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父上、私の夫を盗らないで!  作者: ひろの
第二章 ブランド戦争編

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第16話 母の逆襲

三人で、資料を見つめていた。

もう、何時間経っただろう。


アロマティーク・ニャルディアの戦略――完璧すぎる。

弱点が見つからない。


「……」


ヴァルがため息をついた。


「厳しいな」


「ええ……」


父も難しい顔をした。


ミレイユは――。

何も言えなかった。


(どうすれば……)


答えが出ない。

時間だけが無為に過ぎていく。


その時――。

コンコン。


ノックの音。


「……?」


三人が顔を見合わせた。


「入れ」


ヴァルが言うと扉が開く。

そして――。


「こんにちは!」


一際明るい声。

入ってきたのは――。


「レイシア!?」


父が椅子から飛び上がった。


「母上!?」


ミレイユも驚いた。


(レイシア=ミャルフォード。


 私の母。

 私にそっくりな明るい笑顔)


「あはは」


母が遠慮がちに笑った。

そしてチラッとだけ父の方を見る。


「表舞台にはあまり携わらないつもりだったんだけど」


「レイシア……」


父が複雑な顔をした。


「ユッコちゃんに助けて欲しいって言われて」


母が部屋に入ってきた。


「それに娘が困ってるのを黙ってられないでしょ?」


母は資料をサッと見た。

そして――。


「状況は大体聞いてるわ」


力強く言った。


「こんなの悩むほどでもないじゃない。

 みんな何言ってるのよ」


「え?」


三人がきょとんとした。


「頭が硬いわ」


母が資料を置いた。


「これのどこが完璧なのよ。よっぽどミャルティカが脅威だったのね。

 だから慌てて考えたんでしょうね。

 粗だらけの対抗策じゃない」


「粗だらけ?これが??」


「どうして世の中の女性が企業の思惑なんかにずっと縛られ続けると思うの?」


「縛られ続ける……?」


「そうよ」


母がニヤリと笑った。


「あんな他の香りに干渉する美容オイルなんて、使いにくくて仕方ないじゃない」


「……!」


「人の好みなんて千差万別よ。

 一つの香りを押し付けられて、喜ぶと思う?」


母が窓の外を見た。


「色んな香りを楽しみたいに決まってるじゃない!」


「……」


「飽きるわよ!周りのみんなが同じ香りなんて」


母が振り向いた。


「一過性よ、一過性」


「一過性……」


ミレイユは呟いた。

胸のあたりが、急にふっと軽くなる。


(そうか!

 ブームは永遠じゃない。

 しかもこんな歪んだブーム)


