第27話 これってデートですよね?
ヴァルの決断は早かった。
「よし!
それなら冒険隊は必要ないな。一旦解散しよう!」
「え?」
ミレイユは思わず聞き返した。
先ほどまで十五人のベテラン冒険家を連れて熱帯雨林へ向かう予定だった。
しかしニャジという案内人が見つかった以上、大人数で密林を踏破する必要はない。
それはミレイユにも分かる。
だが、問題はそこではなかった。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「どうした?」
「もう皆さん集まってるんですよね?」
「ああ。出発に備えて準備を進めてもらっている」
「だったら今解散させたら、準備に使ったお金も人件費も無駄になっちゃいます!」
「あ……」
ヴァルが固まった。
少し離れた場所では、冒険家たちが荷物を確認している。
食料や野営道具も既に用意され、いつでも出発できる状態だった。
ここまで準備しておいて「やっぱり必要なくなりました」では、あまりにももったいない。
「確かにそうだな……」
ヴァルが困ったように冒険家たちを見る。
すると父が口を開いた。
「では、私もミレイユたちと同行しましょう」
「え?」
「案内人がいるとはいえ、現地が安全とは限らない。私と冒険家たちも一緒に行けば――」
(待って待って!)
ミレイユは慌てた。
ようやくヴァルと二人きりで調査旅行へ行けると思ったのだ。
ここで父と冒険家十五人がついてきたら、昨日までと何も変わらない。
(それじゃダメ!
せっかく二人きりになれるのに!)
何か方法はないか。
冒険家たちの準備を無駄にせず、父にも別の仕事をしてもらう。
しかも父自身が納得してくれるような仕事。
そこまで考えたところで、ミレイユは以前の会話を思い出した。
「あっ! そういえば父上!」
「なんだい?」
「以前、西ルーニャシア地方の生態調査をしたいとおっしゃってましたよね?」
父が目を瞬かせた。
「ああ。言ったが……」
「だったら父上は、この皆さんと西ルーニャシアへ行かれては?」
ミレイユは冒険家たちを指した。
「せっかくベテランの方々を集めたんです。
このまま解散したら人件費も準備にかかった費用も無駄になってしまいます。
でも、そのまま西ルーニャシアの調査隊にすれば、用意したものも人員も全部活用できますよ!」
「なるほど……」
父の表情が変わった。
西ルーニャシアは、父が以前から気にしていた地域だった。
伯爵領の中でも詳しい生態調査が進んでおらず、未確認の動植物も多い。
そこへヴァルも加わった。
「それがいいぞ、アレクシオン」
「ヴァルミール様まで?」
「ああ。こちらは私がいるから問題ない。
ニャリューシャ地方は私とミレイユで調査する」
ヴァルは当然のように言い切った。
「だから西ルーニャシアの現地調査を任せたい。
ちょうど優秀な冒険家も揃っているんだ。
いい機会だろう」
「確かに……」
父は少し考えたあと、冒険家たちへ目を向けた。
「西ルーニャシアか……。
あそこは私も一度、自分の目で見ておきたかったんだ」
話しているうちに、父の声がだんだん弾んできた。
「北部湿地帯の生態系も調べたい。
それに西側山地には、まだ詳細な記録がない地域がかなり残っていたはず……」
父は早速、冒険家たちの方へ歩き始めた。
「皆さん! 申し訳ありませんが、行き先を変更します。
西ルーニャシア地方の調査について相談しましょう!」
「お任せください!」
「西ルーニャシアですか。
面白そうですね!」
冒険家たちも乗り気だった。
ミレイユは遠ざかっていく父の背中を見送った。
(よし……!)
そして隣にいるヴァルを見る。
父はいない。
冒険家たちもいない。
今度こそ、本当に二人だけだ。
(やったー!!
二人きりの調査旅行だー!!)
思わず顔が緩みそうになる。
「ミレイユ?」
「はいっ!」
「どうしてそんなに嬉しそうなんだ?」
「べ、別に何でもありません!
それよりもヴァル様の方こそ、頬が緩んでますよ?」
ヴァルは慌てて顔を引き締める。
「そ、そんなことはないぞ。
私は真面目に調査に取り組んでいる!」
◇◇◇
調査旅行の日程が決まり、ミレイユたちは出発の準備を始めた。
そこで忘れてはいけないものが一つあった。
案内役を引き受けてくれたニャジへの報酬である。
ニャジが希望したものは金ではなかった。
『報酬はお菓子がいいっす!
できるだけたくさんお願いします!
できればニャリンダルでしか手に入らないやつがいいっす!』
そんな少し変わった条件だった。
(ニャジさんって、そんなにお菓子が好きなのかな?)
