第10話 あのガルディオが
数週間後。
ミャルティカのプロジェクトが本格始動した。
伯爵家の投資で、農家は生産設備を拡充する。
栽培面積も増やした。
主人と女将さんは、今まで通り地元市場への出荷を続けている。
そして、増産によって得られた分――。
全てをルミナス・キャトレールへ供給することになった。
「こんなに作れるようになるなんてな」
主人が畑を見回しながら言った。
「お嬢さんのおかげだ」
「いえ、皆さんの努力のおかげです」
私は笑顔で答えた。
鮮やかな赤い実が、たわわに実っている。
(最初は小さな話だったのに……ちゃんと、形になってる)
ミャルティカ。
これがニャグネムIIIの特産品になる。
(必ず成功させる)
拳を握りしめた。
◇◇◇
それからさらに二週間後。
小包が届いた。
差出人は、ルミナス・キャトレール。
「これ……!」
私は急いで開封した。
中から出てきたのは、美しい小瓶。
深い赤色のガラス。
金色の文字でラベルが貼られている。
《Catreuna Miartica - Sample 01》
キャトルーナ・ミャルティカ。
第一号サンプル。
手紙も入っていた。
『ミレイユ様
素晴らしい素材をありがとうございます。
試作第一号、ぜひお試しください。
我々の自信作です。
ルミナス・キャトレール研究部』
私は、小瓶を手に取った。
蓋を開ける。
ふわっと、香りが広がった。
「……あ」
(甘い。
でも、べたつかない。
爽やかで、上品で……)
比較のために、アロマティーク・ニャルディアの香水も出す。
《ミャングス・ブロッサム 01》
二つを嗅ぎ比べる。
「全然違う……!」
アロマティークも良い。
でもキャトルーナの方が――。
香りが上品だ。
甘さが程よく、深みがある。
(予想通り!いや、予想以上!)
猫耳がピンと立った。
「これは……売れる!」
胸の奥が、ぽん、と弾けた気がした。
確信した。
(絶対に売れる!)
その夜、ユッコから緊急連絡が入った。
「ミレイユ!大変!」
「どうしたの!?」
「ルミナス・キャトレールから、正式な注文が来た!」
「やった!」
「でもね――」
ユッコが興奮で声が震えている。
「予想の三倍の量!」
「……え? さん、ばい?」
「サンプルを社内で試したら、大好評だったんだって!」
画面の向こうでユッコが資料を広げている。
「『これはアロマティークを超える』って、役員会で満場一致!」
「本当に!?」
「うん!キャトルーナシリーズの主力商品にするって!」
主力商品。
キャトルーナシリーズは、ルミナス・キャトレールの看板ライン。
それの主力。
「でも、三倍って……」
「作れる?」
ユッコが真剣な顔で聞いた。
「……やります」
私は拳を握った。
「やるしかないよ!」
◇◇◇
翌日。
私はヴァルと父に報告した。
「予想の三倍……」
ヴァルが資料を見つめている。
「ミレイユ、本当にできるか?」
「はい」
私は力強く頷いた。
「農家と相談しましたが、さらに増産できます」
「だが、そのためには――」
父が計算書を見せた。
「追加投資が必要です」
数字が並んでいる。
設備投資。
人員増強。
輸送手段の確保。
「これだけの額を……」
ヴァルが少し躊躇している。
「お願いします」
私は深々と頭を下げた。
「この機会を逃したくないんです」
「……」
「ルミナス・キャトレールは本気です。主力商品にすると言っています」
「確かにそれは大きいな」
父がヴァルを見た。
「この機会を逃せば、競合が現れるかもしれません」
「そうだな……」
ヴァルがしばらく考えた。
そして。
「わかった。投資を承認する」
「ヴァル!」
「君を信じるよ、ミレイユ」
「必ず成功させます!」
ヴァルが優しく微笑み、私はそれに応えて力強く宣言した。
(今度こそ――
今度こそ大成功させてみせる)
◇◇◇
それから数日。
プロジェクトは急速に拡大していった。
農家はさらに畑を広げた。
参加してくれる農家も劇的に増えた。
設備も増強、雇用も増やした。
市場ではミャルティカが話題になっている。
「伯爵夫人様のプロジェクトだって」
「すごいね、あの若さで」
領民たちの声が私の耳に入る。
(認めてもらえてる)
嬉しかった。
ヴァルも、父も、応援してくれている。
農家も頑張ってくれている。
ユッコも全力でサポートしてくれている。
(絶対に成功させる)
そう思っていた。
その時は。
◇◇◇
部屋に戻って、私は窓の外を見た。
熱帯雨林が広がるこの星、ニャグネムIII。
貧しい星で、開発が難しい星と言われていた。
ここは私の故郷じゃない。
私が生まれたのは、ニャグネムII。
隣の公転軌道に存在する別の海洋惑星。
(思い出すなぁ)
青い海。
白い砂浜。
美しい街。
父が作った街。
ニャグネム星系。
神聖帝国辺境に位置する星系であり
この星系を治めるのは、アウレリウス=フェルミア公爵。
(どんな人かは良く知らない。
私達みたい下級貴族ではお会いすることもできなかった。
良くも悪くもなく、無難なご領主様と言われている)
星系首都星ニャグネムIは公爵の直轄地だ。
大陸型の惑星で、水と肥沃な大地が豊富でとても栄えている。
