第13話 面倒臭いのよ、男って
数日後、私は決意した。
(いつまでも悩んでられない)
ヴァルが冷たい理由はわからない。
でも――。
海賊問題は解決しないといけない。
農家の人たちが困っている。
プロジェクトが止まっている。
(私が何とかしないと!)
通信端末を取り出し、ユッコに連絡する。
呼び出し音。
すぐにユッコの顔が映った。
「ミレイユ!久しぶり!」
「ユッコ、相談があるの」
あまりの剣幕にユッコが驚いた顔をする。
すぐに心配そうに問いかけてくる。
「どうしたの?」
私は海賊問題について話した。
大規模海賊は壊滅したこと。
でも、小集団が増えたこと。
雑草のように摘んでも摘んでも生えてくること。
全部、話した。
ユッコは黙って聞いてくれた。
そして――。
「そんなのよくあるよー」
「……え?」
あっさりとした口調。
「よく……ある?」
「うん。小規模海賊なんて、どこにでもいるよ」
ユッコが笑った。
「護衛雇えばいいじゃん」
「護衛……?」
「そう。小規模なんでしょ?
ヴァル様が大規模な海賊は討伐したんだったら、問題ないよー」
ユッコが資料を画面に映し出した。
「このご時世、小規模海賊くらいなら簡単に対処できる企業傭兵はたくさんあるよ」
「企業、傭兵……?」
「うん。警備会社みたいなもの」
ユッコが説明した。
「輸送船に同行して、護衛してくれるの」
「そんなのがあるの?」
「うん、質はピンキリだけど、
お値打ちでしっかり仕事する会社を紹介しようか?
うちもお世話になってる大手だよ」
「お願いします!」
私は前のめりになった。
「任せて!」
ユッコがニコッと笑った。
「でも、コストが……」
私は不安になった。
「護衛を雇うと、原価が上がるよね」
「そりゃあ、上がるよ」
ユッコが計算を始めた。
「でもね、そんなに高くないんだよ」
画面に数字が映し出される。
「この会社なら、一回の交易でこのくらい」
「え……!」
思ったより安い。
「そして、たくさん作ればいいだけ」
「たくさん?」
「うん。護衛コストは固定費だから、
一度にたくさん運べば運ぶほど、単価は下がる」
「あー!」
私はハッとした。
「そうか!」
規模の経済。
たくさん作れば、一つあたりのコストは下がる。
「それにルミナス・キャトレールからの注文、まだ増やせるでしょ?」
「うん!」
予想の三倍の注文がきた。
しかも、まだ需要はある。
「なら、もっと増産しよう」
ユッコが力強く言った。
「護衛コストなんて、吹き飛ぶくらい売れば問題なし!」
「ユッコ……!」
涙が出そうになった。
「ありがとう!」
「どういたしまして!」
ユッコが笑顔で言った。
「さっそく企業傭兵の会社、紹介するね」
「お願いします!」
希望が見えてきた。
これで――。
海賊問題が解決できる。
◇◇◇
翌日。
ユッコが紹介してくれた企業傭兵の会社。
『スターガード・セキュリティ』
星系間通信で営業担当者と話した。
「ミャルティカの交易船の護衛ですね」
画面の向こうの男性が頷いた。
「小規模海賊対策なら、問題ありません」
「本当ですか?」
「ええ。我々はこの手の護衛を専門にしています」
男性が実績を見せてくれた。
多数の護衛成功例。
海賊撃退の記録。
「すごい……」
「料金はこちらになります」
画面に見積もりが映し出される。
ユッコが言っていた通りの金額。
「わかりました。お願いします」
「ありがとうございます」
「あー、そうです。お客様はいつもお世話になっている
CGT様からのご紹介なのでここからさらに1割引きとさせていただきますね」
「CGT?」
「キャトリンクス総合交易社 (Catlinks General Trading Co.)です」
(あ、ユッコの会社だ!)
