゃない。
私だけのやり方を見つける。
そして――ヴァルに……。
ちゃんと“妻として”見てもらう)
「さあ、次の作戦を考えましょう!」
落ち込んでいる暇はない。
ミレイユは再び資料を広げた。
【あとがき】
ご愛読ありがとうございます!
ヴァル様、それは優しさじゃなくて、新妻の心にトドメを刺す追い打ちです……(笑)
完璧なイケメンなのに、女心に関しては壊滅的にズレている彼。
そんな彼を「父上越え」で振り向かせようとするミレイユの健気な挑戦を、
ぜひ次回も温かく見守ってください!
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【おまけ設定集】
この国の身分上下ですが。
神聖皇帝 > ①公爵 > ②侯爵 > ③伯爵(辺境伯) > ④子爵 > ⑤男爵 > ⑥準男爵
な感じです。
①②③が大貴族で、④は大貴族の子弟が良く就任します。
⑤が下級貴族、⑥はほとんど平民と変わらない末端貴族です。
ミレイユは……下級貴族出身です。




