第26話 二人きりがいい!
ミレイユは、自室に戻るなり出かける準備を始めた。
こういう時の彼女は、誰よりも行動が早い。
(絶対そうだ……母上はもう分かってたんだ。
母上が私に“無茶な宿題”なんて出すわけがない。
レストランに出てくるような果実なら、平民の皆さんは既に商売として成立させてるはず……!)
ミレイユはそう確信すると、自室を飛び出し、伯爵邸の廊下を猛烈な勢いで駆け抜けていた。
ちょうど廊下の角を曲がったところで、ヴァルが声をかけた。
「あ、ミレイユ!
相談したいことがある。
持っていく荷物の件だが……あれ?」
すれ違ったはずのミレイユは、彼の存在に気づいていない。
頭の中は、最初にどこを調査すべきか、それだけでいっぱいだった。
ただ前だけを見て走っていく。
ヴァルは立ち止まり、ぽつりと呟いた。
「……何があったんだろう?
冒険にどうしても必要な物があって、街まで買いに行ったのか?」
ミレイユは玄関を飛び出し、エアビークルに飛び乗る。
機体が浮き上がると同時に、市場へ向けて一直線に加速した。
(まずは――ニャルシア・ベリーとニャグネム・サンメロンを出してくれた、あのレストランだ!)
◇◇◇
先日ヴァルに連れてきてもらった高級レストランの前に、ミレイユはエアビークルを降ろした。
昼下がりのニャリンダルの街は穏やかで、店の外観は以前と同じく上品な佇まいを見せている。
扉を開けると、すぐに店員が気づいた。
「これは伯爵夫人様。本日はどういったご用件で?」
丁寧な一礼。
ミレイユは少しだけ微笑み、落ち着いた声で答えた。
「いえ、お食事をいただきたくて……。前回いただいたデザートが、とても気に入りましたの」
「そうでございますか。それは光栄です。どうぞ、こちらへ」
店員は慣れた手つきで奥の個室へ案内した。
静かで落ち着いた空間。
ミレイユは席に座ると、迷いなく注文を告げた。
「ニャルシア・ベリーと、ニャグネム・サンメロンの……おまかせデザートをお願いします」
「かしこまりました」
しばらくして、前回とは異なる盛り付けの、立派なデザートセットが運ばれてきた。
皿の上には色鮮やかな果実が美しく盛り付けられ、甘い香りが漂っている。
ミレイユはそっと鼻を近づけ、香りを楽しんだ。
そして一口、口に運ぶ。
(うん……やっぱり美味しい。とても新鮮。
量も十分……これは、安定して供給されてる証拠だと思う)
ミレイユは確信した。
そして手を上げ、ウエイトレスを呼んだ。
「失礼ですが、シェフの方と少しお話できますか?」
「かしこまりました。お呼びいたします」
数分後、白衣のシェフが個室に現れた。
「本日はご来店ありがとうございます、伯爵夫人様。お口に合いましたでしょうか?」
「ええ、とても。香りも味も素晴らしいわ。
この果実の扱い方……本当にお上手ね」
シェフは照れたように笑い、胸に手を当てた。
「お褒めいただき光栄です。素材が良いので、私どもも助かっております」
ミレイユは軽く頷き、本題を切り出した。
「ところで……これは珍しい果実のようですが、市場に出回っているのですか?」
シェフは一瞬だけ目を瞬かせた。
だがすぐに、穏やかな表情で答えた。
「はい、夫人。実は――」
ミレイユは身を乗り出した。
「この惑星首都ニャリンダルでは、それほど出回ってはおりません。
非常に希少価値の高い果実となります」
シェフは丁寧に説明を続ける。
「ですが、手に入らないわけではありません。
定期的に入荷します。
ただ、量が少ないため、全てのお客様に手頃な価格で提供するには至っておりません」
ミレイユは頷いた。
「そうなのですか。
惜しいですね。
こんなに美味しいのに……。
定期的に、どこで手に入れることができるのですか?」
シェフは少しだけ言い淀んだ。
しかし、伯爵夫人であるミレイユの前では隠す理由もない。
「はい。
本当はあまり明かしたくはありませんが、ほかならぬ伯爵夫人様です。
いつもご贔屓いただいておりますので、特別にお伝えすると……市場の3番区画にある、ニャーロット商会さんです。
そこでしか、この果実を扱っておりません」
ミレイユは目を見開いた。
「そうなのですね。何とか販路が広がるといいのですが」
「そうですね……」
シェフは控えめに微笑んだ。
その後、料理の話や果実の扱い方など、軽い雑談を交わしながら食事を終えた。
ミレイユは丁寧に礼を述べ、店を後にする。
店の扉が閉まると、ミレイユは勢いよく顔を上げた。
「次はニャーロット商会だ!」
エアビークルへ乗り込むと、市場に向けて走り出す。
◇◇◇
ミレイユは市場の3番区画へ向かい、エアビークルを小さな店の前に止めた。
そこにあったのは――「商会」というより、個人経営の小さな果物屋だった。
店構えは小さく、古い看板も少しくたびれている。
店の前に立つと、ミレイユはそっと声をかけた。
「ごめんください」
奥から陽気な声が返ってきた。
「はいはーい、今日はバナナの特売だよー!