「でも、美容オイルブームには乗った方がいいわね」


「え?乗る?!」


母が資料を広げた。


「バイラルマーケティング費用が浮くから」


「はぁ?」


「何が言いたいかわからない?」


母がフフフと声を出して笑った。


「私たちも美容オイルを開発するのよ。

 地盤が出来てるから宣伝不要よ」


「……!」


「そして、それは――」


母が指を立てた。


「ミレイユの香水とも親和性があるものをね!」


「母上!?」


「こういうのはどう?」


母がホワイトボードに書き始めた。


《無香 × 美肌 × 熱帯産 × 大量生産》


「新ジャンルを作るの」


「新ジャンル……?」


「そう」


母が説明し始めた。


「香りを邪魔しない美容オイル」


「……!」


ハッとした。


「冷涼系香水ブームの弱点は、ここ。

 長所風に書いてるけど、実は短所そのものじゃない。

 ほんと、言い方ひとつよね」


母がホワイトボードにリストを書いた。


香りが強い

香りの系統が限定される

他の香水や柔軟剤と香り被りが起きる

職場や学校で使いにくい

香水を複数持っている女性ほど不便


「そうか……!」


ヴァルが立ち上がった。


「香りが強いから、制約がある」


「そう」


母が頷いた。


「でも、無香なら?」


「どんな香水とも、併用できる……!」


父が目を輝かせた。


「その通り」


母が微笑みながら、二人に向けて拍手する。


「キャッチコピーは、こんなのはどう?」


母が書いた。


《好きな香りを邪魔しない自由》

《香りはあなたのもの。オイルは黙って支えるだけ》


「……!」


胸が熱くなった。


「これなら――」


ミレイユは立ち上がった。


「ミャルティカの香水とも、併用できる!」


「そう」


母が微笑んだ。


「しかも、ミャルティカに限らない。

 既に持っている他の香水とも併用できる」


「つまり……」


ヴァルが分析した。


「ニャグネム・ブルーム・オイルより、使いやすい!」


「その通り」


母が次のページを開いた。


「そして、製品名は――」


《ニャグネム・ピュアスキンオイル》


「成分は?」


父が前のめりになった。


「一昔前にこの星系で流行ったやつだけど……

 ブームって本当に一周して戻ってくるのね。

 熱帯産の無香性植物から抽出するの」


母が説明した。


「肌の水分保持力が凄く強力」


レイシアがヴァルを見る。


「ベタつかず、すぐに馴染む」


そして父を見る。


「香りが完全にゼロ」


最後にミレイユを見て、母が力強く言った。


「香水・ミスト・美容オイル、なんでもオッケー!」


三人が母に注目する。


「ずばり原料は――

 ミャルシード・パーム」


母が資料を見せた。


《Myalseed Palm》

「熱帯の強い日差しでも枯れない」

「種子から採れるオイルは完全無香」

「肌の修復効果が高い」

「大量に育つので、コストが安い」


母がニヤリと笑った。


「コストが安い……!」


ミレイユは口を大きく開けて驚いた。


「平民でも買える価格帯にできる。

 懐かしいなぁ。

 私もミレイユくらいの年でよく使ってたわ」


遠い目をした後、母が計算書を見せた。


「大量生産 × 安価 × 高品質」


「……!」


「帝都の商社が飛びつくわ」


母が自信満々に言った。


「しかも――」


母が窓の外を見た。


「ここは熱帯惑星」


「……!」


「ミャルシード・パームは、捨てるほど自生してるわ」


「母上……!」


涙が出そうになった。

完璧な戦略。

完璧な製品。

全部、母が考えてくれた。


「レイシア……」


父が複雑な顔をした。


「すまない」


「え?」


「私が力不足で……」


「何言ってるの」


母が父の手を握った。


「あなたは内政のプロでしょ?」


「でも……」


「私はビジネスが得意なだけ」


母が優しく微笑んだ。


「それぞれの得意分野よ」


「レイシア……」


「それに――」


母がミレイユを見た。


「ミレイユが困ってるんだから、力を貸すのは当然!」


「母上……」


母の愛情、家族の絆。

その全てが温かかった。


「さあ」


母が拍手で合図した。


「早速、動きましょう。

 あなた、動くのは得意でしょ?」


レイシアは優しい笑顔で、アレクシオンに視線を向けた。


「あぁ、任せてくれ!」


父上の目に熱い光が灯る。


「ヴァル様、娘をお願いいたします」


「あぁ、私は全力で支えると決意している」


ヴァルがやさしい目でミレイユを見た。


「じゃあ!行った行った!

 ノロノロしている暇はないわよー!」


再びレイシアが拍手を繰り返してカツを入れる。


「はい!」


三人が同時に答えた。


「まず、ミャルシード・パームの確保」


母がリストを作った。


「ヴァル様、この星のどこに自生してる?」


「熱帯雨林のあちこちに」


ヴァルが地図を広げた。


「ここ、ここ、ここ」


「じゃあ、すぐに採取できるわね」


「ああ」


「次に抽出設備」


母が父を見た。


「あなた、作れる?」


「もちろんだ」


父が力強く頷いた。


「すぐに手配する」


「ありがとう」


母がミレイユを見た。


「ミレイユ、ユッコちゃんに連絡して」


「はい!」


「ルミナス・キャトレールに新製品の提案!」


「わかりました!」


ミレイユは通信端末を取り出した。


「それと――」


母がニヤリと笑った。


「CGTにも連絡」


「え?」


「キャトリンクス総合交易社、ユッコちゃんの会社にも売り込むわよ」


「……!」


「大手商社だから、販路が広い」


「そうか……!」


「二社で挟み撃ちよ」


母が戦略を説明した。


「ルミナス・キャトレールで、高級路線」


「あ……」


「CGTで、平民路線」


「あぁぁ……!」


「両方の市場を押さえる」


母の目が輝いていた。


「すごい……」


ミレイユは呟いた。


「母上、すごすぎる……」


「あはは」


母が照れくさそうに笑った。


「昔取った杵柄よ」


「昔……」


父が遠い目をした。


「レイシアは本当に優秀なベンチャー社長だった」


「もう、やめてよ」


母が、恥ずかしそうに言った。


「でも、ミレイユの出産を機に引退した」


ヴァルが言った。


「なぜ?」


「……」


母が父を見た。

父も複雑な顔。


「内緒――」


母が小さく笑った。

そしてミレイユの耳元でミレイユだけに聞こえるように小声で呟いた。


「お父さんが拗ねちゃうから」


「……!」


笑いを堪えながら、父の方を見た。


「レイシア……なんて言ったんだ?」


父が申し訳なさそうな顔。


「お父さん、頼りになるから私が必要なくなったの。

 って言ったの。

 現にミレイユのためにしっかり戦ってくれてる。

 頼もしいわ」


母が力強く言った。


「いや、そんなことは……」


父は照れくさそうに笑った。


(うまく転がしてる……)


「母上……!これなら何とかなる気がします!」


涙が溢れた。


ヴァルが横にきて手を握った。


「あぁ、これならやれる!」


ミレイユも、ヴァルを嬉しそうに見つめ返した。

そのミレイユの笑顔を見て、ヴァルの表情が少しだけ揺らいだ気がした。


「そっ、そうだ、ミレイユ。

 安心したらなんだか小腹が空いたな。

 実は、私もそのミャルティカを食べてみたいんだ。

 一緒に……どうだ?」


「さあ、みんな、動きましょう!」


母が立ち上がった。


「時間がないわ、行くわよ、ミレイユ!

 CGTは甘くないわ! 口先だけでは通せないわよ。

 提案書の書き方、教えてあげる!」


「あ、はい! 母上! 行きます!」


ミレイユは母について部屋から退出した。

背後に取り残されたヴァルが、小さくため息をついた気がした。


「……義母上、私の妻を盗らないでください……」

挿絵(By みてみん)

【あとがき】

第16話をお読みいただきありがとうございました!

超ポジティブ・アグレッシブ・パワフル母上が一気に盤面をひっくり返しました。


どうやらこの中で一番優秀なのは母上かもしれません。

この父と母の血を継いだミレイユなら、すっごいビジネスをやれるかもしれませんね!

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