第15話 新たな脅威
ヴァルの凱旋から一週間。
プロジェクトは順調だった。
企業傭兵が小規模海賊を抑え、ヴァルが大規模海賊を壊滅させた。
もう海賊の脅威はない。
輸送は完全に安全になった。
ルミナス・キャトレールへの出荷も順調だ。
(これでバイラルマーケティングに集中できる)
ミレイユは資料を整理していた。
ユッコと相談して、計画を立てる。
帝都でのプロモーション。
インフルエンサーへの提供。
美容雑誌への広告。
その全部をもう準備していた。
海賊騒動で遅れていたけど、今ならできる。
(さあ、これから――やっるぞぉ!!)
その時――。
通信端末が鳴った。
ユッコからの緊急連絡だった。
「ミレイユ! 大変!」
画面に映ったユッコの顔が、いつもと違う。
珍しく深刻な表情。
「どうしたの?」
「帝都の様子がおかしい!」
「え?」
「今すぐデータ送る。見て!」
画面に資料が映し出された。
ミレイユは、それを見て――凍りついた。
「アロマティーク・ニャルディアが動いたの」
ユッコが深刻そうに言った。
「アロマティーク・ニャルディアの傘下の化粧品部門が、新製品を発売したわ」
画面に商品が映る。
美しい青いボトル。
深海を思わせる、神秘的な色。
《ニャグネム・ブルーム・オイル》
「香る、美容オイル……?」
「そう。香水じゃない。スキンケア」
ユッコが説明した。
「肌に塗るとほのかに香る」
「……!」
「香水より自然で、香りが長持ちするって」
画面に商品説明が映る。
『海洋惑星ニャグネムII産』
『深海藻から抽出した、奇跡のオイル』
『肌に塗るだけで、ほのかに香る』
『美肌効果も』
「それって……」
「うん。香水の代替品」
ユッコの顔が暗い。
「しかも、バイラルマーケティングが完璧……」
画面が切り替わると、SNSの投稿が大量に映し出された。
『香水はもう古い!』
『これからは香るスキンケア!』
『ニャグネム・ブルーム・オイル最高!』
『香水禁止の職場でも使える!』
『肌が綺麗に見える!』
インフルエンサーたちが、大量に投稿している。
どれも、絶賛。
どれも、同じ論調。
「美容雑誌も特集記事連発してる」
ユッコが雑誌の画像を見せた。
『新時代の美容革命』
『香水を超える、香るオイル』
『もう香水は要らない?』
「まずい……」
ミレイユは唇を噛んだ。
「ミレイユ、もっと悪いニュースがある」
「まだ、あるの?」
「うん」
ユッコが成分表を見せた。
「このオイル、ニャグネムIIの深海藻から抽出されてる」
「ニャグネムII……」
父の手がけた星。
元々、セリューヌ伯爵の領地で、今はガルディオの領地。
(まさか……やっぱりガルディオ!?)
「そして、このオイルとミャルティカの香水は――」
ユッコがデータを指差した。
「香りが喧嘩するの」
「喧嘩……?」
「うん。なんて言うか、両方つけるとどちらの良さも……ぼやけるの」
「……!」
「つまり、消費者はどちらか一方しか選べない」
ユッコが市場データを見せた。
「そして今、流行してるのは――」
グラフがびっくりするくらい急上昇している。
《ニャグネム・ブルーム・オイル》
「キャトルーナ・ミャルティカは……」
グラフが横ばい。
いや、下がり始めている。
「時代遅れに……されてる?」
ユッコが悔しそうに言った。
「『香水はもう古い』って、キャンペーンが効いてる」
「そんな……」
画面を見つめた。
数字が現実を示している。
ミャルティカの香水が売れなくなっている。
「それだけじゃない」
ユッコがまた資料を出した。
「アロマティーク・ニャルディアは、新しい香水も発売した」
画面に新製品が映る。
白と緑の美しいボトルで、清涼感のあるデザイン。
《ミスト・ヴァレリア》
「冷涼高原系の香水らしいの」
「……」
「トロピカルとは真逆ね……」
ユッコが説明した。
「つまり、ニャグネム・ブルーム・オイルと競合しない」
「そうか……」
戦略が見えてきた。
オイルでトロピカル香水ブームを終わらせる。