「ありがとうございます!」
男性が笑顔で頷いた。
「そちらの星系にも支部がございますので、次の出荷からすぐに対応します」
契約成立、私はホッとしながら通信を切った。
(これで……)
拳を握りしめた。
(これで、海賊問題は解決する)
希望が湧いてきた。
私は農家を訪れた。
主人と女将さんに報告するため。
「お嬢さん!」
女将さんが嬉しそうに迎えてくれた。
「護衛、雇ったんだって?」
「はい」
私は頷いた。
「企業傭兵の会社で大手のSGSです。
次の出荷からすぐに対応してくれます」
「良かった!」
主人が安堵した顔で答える。
「これで安心して出荷できる」
「はい。そして――」
私は資料を広げた。
「もっと増産したいんです」
「増産?」
「はい。護衛コストを賄うため、
そしてルミナス・キャトレールからの注文にもっと応えるため」
「……」
主人と女将さんが顔を見合わせた。
「できますか?」
「やってみるよ」
主人が力強く頷いた。
「お嬢さんがここまで頑張ってくれてるんだ。
俺たちも頑張らないとな」
「ありがとうございます!」
私は深々と頭を下げた。
(これで絶対に成功させる)
◇◇◇
夜。
私は執務室へ向かった。
(ヴァルに報告しないと……)
ノックする。
「入れ」
中に入ると――ヴァルと父が地図を見ていた。
「あの……ヴァル」
「ミレイユ、どうした?」
ヴァルが顔を上げた。
でも、目を合わせてくれない。
(やっぱり……)
胸が痛くなった。
「海賊対策が決まりました」
「……え?」
ヴァルが驚いた顔をした。
「企業傭兵を雇います。
スターガード・セキュリティという会社です」
「企業傭兵……」
ヴァルが父を見た。
父も少し驚いた顔をする。
「それで……護衛コストを賄うためにさらに増産します」
私は資料を差し出した。
「農家との契約も済ませました」
ヴァルが資料を受け取った。
ページをめくる。
「……よく考えたな」
「はい」
「これならうまくいくだろう」
ヴァルが頷いた。
でも――。
笑顔じゃない。
どこか複雑な顔をしている。
「ミレイユ、自分で解決したんだな。立派だ」
父が笑顔で言った。
(……そういう時だけ、ちゃんと父上は言葉にしてくれるんだよね)
「さすがだよ」
「ありがとうございます」
私はヴァルを見た。
何か言ってほしい。
「ありがとう」とか。
「頑張ったね」とか。
でも――。
「……そうか。では、実行してくれ」
それだけ。
冷たい。
距離がある。
「……はい」
私は執務室を出た。
扉が閉まる。
背後からまた二人の声が聞こえる。
仕事の話。
(……)
ヴァルとの距離はまだ遠いけど、
これで海賊問題は解決できる。
(どうして……?)
涙が出そうになった。
部屋に戻って、私は窓の外を見た。
ヴァルは喜んでくれなかった。
むしろ複雑な顔をしていた。
(何がダメだったの?)
わからない。
全然わからない。
その時――。
通信端末が鳴った。
発信者情報を見ると――。
「母上」
(母上から?)
