第三話 エクソダスの残響
リシャールとアンリ殿下の歴史談義は時代を遡って脱出期に至る。
母なる星に何があったのか、今となっては知るすべもない。
判っているのは人類が母なる星を捨てて銀河中央方面への移住を始めたと言う事。と総称されるその大事業は都合百年、三つの段階を経て行われた。
第一段階は実験期。希望者を募ってと言うのは建前で、実質的には貧困層が主体となった棄民政策に他ならない。
Gユニットによる星間航行はまだ実験段階であり、この未知のテクノロジーに恐怖を抱いたとしても無理のない話である。
居住可能惑星に到達するまで数百年を要すると考えられていた。実際には新天地への上陸まで二百数十年。これには惑星の改造に要した期間も含まれる。
ユニットにはシリアルナンバーが登録されているのだが、第一段階で使用されたユニットの三割が所在不明となっている。航行の途上で事故にあったか、あるいは未だに他の移民船団との接触が果たされてないのかのいずれかである。
この第一段階で故郷を離れたのは当時の人口の一割から二割と推定される。
第一段階と第二段階の間に諸説あるが二年から五年の空白期がある。この中断期に起こったのが人類を二分した大戦争であった。
第二段階の脱出は、初めは星系内の疎開から始まった。そして戦後に敗れた勢力の住民が星系外へと送り出される。
開拓期を呼称された第二段階で人口の四割が母なる星を後にした。
それから半世紀後に始まった第三段階は文字通りの脱出期である。
Gユニットが足りず、残った人口のすべてを乗せるだけの移民船を用意できなかった第三段階では、脱出できたのが人口の三割にとどまる。
残された七割がどうなったかは判らない。それを確かめるすべもない。長い航海の末に母なる星の正確な位置が判らなくなったのである。
以上が会合以前の歴史に関する基礎的な公開情報である。
第一段階で出発した移民団は最も遠い銀河系中央部に近い位置に殖民した。第二段階は結果として最も大きな移民団となったが、第一陣の手前に広がって、現在の帝国臣民を形成している。そして最後発の第三陣は更にその手前で留まり、帝国とは異なる国家群を形成している。
ユニットを開発した技術者の一団が第一陣に加わっていたのは確からしい。そして第二陣が企画された時にはユニットを扱える技師は居たが、新たに作り出せる技師は居なかった。
長き航海の果てに世代は交代し、ユニットを作り出す技術は完全に失われた。
帝国の草創期に技術開発庁がユニットの解体検査を実施したが、暴走を引き起こして町一つが消滅したと言う。
リシャールはこの件に関してアイザックと話したことがあって、
「むしろ町一つで済んで御の字だと思うよ」
と苦笑された。
「ユニットの性質を思えば星が消し飛んでもおかしくないから」
この件は一般人には知られていないが、技術者の間では密かに広く知られていて、ユニットの解体は絶対のタブーとなっていると言う。
「君なら解体検査をやってみたいだろうと思ったが」
「完全に機能停止しているものであれば、ばらしてみたい気もするが。まだ動いているものに手を掛けて自爆するのは御免被るよ」
彼は技術者であっても科学者ではない。技術に関しては、正しい扱い方、やってはいけない事さえ分かっていれば、どのような原理で動いているかは興味はないのだと言う。
「外縁諸国との戦争が収束した今なら、各国に伝わる情報を比較して会合戦争以前の歴史をある程度復元出来るのでは無いですかね」
とアンリ殿下が言うと、
「それを帝国主導で行うと、歪んだ結論が出てしまう気がしますね」
と返すリシャール。
「帝国臣民は脱出期戦争における負け組の子孫と伝えられていますが、例えばこの勝敗を書き換えてしまう危険性があると言う訳ですか」
と神妙な表情になる殿下。
「そこまで大事ではなくても、会合以前の身分を捏造改竄される懸念は十分にあり得ますからね」
「オトンの意見を聞いてみるよ」
宮中伯オトンは皇太子の教育係である。
「皇室が政治に過剰に口を挟むのは控えるべきですが、文化事業であれば大いにやるべきだと思います」
と言うのが宮中伯の意見であった。この提言により文化庁に歴史編纂室が作られることになる。
アンリ殿下が帰った後、
「二人が親密になって良かったけれど」
マルグリット殿下は珍しく拗ねたような表情を浮かべていた。
「手段と目的が転倒しましたか」
と苦笑するリシャール。
リシャールとマルグリット皇女の結婚は、辺境伯家を皇女の弟アンリ殿下の後ろ盾にする為である。リシャールとアンリが親密になったからと言って、二人の結婚に意味がなくなる訳ではない。辺境伯家と皇室の間に姻戚関係は、リシャール本人よりもその死後に残された家臣団に大きく影響してくる。
「殿下のそういう表情を見ることが出来るは光栄ですが」
マルグリットは極めて親しい人間にしか弱みを見せない。
「殿下は辞めて」
とマルグリット。
「二人きりの時は名前で呼んで」
「ではマルグリット様」
「様はいらない」
「それなら、マルゴと呼んでも」
マルグリットは黙って頷いた。赤くなった頬を見られたくなかったのだ。