(ミャルティカを潰すためだけに……)
そして、自社の新香水でブームを作る。
冷涼高原系。
オイルとは喧嘩しない香り。
「完璧な戦略……」
「うん」
ユッコが悔しそうに頷いた。
「アロマティーク・ニャルディアは自ら作ったトロピカルブームを――
自分たちで終わらせた」
「……」
「そして、新しいブームを作る」
ユッコがさらにデータを見せた。
《ミスト・ヴァレリア》の売上が、急上昇している。
「オイルだけじゃない。
高原系も、もう帝都の子たちが一斉に話題にしてる」
画面にSNSの投稿。
『暑苦しいトロピカルはもう古い』
『これからは爽やかな高原の香り』
『ミスト・ヴァレリア、最高!』
『私にはトロピカルは甘すぎた』
「私たちが海賊騒動で手が回らない間に――先手を打たれた……」
拳を握りしめた。
「インフルエンサーへの提供も桁違いね」
ユッコがさらに渋い顔をする。
「美容雑誌も買収してるみたい」
「買収……?」
「うん。広告費じゃなくて、雑誌ごと買ってる」
「……!」
「だから、特集記事が連発できる」
ユッコが悔しそうに言った。
「あそこは最大手だから……資金力が桁違いなの」
グラフが、映し出される。
アロマティーク・ニャルディアの広告費。
ミレイユたちの何十倍も。
「勝てない……?」
「……」
ユッコが黙った。
すぐには答えが出ない。
「ミレイユ、ごめん」
「え?」
「私が、もっと早く気づけば……」
ユッコの目が潤んでいる。
「ユッコのせいじゃないよっ!」
「でも……」
「海賊騒動で仕方なかったんだよ」
ミレイユは笑顔を作った。
でも――心は、震えていた。
「とりあえず対策を考えるね」
ユッコが申し訳なさそうに言った。
「うん」
「また、連絡する」
「ありがとう」
通信が切れた。
ミレイユはトボトボと窓の傍まで近づいて、空を見上げる
(せっかく……)
海賊問題を解決した。
ヴァルも復活した。
全部うまくいくと思った。
これからバイラルマーケティングで帝都に進出する。
そう、思っていた。
なのに――。
(また……)
涙が溢れた。
(でも――泣いてる場合じゃない!)
拳を握りしめた。
(諦めない。絶対に諦めない!!
でも、どうすればいい?
相手は、大企業。
資金力も、桁違い。
市場も、支配している。
一体、どうすれば……?)
答えが出ない。
翌日。
ミレイユは執務室へ向かった。
(ヴァルと父上に報告しないと……)
ドアをノックする。
「入れ」
中に入るとヴァルと父が、いつものように地図を見ていた。
「あの、ヴァル」
「ミレイユ。どうした?」
ヴァルが笑顔で振り向いた。
久しぶりに見る明るい顔。
でも――これから、暗くなるかもしれない。
「お話があります」
「どうした?深刻な顔だな」
父も心配そうな顔で見つめた。
「実は――」
ミレイユは資料を差し出した。
「競合のアロマティーク・ニャルディアが動きました」
「……」
二人が資料を見る。
ページをめくるたびに、顔がだんだん険しくなる。
「これは……」
ヴァルが唸った。
「完全に出し抜かれたな」
「はい……」
「トロピカルブームを自分たちで終わらせた」
父がいつも通りの冷静さで分析した。
「そして新しいブームを作った……」
「はい」
「ミャルティカを時代遅れにする戦略か」
ヴァルが苦々しい表情で資料を机に置いた。
「厳しいな……」
「……」
沈黙。
重い空気。
三人とも何も言えない。
◇◇◇
【1ヵ月前 ニャグネムII 伯爵邸】
豪華な執務室。
ガルディオ=フェルクス伯爵が葉巻を吹かしていた。
向かいには、スーツ姿の男。
アロマティーク・ニャルディア。
専務執行役、レオナルド=シュタイン。
「伯爵閣下、お話があります」
「何かね?」
ガルディオが、興味なさそうに言った。
「深海藻の専売契約を結ばせてください」
「深海藻?」
「ええ。ニャグネムIIの特産品です」
レオナルドが資料を差し出した。
「これを使った新製品を開発しました」
ガルディオが資料を見る。
