第14話 男って単純
企業傭兵を導入して一ヶ月
効果は抜群だった。
「お嬢さん!」
主人が嬉しそうに駆け寄ってくる。
「今月の出荷、全部無事に終わりました!」
「本当ですか!」
ミレイユも思わず笑顔になった。
SGS――スターガード・セキュリティ。
ユッコが紹介してくれた企業傭兵会社だ。
護衛が付いてから、小規模海賊の襲撃はぴたりと止んだ。
出荷は安定し、ミャルティカの生産量も順調に増えている。
(私一人じゃ沢山ある傭兵会社から一つを選ぶだけでも、
絶対に大変だったと思う。
これもユッコのおかげ!)
「これで安心して増産できますね!」
「ああ、どんどん作るよ」
主人が力強く頷いた。
「ルミナス・キャトレールからの注文も増えてるしな」
「はい!」
売上が右肩上がり、全てが予想以上だった。
(ユッコ、本当にありがとう)
心の中で呟く。
このプロジェクトがここまで来られたのは、彼女のおかげでもあった。
◇◇◇
その夜。
ミレイユはユッコに連絡した。
「ミレイユ!
どう?うまくいってる?」
「うん!すごく順調!」
ミレイユが報告すると、ユッコは満足そうに頷いた。
「良かった!SGS、いい仕事するでしょ?」
「本当に。小規模海賊が全然来なくなったよ」
「そうでしょ、そうでしょ」
ユッコが得意げに言った。
「あそこって業界大手で、評判もイイ会社だからね」
「本当に助かったよ。ありがとう」
「どういたしまして!」
ユッコがニコッと笑った。
だが、すぐに表情が真面目になる。
「でもね。そろそろ次の段階だよ」
「次の段階?」
ユッコは資料を表示した。
「小規模海賊の数は減ってる。でも、その代わり――」
表示されたデータを見て息を呑む。
「組織化の兆候が見られるの」
「……!」
「企業傭兵に対抗するために、協力し始めたんだと思う」
その瞬間、母上の言葉が脳裏をよぎった。
『また、大きな組織になるのよ』
(本当に……)
「それだけじゃないよ」
ユッコが笑う。
「ミレイユのお母様から連絡も来た」
「母上から?」
「『そろそろ次の段階だからサポートしてあげて』って」
ミレイユは思わず苦笑した。
母上は、どこまで先を読んでいるんだろう。
「だから、ミレイユ」
ユッコが真っ直ぐこちらを見る。
「そろそろヴァル様の出番だよ」
ミレイユは力強く頷いた。
「うん」
通信を切った後、窓の外を見た。
空に星が瞬いている。
小規模海賊を押さえ込めば、大規模海賊が生まれる。
母上の予言通りだ。
そして――今度こそヴァルの専門分野。
問題は一つだけだった。
(ちゃんと話せるかな……)
最近のヴァルは、まだどこか距離がある。
(父上とは楽しそうに話しているのに、私にはぎこちない。
それでも……やるしかない!)
『あなたにしかできないのよ』
母上の言葉を思い出しながら、ミレイユは拳を握った。
◇◇◇
翌日。
執務室の扉を叩く。
「入れ」
中ではヴァルと父が地図を広げていた。
いつもの光景だ。
「あの……、ヴァル」
「ミレイユ。どうした?」
ヴァルが顔を上げる。
ミレイユは資料を差し出した。
「新しい問題が発生しました」
父が資料を受け取り、ヴァルも覗き込む。
しばらくして二人の表情が変わった。
「組織化か……」
ヴァルが低く呟く。
「はい」
ミレイユは頷いた。
「小規模海賊が結束しています」
「ここまで結束すると企業傭兵では対応できませんね」
父も難しい顔をした。
ミレイユは深呼吸する。
ここからが本題だ。
「ヴァル」
「……?」
「お願いします。
もう一度助けてください」
ミレイユは真っ直ぐ彼の目を見つめた。
「大規模海賊組織を討伐してください」
執務室が静かになる。
ヴァルは何も言わない。
それでもミレイユは続けた。
「小規模海賊なら企業傭兵で対応できます」
「……」
「でも、大規模組織は違います」
そして、はっきりと言いきった
「あなたしか頼れる人がいません!」
ヴァルが目を伏せる。
父も黙っている。
しばらくの沈黙。
やがて父が口を開いた。
「ヴァル様は第22対賊艦隊の提督です」
穏やかな声だった。
「大規模海賊討伐の専門家でもあります」
ヴァルは小さく息を吐いた。
そしてミレイユを見た。
今度は目を逸らさなかった。
「本当に私でいいのか?」
「はい」
ミレイユは即答した。
「ヴァルじゃないと駄目なんです!
私はあなたを一番頼りにしています!」
再び沈黙。
だが今度は長くなかった。
「……わかった」
ヴァルが力強く頷く。
「引き受けよう」
その目に久しぶりに光が戻った気がした。
「ありがとうございます!」
◇◇◇
それから数日。
ヴァルは艦隊の準備に没頭していた。
整備。
補給。
作戦立案。
全てを自ら指揮している。
「ヴァル様、やる気ですね」
父が感心したように言った。
「ええ」
ミレイユは笑顔で頷いた。
最近のヴァルは明らかに違った。
表情が明るい。
声にも力がある。
執務室に籠もるのは相変わらずだったが、
今度はミレイユにも頻繁に声を掛けてくれる。
「ミレイユ、少し見てくれるか」
「はい!」
広げられた星図を覗き込む。
「敵はこの宙域に集結している。
君の交易船がよく使うのはこのルートだったな?」
ヴァルが星系図を指差した。
「敵は推定六十隻規模だ」
「そんなに……」
思わず息を呑む。
だがヴァルは不敵に笑った。
「数は我々より多い」
そう言って腕を組む。
「だが、こちらは精鋭の第22対賊艦隊だ」
その声には迷いがなかった。
「絶対に勝つ!
