第11話 頼っていいんだよ
深夜。
私はベッドに座って窓の外を、ぼぉっと見ていた。
夜空には星々が輝いている。だがそれどころではない。
(どうすれば……)
海賊。
ガルディオ。
ミャルティカの出荷。
考えても答えが出なかった。
店主たちは私を信じてくれている。
ヴァルも、父も、応援してくれている。
でも――。
(私には、手がない)
海賊を止める方法がわからない。
護衛を増やしても限界がある。
航路を変えても襲われるかもしれない。
(どうすれば……)
ため息をついた。
猫耳が力なく垂れる。
窓の外の星々がぼやけて見えた。
涙が出そうになる。
(泣いてる場合じゃないのに……)
でも、止まらない。
せっかく、うまくいき始めたのに。
みんなが頑張ってくれたのに。
(なんで、こんな……)
その時――。
扉が開いた。
「……?」
振り向くと――。
ヴァルが立っていた。
「ヴァル!?」
驚いた。
いつもなら、もっと遅い時間に帰ってくる。
深夜過ぎの私が寝た後。
でも、今は――。
時計を見る。
まだ、夜10時。
「起きていたのか」
ヴァルが優しく微笑む。
「あ、はい……」
私は慌てて涙を拭った。
そして、髪を整えようとする。
(ヤバい!髪型ぐちゃぐちゃ!
部屋着だし!
香水も……!
あ!それに、泣いてたの見られた!?)
焦りながら思考がグルグルと回る。
でも、ヴァルは気にしていない様子だった。
そしてベッドに座る。
「隣に」
ヴァルがベッドを軽く叩く。
私も隣に座る。
ドキドキする。
こんな風に、二人きりで――。
しかも、ベッドで――。
「ミレイユ」
ヴァルが私を見つめた。
「はい」
「泣いていたのか?」
「……ち、違います」
嘘だと、すぐバレた。
ヴァルが優しく私の頬に手を伸ばす。
涙の跡を拭ってくれた。
「無理をしなくていい」
「……」
「よく頑張っているね」
その言葉にまた涙が出そうになった。
「ミャルティカのプロジェクト。
君が一人でここまでやり遂げた」
ヴァルが優しく微笑む。
「素晴らしいよ」
その一言で一気に胸が熱くなった。
「いえ……」
「君がいなければ、このプロジェクトはなかった。
農家の人たちも、ユッコさんも。
みんな、君を信頼している」
「ヴァル……」
涙が止まらなくなった。
「私……」
声が震える。
「私、ヴァルの役に立ちたかったんです」
「……」
「父上みたいに。
ヴァルの隣で、力になりたくて」
ヴァルが私の手を握った。
温かい。
大きな手。
包み込むような優しさ。
「君は、十分に役に立ってくれているよ。
本当に……。
君がいてくれて、本当に良かった」
ヴァルの目が優しい。
真っ直ぐに私を見ている。
「ミレイユ、君を信頼している」
(……嬉しい。
本当に嬉しい)
でも――。
「ヴァル……実は」
「どうした?」
「悩んでることがあるんです」
私は海賊のことを話した。
輸送船の襲撃。
次の出荷の危険。
手がないこと。
損失が続けば農家も疲弊してしまうこと。
投資も無駄になってしまうかもしれないこと。
全部、全部。
ヴァルは黙って聞いてくれた。
握った手を離さずに。
話し終えると――。
「……そうか」
ヴァルが私の手をさらに強く握った。
「辛かったな」
「……はい」
「一人で抱え込んでいたのか?」
頷いた。
涙がまた溢れる。
「ミレイユ」
「はい」
「密林の時もそうだ」
(……あ)
あの時、原生生物に襲われた時。
一人で無謀なことをして……、
ヴァルに助けてもらった。
「頑張りは、君の魅力の一つでもある」
ヴァルが微笑む。
「君が諦めずに前に進む姿。
それが私は好きだ」
(……好き?)
さりげない一言で心臓が高鳴る。
「でも――」
ヴァルが私の顔を両手で包んだ。
近い。
顔が近い。
「もっと、私を頼ってくれてもいいんだよ」
その言葉にハッとした。
「私はこれでもニャグネム星系駐在の第22対賊艦隊の提督だよ」
「……!」
(そうだった!!)
対賊艦隊。
海賊を取り締まる軍の専門艦隊。
その提督。
軍人としてのヴァル。
辺境伯になる前は、艦隊を率いて各地で戦っていた。
(こんなところに対海賊のプロがいた!!)
「ヴァル!」
私はヴァルを見つめた。
「助けてください!」
素直に頼む。
今まで一人で何とかしようとしていた。
でも――。
ヴァルは夫なんだ。
(頼っていいんだ……)
「お願いします。
海賊を、何とかしてください」
ヴァルが力強く頷いた。
「任せてくれ」
「本当ですか!?」
「ああ。今までは内政が忙しくて、部下に任せていたが――」
ヴァルの目が鋭くなった。
軍人の目だ。
「明日からは私が指揮を執る」
「ヴァル……!」
「徹底的に取り締まる。
君のプロジェクトを守るために!」
安堵で涙が溢れた。
「ありがとう、ございます……!」
ヴァルが私を抱き寄せた。
優しく。
でも、力強く。
「泣かなくていい」
「でも……」
「君はよく頑張った。
ここからは私に任せてくれ」
温かかった。
ヴァルの腕の中。
初めて――。
初めて、ちゃんと抱きしめてもらえた気がした。
守られている。
そう、実感できた。
しばらく、そうしていた。
ヴァルの胸で泣いた。
不安も、恐怖も、全部、吐き出すように。
ヴァルは黙って抱きしめていてくれた。
背中を優しく撫でながら。
「もう大丈夫だから」
その言葉が心に染みた。
涙が止まった。
顔を上げる。
ヴァルが優しく微笑んでいた。
「落ち着いたか?」
「はい……」
「顔、ぐちゃぐちゃだぞ」
「えっ!?」
慌てて顔を拭う。
ヴァルが笑った。
「……可愛いな」
「……!」
顔が真っ赤になった。
(可愛い……?)