……ひゃあー!?
伯爵夫人様?!」
店員の男は、手に持っていたバナナを落としそうになりながら慌てて姿勢を正した。
ミレイユは苦笑しながら手を振った。
「こ、こんにちは。そんなに驚かないでくださいよ」
「ご、ご機嫌うる……うるわし……煩いし……しゅう……」
緊張で言葉が崩壊していた。
ミレイユはくすりと笑い、優しく言った。
「ふふ。普通に話していただいて大丈夫ですよ。
私、ほとんど平民と変わらない暮らしをして育ったので」
「は、はい……!
今日は何の御用すかね?
バナナっすか?」
「バナナ、美味しそうですね。一房ください。
屋敷のみんなへのお土産に買って帰ります」
「まいどありー!」
店員は嬉しそうに袋詰めをした。
ミレイユは、自然な流れで本題を切り出した。
「ところで……ニャルシア・ベリーと、ニャグネム・サンメロンも扱っているんですか?」
店員の手が止まった。
「……それ、どこで聞きました?」
ミレイユは一瞬だけ身構えた。
(あ……極秘事項? 警戒された?)
しかし次の瞬間、店員は顔を輝かせた。
「伯爵夫人様に伝わるくらい、おいらのベリーとメロンは有名になったっすか!
うわー嬉しいな!」
ミレイユは拍子抜けして目を瞬かせた。
「え?」
店員は胸を張って説明した。
「あれはニャリューシャ地方にいる、うちの兄貴がたまに空輸してくれるんす。
ホテルやレストランに卸してるっす」
「やっぱりニャリューシャ地方?」
「はい!」
「お兄さんは栽培に成功したんですか?」
店員は首を横に振った。
「いんや、あれは栽培には向かないんすよ。
だから自生地のものを収穫してるんす」
「自生地までの道を開拓したんですか?」
「違いますよぉ。普通に取りに行くなんて無理っす。危険すぎる。
かといって道を切り拓いたら、自生地まで荒らしてしまうっす」
「でも、その危険の中で、お兄さんは定期的に収穫している?」
「兄貴しか知らない入手ルートがあるみたいっす。
兄貴を紹介しましょうか?」
ミレイユが身を乗り出した。
「是非!」
◇◇◇
店員がホログラフ通信を行うと、店員そっくりの男が現れた。
「……ひゃあー!?
伯爵夫人様?!
ご、ご機嫌うる……うるわし……煩いし……しゅう……」
(弟とおんなじこと言ってる……)
この兄弟はニャジとニャゾという名で、ニャゾの紹介ですぐに話が通った。
ニャジは、ミレイユを歓迎し、その入手ルートを直接見せてくれるという。
二人に礼を言って、訪問の約束を取り付けた。
そしてすぐに伯爵邸へ戻った。
◇◇◇
伯爵邸に戻ると、ヴァルがすぐに駆け寄ってきた。
「ミレイユ、帰るのを待っていたよ。
実は持っていくもので相談が……」
ミレイユはおでこを手で押さえた。
(あちゃー、そうだった!冒険するんだった……)
「ん?どうした?」
ヴァルが心配そうに顔を覗き込む。
ミレイユは意を決して、ヴァルの目を見つめた。
「ヴァル!私は冒険には行きたくありません!」
ヴァルが急に残念そうな表情になった。
「じゃなくて……大勢での冒険は嫌です!
ヴァルと二人きりでニャリューシャ地方に調査旅行に行きたいですっ!」
ミレイユは言い切った。
その途端、ヴァルの表情が一気に明るくなった。
「そ、そうだな!二人きりの調査旅行も悪くないな!
よし、申し訳ないが、一旦冒険の準備は中止だ!
調査について話し合おう!!」
「え?あっ、はい」
(ヴァル……単純、ふふふ)