今度こそ終わらせる」
ミレイユは黙ってその手を握った。
ヴァルが少しだけ目を見開く。
「無事に帰ってきてください」
「ああ」
優しい笑顔が返ってくる。
その顔を見て、胸の奥が少し軽くなった。
◇◇◇
出撃の日。
ミレイユは港でヴァルを見送った。
整然と並ぶ艦艇。
堂々たる旗艦。
第22対賊艦隊。
ヴァルは出発前にミレイユの前で立ち止まった。
「行ってくる」
「はい」
ミレイユは笑顔で頷く。
「無事を祈って待っています」
ヴァルはミレイユの頭を軽く撫でた。
「君のプロジェクトは私が守る。
すぐ戻るから安心して待っていてくれ」
そう言い残し、艦へ乗り込む。
艦隊はゆっくりと離陸し、やがて空の彼方へ消えていった。
(ヴァル、信じています。
必ず戻ってきてください)
◇◇◇
それから二週間。
毎日、ニュースをチェックした。
でも――。
何も報道されない。
信じると決めたのに不安がよぎる。
(大丈夫かな……)
そんな中、突然ニュース速報が流れる。
『第22対賊艦隊、大規模海賊組織を壊滅』
『ヴァルミール提督、完全勝利』
『海賊船六十五隻を拿捕』
「やった……!」
思わず立ち上がった。
画面には堂々と指揮を執るヴァルの姿が映っている。
主人も女将さんも大喜びだった。
「これで本当に安心だ!」
「伯爵様はすごいねぇ!」
ミレイユは何度も頷いた。
胸がいっぱいだった。
◇◇◇
三日後。
ヴァルが帰ってきた。
前回とは違う。
港へ降り立った瞬間からわかった。
顔が違う。
表情が違う。
自信に満ちている。
「ヴァル!」
駆け寄ると、ヴァルが笑った。
満面の笑みだった。
「ただいま」
「お帰りなさい!」
次の瞬間、ふわりと身体が浮いた。
「きゃっ!?」
ヴァルがミレイユを抱き上げていた。
「完全勝利だ」
子供みたいに嬉しそうな顔をしている。
(あれだけ落ち込んでた人と同じ人?)
思わずそう言いたくなるくらいだった。
「これで君のプロジェクトは安全だ」
「はい!」
ミレイユも笑顔になる。
「ありがとうございます」
「礼を言うのは私の方だ」
ヴァルが言った。
「君が信じてくれたからな。
それが私にとっても嬉しかったんだ。
私の力になった」
涙がこぼれそうになるのを我慢して笑顔で頷いた。
その言葉が嬉しかった。
本当に嬉しかった。
◇◇◇
その夜。
執務室で報告会が開かれた。
「海賊船六十五隻を捕縛」
ヴァルが報告する。
父が大きく拍手した。
「お見事です」
「今回は目標が明確だったからな」
ヴァルが苦笑する。
「小規模海賊は企業傭兵、
大規模海賊は対賊艦隊ですね」
父が続けた。
「そうだ」
ヴァルはミレイユを見る。
「ミレイユが気付かせてくれた。
それぞれ得意分野があるんだ。
こんな簡単なことに気づけていなかったんだ」
ミレイユは首を振った。
「私もどうしていいか、分からなかったんです。
ただ、ヴァルを頼るしかなくて」
「そうか、頼ってくれてありがとう」
父が笑った。
「ですが、これでミレイユのプロジェクトも安泰ですね」
「はい、父上。ありがとうございました!」
穏やかな空気が流れる。
ようやく終わった。
海賊問題。
ヴァルとのすれ違い。
全部。
◇◇◇
その夜。
部屋へ戻ったミレイユは窓の外を眺めていた。
星が輝いている。
思い返す。
小規模海賊。
企業傭兵。
大規模海賊。
対賊艦隊。
全部、母上の言った通りだった。
そして何より――。
ヴァルだ。
あれほど落ち込んでいたのに。
今は満面の笑顔で歩いている。
『面倒臭いのよ、男って』
母上の声が脳内で再生された。
『単純だから、ちゃんと転がせばすぐ元気になるの』
思わず吹き出す。
本当にその通りだった。
悩んで、
落ち込んで、
距離を置いて。
でも、役割を与えたら……、そして成功したら。
あっという間に元通り。
「男って……」
小さく呟く。
そして笑った。
「ほんと単純」
でも。
そんなところも嫌いじゃない。
むしろ――。
愛おしい。
窓の外の星を見上げる。
「ありがとう、母上」
そう呟いてから、もう一言付け加えた。
「でも、私はそんなヴァルが好きです」
星空は何も答えない。
けれど、どこかで母上が笑っている気がした。
『面倒くさいのよ、男って』