ドキドキする。
心臓がうるさい。
そして――。
ヴァルが、私をベッドに押し倒した。
でもその目は優しくて、守られている気がした。
「……え?」
上から、ヴァルが覗き込んでいる。
(近い。
顔が近い。
ドキドキする。
心臓がオーバーヒートしそう。
なんか……これ……)
初夜の時に、
求めていたもの。
◇◇◇
チュンチュン。
朝。
目が覚めると――。
隣は空だった。
「……あれ?」
ベッドにヴァルの温もりだけが残っている。
(いつ、出ていったんだろう)
少し寂しい。
でも――。
(ヴァルは、私のために動いてくれている)
それだけで嬉しかった。
私は身支度を整えた。
鏡を見る。
いつもと同じ私。
でも――。
何かが違う気がした。
表情が明るい。
(昨夜のこと……)
頬が熱くなる。
でも、嬉しい。
本当に嬉しい。
(ヴァルを信じよう)
拳を握りしめた。
そして、執務室へ向かった。
◇◇◇
扉を開けると――。
父が、一人で書類と格闘していた。
山のような書類。
地図も、資料も、全部広げている。
「父上?」
「おお、ミレイユ」
父が顔を上げた。
少し疲れた顔で。
でも、笑顔だ。
「おはよう」
「おはようございます。ヴァルは?」
「朝早くから出撃したよ」
「出撃……」
「ああ。海賊討伐だ」
父が地図を指差した。
星系全体の地図。
航路が赤い線で示されている。
「第22対賊艦隊を率いて、この星系全域を徹底的に取り締まるそうだ」
「……!」
(ヴァル……)
胸が熱くなった。
私のために、プロジェクトのために。
ヴァルが動いてくれている。
「すごい気合だったぞ」
父が笑った。
「『ミレイユのプロジェクトを守る』って、
出撃前に宣言してた」
「……!」
涙が出そうになった。
(ヴァル……)
「ミレイユ」
父が優しく微笑んだ。
「ヴァル様は、お前のことを本当に大切に思っておられる」
「父上……」
「頼りなさい。
夫婦なんだから」
父の言葉が胸に染みた。
(そうだ……)
私たち、夫婦なんだ。
一人で頑張らなくていい。
ヴァルを頼っていいんだ。
「それにしても」
父が書類を見た。
「今日は私一人で内政を回さないとな」
「大丈夫ですか?」
「ああ、任せてくれ」
父が力強く頷いた。
「ヴァル様が海賊を倒してくださる。
なら、私は内政を守る」
「父上……」
「お前は、お前のプロジェクトに集中しなさい」
父が優しく微笑む。
「農家の人たちと、しっかり連携を取るんだ」
「はい!」
窓の外を見る。
広がる空、その先の宇宙。
今、ヴァルが戦っている。
私のために。
(ありがとう、ヴァル)
拳を握りしめた。
(私も頑張る)
ヴァルが海賊を倒してくれる。
なら、私は――。
プロジェクトを絶対に成功させる。
二人で力を合わせて。
「父上」
「なんだい?」
「手伝ってください」
「もちろんだ」
父が笑顔で頷いた。
「一緒に頑張ろう」
「はい!」
私は笑顔で答えた。
今度こそ。
今度こそ、絶対に。
成功させてみせる。
◇◇◇
その日の午後。
私は農家を訪れた。
主人と女将さんに報告するためだ。
「お嬢さん!」
女将さんが明るい顔で迎えてくれた。
「聞きましたよ!伯爵様が、海賊討伐に!」
「はい」
私は頷いた。
「ヴァルが、必ず何とかしてくれます」
「すごいね、お嬢さん」
主人が笑った。
「旦那様を動かしちゃったんだから」
「いえ……」
恥ずかしくて、顔が赤くなった。
「でも、本当に良かった」
女将さんが安堵した顔をする。
「これで、安心して出荷できる」
「はい。必ず、成功させます」
私は力強く宣言した。
主人と女将さんが笑顔で頷く。
「お嬢さんなら、きっとうまくいくよ」
ぎゅっと拳を握って優しく語りかけた。
「信じてるからね」
その言葉が嬉しかった。
(みんなのために!
ヴァルのために!
絶対に、成功させる)
空を見上げる。
ヴァルが今も戦っている。
その閃光が見えた気がした。
(待ってるから、ヴァル。
無事に、帰ってきて)
心の中で祈った。
そして――
仕事に戻った。
次の出荷の準備。
ルミナス・キャトレールとの連絡。
やることは山ほどある。
ヴァルは海賊を討つ。
父は内政を守る。
なら、私はミャルティカのプロジェクトを成功させる。
(私一人で頑張るんじゃない!)
◇◇◇
夜、部屋に戻る。
当たり前だけど、ヴァルはまだ帰ってこない。
少しだけ不安になる。
でも、信じる。
昨夜の温もりを思い出しながら、私は目を閉じた。