《ニャグネム・ブルーム・オイル》
「香る美容オイル、か」
「ええ。香水市場を変える製品です」
「ほう」
ガルディオが興味を示した。
「いくらだ?」
「専売契約料として、年間これだけ」
レオナルドが数字を見せた。
ガルディオの目が輝いた。
「……悪くない」
「それに、副次的効果もあります」
「副次的効果?」
「ええ」
レオナルドがニヤリと笑った。
「ニャグネムIIIの発展を妨害できます」
「……!」
ガルディオの顔が歪んだ。
「それはいい……。
ニャグネムIIIは領主が変わってから発展し始めたと噂が立ち始めた。
これでは俺が無能だったみたいではないか。
生意気にも程がある」
「ええ、偶然が重なっただけでいい気になっております」
「その通りだ」
ガルディオが拳を握った。
「元々貧しい星のくせに、生意気に発展しやがって」
ガルディオが舌打ちした。
「先ほどの契約についてですが、条件があります」
「条件?」
「ニャグネムIIIの輸出を海賊を使って妨害してほしいのです」
「なに?」
「我々としましても、これを仕掛けるためには少し時間が必要なのです。
彼らを足止めする必要があります。
海賊は金と噂でいくらでも呼べます。
伯爵様のお力があればいかようにでも。
それによほど派手に動かなければ、バレることもありません」
レオナルドがいやらしい笑みを浮かべた。
「時間稼ぎだけではありません。
輸出が滞ればニャグネムIIIは発展しません」
ガルディオがニヤリと笑った。
「ふふふ、それはいいな」
「では、契約を」
「ああ」
ガルディオがサインした。
二人は微笑み合った。
だが、どちらも相手を信用している顔ではなかった。
ガルディオが葉巻を吹かした。
煙が部屋に広がる。
◇◇◇
執務室。
沈黙が続いていた。
ヴァルが唸るようにつぶやく。
「厳しいな……」
「はい……」
「しかも市場を支配している」
父が難しい顔をした。
「バイラルマーケティングもあちらが一枚上手ですね」
「ミレイユ」
ヴァルが優しい瞳でミレイユを見た。
「どうしたい?」
「……」
(どうしたい?
諦めるってこと?
いや、諦めたくない。
でも――。
どうすれば勝てる?)
「諦めたく、ないです」
ミレイユは力強く言った。
「でも方法が……」
「そうか」
ヴァルが頷いた。
「なら簡単だ。考えよう。
みんなでこの困難に打ち勝つんだ。
私も君の父上も全力で協力する」
「え?」
「三人で対策を考えるんだ!」
父も頷いた。
「必ず……道はある!」
「父上……」
ヴァルが微笑んだ。
「海賊問題も解決したじゃないか。
今度も、きっと解決できる」
「……!」
胸が熱くなった。
ヴァル。
父。
二人が支えてくれている。
「ありがとうございます!」
ミレイユは深々と頭を下げた。
「まず、情報を整理しよう」
父が資料を広げた。
「これから敵の戦略を分析する」
「はい」
三人で資料を見る。
アロマティーク・ニャルディアの戦略。
ニャグネム・ブルーム・オイル。
ミスト・ヴァレリア。
バイラルマーケティング。
全部先手を打たれた。
でも――。
(必ず弱点があるはず!
諦めてやるもんですか!
見てろよ!アロマティークぅ!)
◇◇◇
部屋に戻ってミレイユは窓の外を見た。
(また、試練……)
しかも、今度はビジネス。
ガルディオが絡んでいる。
(あの人……)
海賊騒動も関与していた可能性がある。
そして今度はアロマティークと組んだ。
ミャルティカを潰すために。
(許せない……)
ガルルルル!
外に向かって歯を食いしばっている。
それを見たメイドがまた心配そうな顔をする。
(でも――。
どうすれば勝てる?
私たちに、何ができる?)
答えが出ないが、一つだけ決まっていることがある。
諦めない!
(ヴァルと父が支えてくれているんだ!
ユッコも、考えてくれている。
きっと、道はある。
必ず、見つける!)
心の中でそっと誓った。
そして――。
明日からの戦いを考え始めた。




