第二話 口伝
リシャールとアンリ殿下の会話は過去へと向かう。
「皇位継承法にまつわる経緯は初めて聞きました」
「余り表立っては語られてこなかったのでしょう」
「隠されたと言う点では、帝国史は後の初代皇帝とその五人の忠臣、すなわち後の公爵家の始祖たちが集まって国盗りを始めるところから語られますが、それ以前の六人が集まる過程については触れられていなかったと記憶してます」
「ああそれは・・・」
アンリ殿下は苦笑しながら、
「皇室にも各公爵家にも始祖伝説は口伝で伝わっているようなのですが、それぞれが微妙に食い違うのですよ」
そんな訳で公式の歴史にはなっていないのだと言う。
「つまり皇室の主張が正しいとは言えないと?」
と興味を示すリシャール。
「食い違いの大きいのが、初代皇帝の出自と五人の始祖たちが傘下に馳せ参じた時期なんですよ」
どちらも建国神話にとって外せないポイントだ。そこが一致出来ないのでは正史として成立しない。
「帝室の口伝では初代様は一般庶民の生まれとなっていますが、最初期から初代様と共にいたモンブラン家では亡国の王子で、始祖の父上はこれを守って落ち延びたのだとなっています。但し、始祖のご両親は幼少期に亡くなっていて、他に兄弟も無いので反証不能です」
初代皇帝が天涯孤独の身の上であったことは正史にも記載されている。
「他の家は何と?」
「残念ながら他の公爵家は、初代様の出自については何も語っていません。モンブラン家の始祖の父親も他の始祖が加わるよりも前に亡くなっています」
共通しているのはモンブラン家が地方の郷士であったと言う話で、それぞれが旗下に加わった時点では年長であったモンブラン家の始祖アンリ一世が主導権を握っていたと言う事。
「まあ実際にアンリ一世の方が初代様よりも年長で、妹が初代様に嫁いで初代の皇后となって二代皇帝アンリ一世を産んでいます。初代様がトップに祭り上げられるのは五人が揃う直前では無かったかと思われます」
「帰参の順番は?」
「議論が無いのはモンブラン家のアンリが最初で、プランルージュ家のルイが最後。このルイ一世が帝国初代宰相となる訳ですが」
かつての敵であったと正史に明記されている人物であるが、
「厳密に言うと、長く戦っていた敵勢力の参謀役でした」
この厄介な人物を謀略によって排除したのが天才軍師と言われたフォレノワール家の始祖シャルル一世。初代帝国元帥である。
「五大公爵家の中で元からの姓であるのはモンブラン家とプランルージュ家のみで、残りの三家は初代様によって与えられた新姓であるらしいです」
初代皇帝は先陣を切って戦う猛将タイプであったらしく、戦いの中で三度とも五度とも言われる窮地を生き延びた奇跡の武将とされる。
「この辺りは、辺境伯とも通じるところがありそうですねえ」
とアンリ殿下。
「ともあれ、初代様に救われて傘下に加わったと伝わるのが三家の始祖。各家の口伝の状況が似通っていて、それでいてその時期が少しずつずれているのです」
詳細を聞いたリシャールは、
「傘下に入った時期と、救われたと言う案件を分けて考えるべきではないでしょうか?」
「どういう事でしょうか」
「後に公爵位を得たことから、初めから重用されていたと考えてしまうところですが。初めは一兵卒で、危機を生き残ったことで頭角を現したと考える方が自然なのではないかと」
「なるほど」
例えばマールブール公ジャンはゲートシステムを考案した技術者として知られているが、これは帝国がある程度の版図を獲得した後に威力を発揮する。外交に手腕を発揮したと言うイルベール公ピエールも、天才軍師と称されたフォレノワール公シャルルも、その実力を遺憾なく発揮するのは国盗り合戦が始まってからだ。
「彼ら三人の才能を初めから見抜いて登用したと言うのはやはり無理がありますね」
とリシャールが指摘すると、
「つまり辺境伯が四人の男爵を引き上げたのとは事情が異なると言う訳ですね」
と返される。
「あの四人は才能を評価されながらも、それを発揮する機会を与えられていませんでしたからね。自分はその機会を与えて、成果をそっくり戴いたと」
と苦笑する。
「彼らも、それを恨みに思う事は無いと思いますよ」
とマルグリット皇女が口を挟んでくる。
「彼らの才能は、それを用いる人間が居なければ宝の持ち腐れですし、階級はまだしも爵位となると普通には得られませんよ」
軍の階級は軍功を挙げれば得られるが、爵位は推薦する人間がいないと無理である。リシャールの場合は副官だったミシェルを介してマルグリット殿下の引きがあった。彼の部下の男爵位もリシャールの叙爵の余禄である。
第七艦隊はほぼ辺境伯の家臣扱いになっている。他に辺境の新領土に配置されている二個艦隊の指揮権も辺境伯の預かりになっている。先の話になるが、リシャールが軍務を退いたらまだどうなるのか。まだ何も決まっていない。リシャール本人に退役の予定はないし、軍を退くとしたら皇帝の代替わりで新皇帝となった義弟の後見人を務める場合だろう。その時点で義弟に後見が必要とは限らないが。