ミレイユには理由が分からなかった。
(それともニャリューシャ地方では、ニャリンダルのお菓子が高く売れるとか?
もしかして子沢山で、家族へのお土産だったりして……)
いくつか考えてみたが、どれも想像に過ぎない。
ただ一つ確かなのは、ニャジが今回の調査で最も重要な案内人だということだった。
(ニャジさんの機嫌を損ねたらいけないしね。
できるだけたくさんって言うなら、本当にたくさん持っていこう!)
そこでミレイユは、ヴァルと一緒にニャリンダルの商店街へ向かうことにした。
◇◇◇
ニャリンダルの中心街は多くの買い物客で賑わっていた。
大通りには菓子店や飲食店が並び、その先には大型デパートもある。
「ヴァル、まずはあのお店に行きましょう!」
「ああ」
二人で最初の菓子店へ入る。
店内には焼き菓子がずらりと並んでいた。
ミレイユは一つ一つ眺めながら、気になった商品を選んでいく。
「これ、美味しそうですね」
「買っていくか?」
「はい。日持ちもするみたいですし」
「なら多めに頼もう」
「多めって、どのくらいです?」
「ニャジ殿は可能な限りたくさんと言ったんだろう?」
「そうですけど……」
ヴァルは真剣だった。
結局、箱単位で購入した。
次の店ではキャンディ。
その次はチョコレート。
さらに老舗の焼き菓子店にも立ち寄った。
最初は報酬を選んでいただけだったのだが、何軒か回っているうちにミレイユは楽しくなってきた。
「ヴァル、見てください!」
ショーケースの中に色とりどりのチョコレートが並んでいる。
「可愛い……」
「これも買うか?」
「でも、これは日持ちがあまり良くないみたいです」
「そうなのか」
「だから報酬には向かないですね」
ミレイユは少し残念そうにショーケースを見た。
「では、君の分を買おう」
「え?」
ヴァルは店員を呼び、ミレイユが見ていたチョコレートを注文した。
「ちょ、ちょっと待ってください。
今回はニャジさんへの報酬を買いに来たんです!
これは私が食べたいだけですよ?」
「ああ。だから君の分だ」
「……ありがとうございます」
箱を受け取ったミレイユは、思わず笑顔になった。
(なんか……楽しい)
二人で街を歩き、店を見つけては一緒に入り、お菓子を眺める。
気になるものを見つければヴァルに見せた。
ヴァルは菓子に詳しくないので、ほとんどミレイユに任せていたが、たまにはヴァルにも選んでもらった。
困った顔で真剣にお菓子を選んでいる姿を見るのも楽しい。
(あれ?
これって……)
ミレイユは隣を歩くヴァルを見上げた。
二人きりで街へ出て、一緒に買い物をしている。
欲しかったチョコレートまで買ってもらった。
(普通にデートじゃない!?)
そう思った途端、ますます楽しくなった。
「ヴァル! 次はデパートに行きましょう!」
「ああ。まだ買うのか?」
「ニャジさんが可能な限りって言ったんです!」
「それもそうだな」
「早く行きましょう!」
ミレイユはヴァルの腕を取った。
ヴァルが少し驚いた顔をする。
「ミレイユ?」
「ほら、早く!」
「ああ」
ヴァルも嬉しそうに笑った。
(そうそう!
私がやりたかったの、こういうの!)
調査旅行の準備だったことなど、少しだけ頭から抜けていた。
◇◇◇
数時間後。
二人は大量に積み上げられたお菓子を前にしていた。
「……買ったな」
「買いましたね……」
商店街だけでは終わらず、デパートまで回った。
焼き菓子。
チョコレート。
キャンディ。
クッキー。
ニャリンダル限定の菓子も大量にある。
その量は軽トラック二台分に達していた。
さすがに全てを調査旅行へ持っていくことはできない。
そこでミレイユは、荷物だけ先にニャリューシャ地方へ送ることにした。
送り先は、現地を治めるテロン男爵の屋敷である。
テロン男爵はヴァルの家臣なので、事情を説明して一時的に預かってもらうことになった。
(軽トラック二台分のお菓子が届いたら、テロン男爵もびっくりするだろうなぁ)
それでもニャジへの大切な報酬である。
(ニャジさんがご機嫌になってくれたら、それでいいや!)
配送の手続きを終え、ミレイユは満足そうに頷いた。
これで準備は整った。
そして何より――。
父も冒険家たちも抜きの、今度こそ本当にヴァルと二人きりだった。
(ふふふ……調査旅行!
しかも二人きり!)
先ほどまでの買い物も楽しかった。
この調子なら、きっと旅行も楽しい。
(早く出発の日にならないかな!)
ミレイユは今から楽しみで仕方なかった。