(教科書の説明みたいだけど、実際行くと本当に「ザ・首都星」って感じだった)
公爵の下には、部下として二人の伯爵がいた。
海洋惑星ニャグネムIIを治めていたのが――。
セリューヌ=コルヴァイン伯爵。
元々、この熱帯惑星ニャグネムIIIを治めていたのが――。
ガルディオ=フェルクス伯爵。
父はセリューヌ伯爵の配下の男爵として働いていた。
アレクシオン=ミャルフォード男爵。
父は優秀だった。
海洋資源の開発に、街の建設。
区画整理もテキパキ行った。
全部父が中心になって進めた。
ニャグネムIIは、どんどん発展して
星系首都のニャグネムIにも匹敵するほど裕福になった。
でも――。
それを妬む者がいた。
ガルディオ=フェルクス伯爵だ。
彼の領地ニャグネムIIIは貧しかった。
熱帯雨林が大陸を覆い、危険な生物が多数生息する。
開発が難しい。
(最初、ニャグネムIIIに引っ越した時に私も思った。
うあぁぁぁぁって)
だからこそ、ガルディオも焦っていた。
(そして、あの事件が起きた)
ガルディオは陰謀を企て、セリューヌ伯爵に出まかせの罪を着せた。
証拠を捏造し、公爵に訴えた。
セリューヌ伯爵は、断罪された。
伯爵位を剥奪され、追放された。
そして――。
ガルディオがニャグネムIIの新しい領主となった。
いわゆる領地異動だ。
彼は陰謀で裕福なニャグネムIIをまんまと手に入れた。
その代わり、貧しいニャグネムIIIには――
新しい伯爵が派遣されることになった。
ヴァルミール=ドラヴォン辺境伯。
(それが私の夫)
そして、父は――
セリューヌ伯爵の配下だったから、領地を没収された。
(いーわーゆーる没落男爵!
私財が尽きれば、貴族の体裁も保てなくなる。
いや、ここテンション高くなるところじゃなかったな)
そんな時――
ヴァルが私に求婚した。
(政略結婚だったけど。
父を手に入れるための……。
でも、おかげで家は救われた)
そして今、私はニャグネムIIIで――
父とは違う方法でこの星を発展させようとしている。
(あのガルディオが……また妬んでいるんだろうな)
そんな予感がした。
いや、予感じゃない。
確信に近い。
◇◇◇
投資増額から一週間後、緊急の連絡が入った。
「伯爵夫人!」
使用人が慌てて駆け込んできた。
「輸送船が襲撃されました!」
「……え?」
頭が真っ白になった。
「海賊です!ミャルティカを積んだ輸送船が!」
執務室へ駆け込む。
ヴァルと父が深刻な顔をしていた。
「ミレイユ」
ヴァルが私を見た。
「申し訳ない。護衛が間に合わなかった」
「被害は……?」
「船と船員は無事だ。だが、積荷の大半が奪われた」
大半。
増産したミャルティカ……。
ルミナス・キャトレールへの出荷分だ。
「海賊……?」
「ああ」
父が地図を指差した。
「この航路に突然出現した」
「突然……?」
「今までこの航路に海賊は出なかった」
ヴァルが険しい顔で言った。
「何者かが意図的に差し向けた可能性がある」
(まさか……ガルディオ)
その名前が頭をよぎった。
でも証拠はない。ただの女の勘のようなものだ。
これまで、ろくでもない貴族たちはさんざん見てきた。
ユッコを虐めるような性根の腐った奴の行動は、予想できるようになった。
ガルディオ……。
その私の勘がこいつが怪しいと告げている。
せっかく。
せっかく、うまくいき始めたのに。
投資も増やして。
これから、という時に。
(どうして……)
怒りで拳を握りしめた。
◇◇◇
翌日。
私は農家を訪れた。
(主人と女将さんに報告しなければ……。
なんて言おう……はぁ)
「お嬢さん……」
主人が暗い顔をしている。
「聞きました。海賊に……」
「申し訳ありません」
私は深々と頭を下げた。
主人が逆に申し訳なさそうに頭を下げる。
「せっかく投資していただいたのに……」
「いえ、投資よりも皆さんの頑張りが――
こんな形で……。」
「いや、お嬢さんのせいじゃない。
それに一番頑張ってたのはあんただよ」
女将さんが優しく言った。
「でも……」
涙が出そうになった。
せっかく増産した。
みんな頑張ってくれた。
なのに。
「次の出荷も危険だな」
主人がため息をついた。
「護衛をつけても、襲われるかもしれない」
「……」
「損失が続けば、俺たちも……」
主人の言葉が、途切れた。
雇用を増やした。
設備投資もした。
でも、売れなければ意味がない。
損失が続けば――疲弊していく。
このままでは事業が続けられなくなる。
投資も無駄になる。
(どうすれば……)
私は拳を握りしめた。
(あのガルディオ……!)
怒りがますます込み上げてきた。
(許せない。
みんなの努力を。
夢を。
台無しにするなんて!)
「お嬢さん」
女将さんが私の手を握った。
「大丈夫。私たちはお嬢さんを信じてるよ」
「……」
「きっと何とかなる」
主人も頷いた。
「お嬢さんなら、きっと」
涙が溢れそうになった。
でも、泣けない。
泣いている場合じゃない。
「必ず何とかします」
私は喉が少し震えるのを誤魔化しながら、力強く言った。
「絶対に、このプロジェクトを成功させます!」




