第22話 独り立ち
帰路、宇宙船の中。
「お疲れ様!うまくいったわね」
母上が携帯ボトルのお茶を手渡しながら、満足そうに言った。
「はい」
ミレイユもボトルを受け取り、笑顔で頷いた。
「セラフィナさん、素敵な方でしたね」
「ええ」
母上はそのまま、窓の外を見た。
「彼女は、本物よ」
「本物……」
「本来、お金じゃ動かない。
アロマティークはよほど強引に大金を使ってセラフィナを勧誘したみたいね。
彼女も仕方なく折れたんだと思うけど、結局不満が残った。
だからこそ、私たちの話に乗ってきたってわけ」
母上は淡々と説明した。
「本当に良いと思ったものしか推薦しない。それが彼女の本質なのよ」
「だから信頼されてる……」
「そう」
母上はミレイユを見ると、いつも通りのとびきり明るい笑顔を向けた。
「ミレイユも……そうなりなさいね!」
「え?」
「本物を追求しなさいってこと」
母上は優しい笑顔のまま続けた。
「それが、長く続く秘訣よ」
「はい」
ミレイユは力強く頷いた。
「そういえば母上。
いつのまにあんな新作の話を進めてたの?」
急に母上の表情がお茶目な感じに変わった。
(あれ?これってまさか……?)
「あぁ、あれ?
何にも進んでないわよ。話すらしてない。
でも直感でね。
材料として強いし、ルミナス・キャトレールに任せれば最高の品になる……
そんな気がちょこっとだけしたの」
「え?えぇぇーー!!
で、でも、商品化されなかったら?」
「別にいいんじゃない?ごめんね、セラフィナ。
ルミナス・キャトレールの経営者がいきなりひっくり返して……。
この埋め合わせは別の事で必ず!
……って言っておけば?」
母上がウィンクしながら舌を出した。
「て、適当すぎる!!」
「あはは、こういうのも必要よ?
それに順番が逆だけどさ。
セラフィナが宣伝してくれるって言ったら、ルミナス・キャトレールの企画会議が一発で通るわよ、フフフ」
母上は一瞬だけ、昔の敏腕社長の顔を覗かせた。
でも、すぐにいつものお茶目な母上に戻る。
「母上……なんで男爵夫人なんかやってるんです!?
社長になればいいのに!」
「そりゃ、お父さんのことが好きだからよ」
「はぁ……ごちそうさまでした」
◇◇◇
窓の外を星々が流れていく。
その先にあるのは、ニャグネムIII。
ヴァルが待っている。
(これは私だけのビジネスじゃない。
ヴァルや父上もいっぱい手伝ってくれてる。
この事を早く伝えたいっ!!)
ミレイユは鼻の穴を膨らませながら、大きく息を吸った。
「ふんっ!」
思わず握る拳に力が入った。
(今度こそ完全勝利する!)
「何て顔してるのよ」
母上が笑いながらミレイユの手を包むようにして握った。
「あと1ヶ月ね」
「はい」
「準備、頑張りましょう」
「はい!」
二人は笑い合った。
(ありがとう、母上)
◇◇◇
ミレイユは母上と一緒に、ニャグネムIII宇宙港へ降り立った。
目の前には熱帯雨林が広がっている。
(ちょっと離れただけなのに――なんか懐かしいな)
「そういえばミレイユ」
そう言うと、母上が振り返った。
「手伝ってあげるのは、今回が最後だからね?」
「え?なんで?」
ミレイユは驚いて思わず声を上げた。
「ミレイユの事業なんだからミレイユが自分でやらなきゃ」
母上が真剣な顔で返した。
「あんまりお母さんがでしゃばると、いなくなった時に何も決められなくなるわよ?」
ミレイユは目を見開いた。
「そっ、そっか。そうだね」
すぐに頷き、笑顔で続けた。
「ありがとう、母上」
「でも、勘違いしちゃだめよ」
「何が?」
「手伝わないとは言ったけど、相談に乗らないとは言ってないからね」
母上が優しく微笑んだ。
「自分自身で背負い過ぎないこと」
「うん、ありがとう」
ミレイユの素直な返事に、母上は満足そうに続けた。
「それとね。お母さんと比べて、自分を責めないこと」
「え?」
「『お母さんならできたのに』って、悩まなくていい」
母上がミレイユの肩に手を置いた。
「お母さんと競いたいんだったら、20年間会社を経営してから競いなさい」
「あはは、そうだね、今は勝てるわけない」
ミレイユは納得したように笑った。
「母上と同じようにって思うと潰れちゃうもんね」
「おっけ!その通り!
じゃあ、頑張ってね!」
母上が明るく言った。
「あっそうだ」
「何?」
「セラフィナにあそこまで言った以上、手ぶらじゃ済まないよね?」
母上がニヤリと笑った。
「新作香水――企画書だけは、ちゃんと通しておいてね」
「うん、わかったよ」
母上はタクシーに乗り込み、男爵邸へ帰っていった。
「ミレイユ、頑張ってね!」
母上はいつもの特上の笑顔で手を振った。
「はい!」
ミレイユも笑顔で手を振り返した。
タクシーが遠ざかり、小さくなっていく。
そして――見えなくなった。
(ありがとう、母上)
心の中で呟いた。
(これからは、一人で大事なことを決めていかなきゃいけない!
もちろん不安はいっぱいある。
でも――母上が信じてくれている。
この私を。
だから頑張ろう!!)
深呼吸した。
「ふぅぅぅ!!」
目を見開いて、口を尖らせ、気合を入れて息を吐き切った。
隣で母親に抱かれてぐずっていた赤ちゃんが、ミレイユの顔を見た途端に笑った。
それに気づいた母親が、なぜか申し訳なさそうに頭を下げる。
「あっいえ……」
(うあぁ。変顔してたわけじゃないよ!
恥ずかしぃ!!)
ミレイユは真っ赤な顔のまま、迎えの公用車が待つ駐車場へ足早に向かった。