久しぶりだ。
慌てて応答する。
「母上!」
「ミレイユ!元気?」
画面に母の顔が映った。
明るい笑顔だ。
私に似ている。
いや、私が母に似ているんだ。
性格もそっくり。
落ち込みやすいくせに、立ち直りも滅茶苦茶早い。
前向きで積極的なのは母そっくりとよく言われた。
「はい、元気です」
嘘だった。
でも――。
母に心配かけたくない。
「本当に?」
母がじっと私を見た。
「……」
(バレてる)
母の目が優しい。
「ミレイユ、何かあったわね」
「……はい」
涙が出そうになった。
「話してごらんなさい」
母の声が温かい。
私は――。
全部話した。
ヴァルのこと。
海賊討伐のこと。
帰ってきてから冷たくなったこと。
父とは楽しそうなこと。
企業傭兵を雇ったこと。
でも、喜んでくれなかったこと。
全部、全部。
母は黙って聞いてくれた。
優しい目で。
話し終えると――。
「あら、それって男のプライドね」
「……え?」
母が笑顔のまま、あっさりと言いきった。
「プライド?」
「ええ。よくあるの」
母が楽しそうに笑う。
「ヴァル様、きっと恥ずかしいのよ」
「恥ずかしい……?」
「ええ。それだけ格好いいこと言って、
でも問題解決できなかったわけでしょ?」
「でも、頑張ってくれたんです!」
「それはあなたがわかってるだけ。
肝心のご本人が一番わかってないのよ、こういう時」
母が優しく言った。
「ヴァル様本人は、自分自身を責めてるのよ」
「……!」
「プライドが邪魔してるだけなの」
母が軽くあしらうように言った。
「面倒臭いわねぇ、男って」
「母上……」
「でもね、ちゃんと解決策はあるわよ」
母の目が鋭くなった。
「え?本当?教えて?」
「まぁ、待ちなさい。
聞いたわよ。企業傭兵を雇うのよね?」
「はい」
「それ、正解!」
母が力強く頷いた。
「さすが、私の娘ね」
「ありがとうございます」
「でも、ミレイユ」
母が真剣な顔になった。
「そうすると、これからどうなると思う?」
「え?」
「企業傭兵を導入すると」
母が説明し始めた。
「小規模海賊は淘汰されるわ」
「はい」
「弱い集団は諦める。でもね――」
母の目が光った。
「生き残った強い集団は、どうすると思う?」
「……!」
ハッとした。
「結束する……?」
「そう!」
母が指を鳴らした。
「また、大きな組織になるのよ」
「そんな……」
「市場原理よ。競争が激しくなれば統合が進む」
母がビジネスライクに言った。
「でもね、それがチャンスなの」
「チャンス……?」
「ええ」
母がニヤリと笑った。
「そこで、ヴァル様に汚名返上の機会を与えるの。
私から見れば汚名でも何でもないけどね」
「汚名返上……」
「そう。ミレイユに約束していたけど果たせなかったという汚名のことね。
でもさ、今度は大規模海賊組織でしょ?」
母が力強く言った。
「それこそ対賊艦隊の出番じゃない」
「……!」
そうだ。
大規模海賊なら――。
ヴァルの専門分野。
第22対賊艦隊の本来の仕事。
母が真剣な顔で言った。
「今度こそ『大物だけを倒して!』ってお願いするの!」
「あ……」
「小集団は企業傭兵に任せる」
母が指を立てた。
「大規模組織はヴァル様が叩く」
「役割分担……!」
「そう。それぞれの得意分野で戦うの」
母が微笑んだ。
「そしてヴァル様にちゃんと伝えなさい」
「はい」
「大物海賊を倒すのは『あなたにしかできないのよ!』って」
母の言葉が胸に響いた。
「ヴァル様は対賊艦隊の提督」
「はい」
「大規模海賊討伐のプロフェッショナル」
母が笑顔で力強く言った。
「その力を必要としてるって伝えるの。
小者なんてどうでもいいのよ!
大物に困ってるってちゃんと伝えなさい!」
「わかりました!」
私にもようやく笑顔が戻る。
「ありがとうございます、母上!」
「どういたしまして」
母がケラケラと笑った。
「お父さんも昔そうだったのよー」
「父上が?」
「ええ。色々あってねー。
言うとお父さん怒るから内緒!
フフフ、あー面倒くさい」
母が楽しそうに言った。
「男はみんなね。
単純だから、ちゃんとうまく転がせば
すぐに自信なんて取り戻すの!」
母がウインクした。
「ホント……面倒臭いのよ、男って」
その軽い口調に思わず笑ってしまった。
「あははは……」
母の余裕。
経験の重み。
そして――。
愛情。
全部、伝わってきた。
「頑張りなさい、ミレイユ」
「はい!」
「じゃ、また結果は教えてね!」
通信が切れた。
やるべきことが見えた。
「ありがとう、母上」
小さく呟いた。
そして明日からの計画を立て始めた。




