第24話 材料調達
翌日、執務室。
ミレイユは、一晩かけて企画書を作った。
ニャルシア・ベリーと、ニャグネム・サンメロン。
この二つを使った新作香水を提案し、それぞれの香りの構成、ターゲット層、価格帯まで、丁寧にまとめ上げた。
そして、ルミナス・キャトレールに提出した。
後日、通信会議が行われ、ユッコとルミナス・キャトレールの担当者が画面に映っている。
「ニャルシア・ベリーと、ニャグネム・サンメロン」
ミレイユは落ち着いて説明を開始した。
「この二つで新作香水を……」
詳細資料はすでに共有済みで、画面にはプレゼン用の資料が映し出されている。
ミレイユが淀みなく説明を続ける間、担当者は資料にじっと見入っていた。
「……」
返事が来るまでの数秒が、やけに長く感じられた。
ミレイユは緊張で、手のひらに汗が滲むのを感じた。
そして――。
「素晴らしい」
担当者が大きく頷いた。
「弊社としては、ミレイユ様の御提案を承認します」
「本当ですか!?」
ミレイユは目を見開いて驚いた。
「ええ」
担当者が微笑んだ。
「セラフィナ・ヴォーグさんが推薦してくださるなら――」
「……!」
「経営企画会議も一発で通るでしょう」
「ありがとうございます!」
ミレイユは深々と頭を下げた。
『ミレイユ、やったね!』
会議中は真面目な表情を崩さないユッコが、画面外でこっそり携帯端末を操作し、メッセージを送ってきた。
ミレイユも相手に見えないように端末を確認し、短く返事をする。
『うん!』
そしてミレイユはユッコに笑顔を向けた。
その後、細かい条件を詰めて会議は終了し、通信が切れた。
◇◇◇
ミレイユは一人執務室に残り、気持ちを落ち着けようとしていた。
(やった……)
ミレイユは感慨深そうに、先ほどまで説明していた資料へ目をやった。
(母上の――思惑通りだった)
窓の外を見た。
(母上はすごいな)
心の中で呟いた。
(これ、卵が先か鶏が先か――みたいな話だ。
普通なら、企画して、検討して、磨いて、ようやく通す。
でも母上は逆だった。
先に“できる絵”を作って、企画書をそこへ寄せていく。
逆転の発想!)
再び脳内に母上が現れる。
『えっへん!
見た?ミレイユ。
これがビジネスのやり方の一つよ!』
ドヤ顔の母上。
(ふふ、そうだね、母上。勉強になりますっ!
商品開発って、普通は順番どおりに進めるものだと思う。
なのに母上は、その順番ごとひっくり返した。
すごすぎるよ!)
椅子に座った。
(母上には敵わないなぁ)
脳内母上が何か言おうとしたので、ミレイユは手を振って追い出した。
すぐに笑った。
(母上、わかってますってば!
……対抗心を燃やすのは20年早いよね!)
脳内母上がニコニコ頷きながら、立ち去っていった。
『競いたいんだったら20年間会社を経営した後で競いなさい』
(了解っ!)
深呼吸した。
(焦らず一歩ずつ)
拳を握りしめた。
企画書は通った。
でも――まだ問題が残っている。
次は、サンプルを用意しなければならない。
ミレイユは図鑑を開いた。
ニャルシア・ベリー。
ニャグネム・サンメロン。
どちらも――自生地が書かれている。
「……結構、奥地になるな」
地図を確認した。
熱帯雨林の深く、伯爵邸からはかなり遠い。
(安定して供給できるのかな?
一度、農家の主人に聞いてみようっと)
ミレイユは通信端末を取った。
主人が画面に映った。
ミャルティカ農園の主人だ。
「お世話になってます!」
「あ、お嬢さん!こちらこそお世話になっております」
「あの……おじさん。
この2種の果物なんですが……」
ミレイユは資料を見せた。
「ああ、ニャルシア・ベリーとニャグネム・サンメロンか」
主人が頷いた。
「栽培してますか?」
「いや」
主人が申し訳なさそうに首を振った。
「まだ栽培まではできてないんだ……」
「そう……ですか」
「天然物をまず確保するしかないな」
「天然物……。わかりました。そうですよね。
何でもかんでもすぐに手に入るとは限りませんよね」
「ああ、力になれなくて申し訳ない」
主人が真剣な顔で詫びた。
「いえ、おじさんにはミャルティカでいつも助けてもらっています!
ところで、これらはどこで手に入れるのがいいですか?」
主人は「何か役に立てないか」と、背後の端末に表示された資料を一生懸命めくっていく。
そして、ようやく該当ページを発見して地図を表示させた。
「熱帯雨林には確実に自生してる。
ニャリューシャ地方が最大の自生地だね。
ここのニャルシア・ベリーとニャグネム・サンメロンは帝国ホテルにも卸してる逸品だよ」
「そうなんですね」
(私が調べた内容と同じだ……。
やっぱりニャリューシャ地方しかないのか)
「でも――」
主人が続けた。
「結構、危険だぞ?」
「危険……?」
「熱帯雨林の奥地だからな。
猛獣も多い」
「……!」
「毒虫も」
「……」
「一人じゃ無理だ。お嬢さん絶対に無理しちゃだめだよ?」
主人がはっきり言った。
「そっか……。
大丈夫ですよ!もう無理しません。
私にはヴァルがついてますから!」
ミレイユが笑顔で頷くと、主人も安心したように微笑んだ。
「でも、ありがとうございます。
参考になりました!」
礼を言って、主人との通信を切った。
(どうしよう……?)
ミレイユは考え込んだ。
(一人じゃ無理。
でも、サンプルは必要。
セラフィナにも、ルミナス・キャトレールにも約束した。
なら――相談しよう。
もう私は一人じゃない!
よし、ヴァルと父上のところへ行こう!)
ミレイユは立ち上がって、ヴァルの執務室へ走った。
執務室に到着するとノックをして入室した。
中では、いつものようにヴァルと父が仕事をしていた。
ミレイユは二人に書類を手渡した。
「実は――」
ミレイユは、新作香水の話から原料確保の問題、熱帯雨林の奥地にある自生地、猛獣や毒虫の危険までを簡潔に説明した。
「なるほど」
父が頷いた。
「確かに危険だな」
ヴァルが、立ち上がった。
「でも――私が行こう!」
「え?」
「熱帯雨林の探索なら得意だ!」
ヴァルが微笑んだ。
「軍人として、サバイバル訓練も受けている」
「でも……」
(危険すぎる。
ヴァルにそんなことを……)
「大丈夫」
ヴァルがミレイユの肩に手を置いた。
「君のビジネスのために」
「……!」
ミレイユは胸が熱くなった。
「ありがとう、ヴァル!」
「いや」
ヴァルが照れくさそうに笑った。
「夫として当然だ」
ミレイユも笑みがこぼれた。
「それに――」
ヴァルが少し真剣な顔になった。
「君と……一緒に行きたいんだ」
「え?」
ヴァルが微笑んだ。
「冒険みたいで楽しそうだ」
「……!」
ミレイユは驚いた。
(ヴァルが一緒に来てくれる。
二人で冒険。
……ん?
んんーー?!
えー?!
冒険!?)




