第23話 ヴァルとのデート
久しぶりに伯爵邸へ帰宅――
ミレイユは元気よく玄関を開ける。
「ただいま!」
「ミレイユ!」
ヴァルが駆け寄ってくる。
「お帰り!」
「ただいま、ヴァル」
目が合うだけで、胸がほどけた。
彼の表情が、心底嬉しそうだったからだ。
「ミレイユ、帝都はどうだった?」
「うん、ヴァル。
全部うまくいった!」
「そうか!」
ヴァルが嬉しそうに笑った。
「良かった」
「……」
見つめ合う二人。
こんなにゆっくりできるのは久しぶりだった。
ミレイユの心臓が、早鐘を打つ。
「ミレイユ」
「はい」
「今日、夕食を一緒にどうだ?」
ヴァルが照れくさそうに言った。
「ミャルティカを食べに行こう」
「え?」
「君が作った香水の元になった果物だ」
ヴァルが微笑んだ。
「一緒に味わいたいんだ」
「……!」
ミレイユは胸が熱くなった。
ヴァルがそんな風に思っていてくれていた。
「はい!」
ミレイユが力強く頷いた。ヴァルがホッとした顔をした。
(もしかして、誘うのに結構勇気を出してくれたのかな?)
「是非行きましょう!」
◇◇◇
その日の夜。
ニャグネムIII最高級の店に到着すると、二人は席へ案内された。
おまかせのフルコースの最後に、デザートだけはミャルティカを指定した。
前菜、サラダ、メイン――皿が運ばれるたび、二人の会話も弾む。
「美味しそう……」
やがて、最後のデザートが運ばれてきた。
ミレイユがミャルティカを口に入れると――爽やかな甘み、トロピカルな香りが広がった。
「これ……すごく美味しい」
ミレイユの顔がほころんだ。
「ああ」
ヴァルが微笑んで同意した。
「君がこれをビジネスにしたんだな」
「え?」
「素晴らしいと思う」
ヴァルが真剣な顔で言った。
「この果物の魅力を、香水にして」
「はい……」
「多くの人に届けた」
「えぇ、みんなに手伝ってもらえたからできました。
ありがとう、ヴァル」
ミレイユは嬉しかった。
ヴァルがこれまでの頑張りを認めてくれた。
ミレイユはそのまま、ミャルティカをじっと見つめた。
その瞬間、別の果物が頭に浮かんだ。
(ニャルシア・ベリーと、ニャグネム・サンメロン……)
新作香水の原料で、母がセラフィナに約束したものだ。
(味はどうなんだろう。
香りは?
実際に確かめなきゃ)
「すみません」
ミレイユはウェイターを呼んだ。
「ニャルシア・ベリーと、ニャグネム・サンメロンはありますか?」
「はい、ございます」
「じゃあ、それも下さい」
「かしこまりました」
ヴァルが少し驚いた顔をした。
でも何も言わない。
いつも通りの優しい目でミレイユを見つめていた。
数分後、二つの果物が届いた。
ミレイユはすぐに皿を取り、見た目や香りを確かめた。
そして一口食べ、その味も確かめる。
ニャルシア・ベリー。
口に入れると――甘酸っぱい。でも、とても上品。
香りは――蜂蜜のようで、どこか花のような甘さもある。
(これは……)
ミレイユは頭の中で、香水の構成を組み立てる。
トップは、マスカット。
ミドルは、蜂蜜と夜光ベリー。
ラストは、白花。
(母上、前に食べたことあったのかな?
香りの想定が的確すぎる……)
次にニャグネム・サンメロン。
爽やかで、太陽みたいに明るい。
こちらも一通り香りを確かめた後、一口頬張る。
(香水にするなら――
トップは、メロンとパッションフルーツ。
ミドルは、太陽光アコード。
ラストは、ゴールデンアンバー。
これも母上の予想通り!?
あー、メモを取りたい。
でも、今は食事中、うぅー!)
ミレイユは全神経を集中させ、味と香りを頭に刻み込んだ。
「ミレイユ?」
ヴァルの声が遠くで聞こえる。
「……」
しかし、ミレイユは気づかない。
香りの構成。
配合比率。
ターゲット層。
「ミレイユ??」
もう一度、ヴァルが心配そうに呼びかけた。
「……」
「ミレイユ!」
そして少し強めに。
「え?」
ミレイユはハッとした。
ヴァルが心配そうな顔で見ている。
「聞いてる?」
「あ、ごめんなさい!」
ミレイユは慌てた。
(ダメだ……ビジネスのことで頭がいっぱいになってる。
せっかくのデート。
久しぶりの、二人きり。
ヴァルが誘ってくれて……これってずっと望んでいたこと。
ヴァルが誘ってくれたのに――私は、ちゃんと“ここ”にいない)
その時、脳内に母上の笑顔が浮かんだ。
『ビッジネス、ビッジネース!
ミレイユ、頑張ってね!』
脳内の母上がニコニコしながら、応援してくれてる。
(いや、今は迷惑だよ、母上!
……もう!
母上、私の夫との時間を盗らないでっ!)
脳内の母上が「おっと」という顔で口を押さえ、ちょこちょこと去っていった。
(よし……)
「ごめんね、ヴァル」
ミレイユは謝って、慌ててフォークを取った。
ニャグネム・サンメロンを一切れ刺す。
そして――。
「あーん」
ヴァルに差し出した。
「え?」
ヴァルが固まった。
顔が真っ赤になる。
「あ、あーん……」
ヴァルは照れながら、大きく口を開けた。
ミレイユがサンメロンをヴァルの口に入れる。
ヴァルはサンメロンを味わいながら、嬉しそうに言った。
「美味しいね」
ミレイユは、ヴァルの顔をじっと見つめる。
(ふふ、満足そう。ご機嫌でとっても嬉しそうなヴァル。
……可愛い。
なのに――。
私の頭の中は、まだ企画書でいっぱいだ。
香水化の構成……。
トップは……。
ミドルは……)
楽しいひと時のはずなのに――。
(ダメだ……私、ちゃんと笑えてない)




