第19話 セラフィナを味方に
(私の“原点”。
私が一番好きで、一番誇りを持っているもの)
「まさか、香水で完全勝利を?!」
「そう!」
母が力強く頷いた。
「オイルは釣り餌よ」
「え?!えー!!釣り餌……!?」
「ええ」
母がホワイトボードに図を描き始めた。
《第一段:ピュアスキンオイル》
→市場に参入
→敵の注意をオイルに向ける
《第二段:ミャルティカ香水》
→本命
→完全勝利
「邪魔者が釣り餌の方に寄ってきたから」
まるで戦場の名軍師のように母がニヤリと笑った。
「その隙に、私たちは本命の香水で勝つの!」
「母上!?」
ミレイユは驚きつつも興奮を抑えきれずに、勢いよく問い返した。
「でも、どうやって?!」
「私たちも、やっと大物インフルエンサーを使うの」
母が落ち着いて説明した。
「え?」
「オイル宣伝は、アロマティークによって、たくさんのインフルエンサーが発信してるわね」
「はい……」
「だから、インフルエンサー本人も面白みは薄いの」
母がデータを見せた。
「みんな同じこと言ってるから」
「そうか……!」
「ブルームオイルのキャンペーン」
母が画面を映し出した。
何十人もの有名なインフルエンサーが、みんな同じことを言っていた。
『ブルームオイル、最高!』
『時短できる!』
『便利!』
「これじゃ飽和してるのよ」
母が微笑みながら説明した。
「インフルエンサーたちも差別化できてない」
「……差別化?」
「うん、インフルエンサーもフォロワーも刺激がない。
そんな状況でね」
母が目を輝かせた。
「本当に質の良い香水を宣伝したら?」
「……みんな食いつく!」
「そう!フォロワーが自然な流れで拡散し始める」
母が力強く言った。
「そして、それに着目したインフルエンサーはセンスが認められる」
「センス……」
「そう」
母が笑顔で頷いた。
「『私が見つけた、本物の香水』ってね」
「なるほど……!」
父が感心した顔。
「オイルは、もう差別化できない」
母が続けた。
「でも、香水なら……?」
「新鮮な感じがする……!」
ミレイユは理解した。
「その際に――」
母がさらに説明した。
「背景としてピュアオイルを使ってもらうのよ」
「背景?」
「『この香水には、これが合うわ』って、さりげなく」
母がニヤリと笑った。
「オイル宣伝はおまけのタダ乗り」
「……!」
「でも、オイルブームの地盤がアロマティークのおかげで出来てるから」
母が力強く言った。
「十分効果があるわ!」
ミレイユは呟いた。
「すごい……」
(一石二鳥。
いや、一石三鳥。
香水を売って、オイルも売って。
しかも、インフルエンサーが喜ぶ。
それでいて、最も心配な初期拡散経費はアロマティークに押し付けた!?)
「さらに――」
母が続けた。
「彼らは3ヶ月の壁にぶち当たってる」
「3ヶ月の壁……」
「そう」
母がデータを見せた。
「ブルームオイルのリピート率、落ちてきてる」
グラフが下降曲線を示している。
「平均使用継続期間、3ヶ月」
母が説明した。
「もう、その時期に入ってる」
「……!」
「だから、オイルの対策に躍起よ」
母が分析した。
「次は香りを邪魔しない、無香の対抗オイルを出してくる可能性すらあるわ」
「無香の……!」
「そう、私たちが作ったブームに乗っかる企みで、後続として同じ路線で来る。
後続は先発を上回る質で出すことで、一気にシェアを奪えるからね。
いわゆる後出しじゃんけんね」
母がニヤリと笑った。
「アロマティークは、私たちのピュアスキンオイルに対抗するのに必死なはず。
そうなったら香水に関して、積極的にさらに良い商品を用意する余裕はないかも。
香水よりもまずは私たちのオイルを全力で潰しに来るって感じかしら?」
「でも、それって――」
ミレイユはハッとして呟いた。
「無香オイルなら私たちの香水と併用できる……!」
母が拍手した。
「その通り!
オイルでの完全勝利は初めから狙ってないから、負けてもノープロブレム!
むしろ併用できる方が重要!
オイル分野の発展に力を入れてくれて、サンキュー!」
爽やかな笑顔で語る母は、まるで策士。
「まさか私たちの本命が香水の売り込みと気づいた時には遅い」
「……!」
「彼らの新作オイルが、私たちの香水応援商品になることもあるかもね」
母が楽しそうに言った。
「すごい……」
ヴァルが呟いた。
「完璧な戦略だ……」
「でしょ?」
母が得意げに笑った。
「そして――」
母が資料を出した。
「大物インフルエンサーはこの人」
画面に美しい女性が映る。
セラフィナ・ヴォーグ。
「……!」
「帝都最大のインフルエンサーよ」
「知ってます……」
フォロワー数は500万人。
帝都で知らない人はいない。
「彼女を味方につける」
母が力強く言った。
「だが、そういう芯のあるインフルエンサーは金では動かないのでは?」
父が疑問を返した。
「ええ、多分そうね」
母が微笑んだ。
「だから、本物を見せるの」
「本物……」
「キャトルーナ・ミャルティカ」
母がサンプルを取り出した。
美しいボトル。
トロピカルの香水。
「これと――」
母がもう一つ取り出した。
ピュアスキンオイル。
「この組み合わせを提案する」
「組み合わせ……」
「そう」
母が説明した。
「ピュアスキンオイルを塗って」
母が実演する。
「その上から、ミャルティカを」
シュッ。
香りが広がる。
「……!」
素晴らしい香り。
トロピカルで華やか。
でも、肌は潤っている。
「オイルの保湿効果と香水の香り」
母が微笑んだ。
「完璧な、組み合わせ」
「すごい……」
「これを、セラフィナに見せる」
母がミレイユを見た。
「彼女なら、わかってくれる」
「……」
「本物の良さを」
母が力強く言った。
「ミレイユ、一緒に帝都へ行きましょう」
「はい!」
ミレイユは力強く頷いた。
「では、明日出発ね」
母が立ち上がった。
「ミレイユ、準備しましょう」
「はい!」
ミレイユも立ち上がった。
二人で部屋を出る。
残されたヴァルと父。
「……」
ヴァルが深いため息。
「また、か……」
父が苦笑した。
「義母が夫から妻を奪ってはいけないな」
父は真面目な顔で嗜めるように呟いた。
「今度、レイシアを叱っておきます」
ヴァルは苦笑いを浮かべたが、もしこの場にミレイユがいたら『お前が言うな!』と怒ったところだったろう。




