第二話 トラウマ③
「結良?」
彼を呼んだその声に、結良の表情が凍り付く。先ほどまで微笑んでくれていた結良の表情がどんどん青褪めていく。その様子に、薺は結良を呼んだ人物を探す為、彼の向こう側へ視線を向ける。
公園の入口に立っていたのは、肩より少し長いくらいの髪の制服姿の少女だった。口元に手を当て、驚いたように、こちらを見ている。
「結良、でしょう?」
大きな瞳をゆらゆらと潤ませながら、少女はこちらに歩み寄ってくる。
「結良…。」
少女の細い手が触れる直前、それを振り払うように結良が振り返った。伸ばした手を弾かれた事に驚き、固まる少女。体半分は少女に向けつつも、未だ顔は背けたままの結良。
少女を振り払ったその手が、小刻みに震えている事に気づいて、薺は両手で包み込むようにその手を取った。触れた温もりに、びくり、と肩を揺らた結良の瞳が、薺にはわからない何かを内包して、向けられた。
「帰りましょう?結良様。」
驚いたように見開かれた瞳が、やがて何かに耐えるように眉根を寄せ、薺からそらされた。そして、俯きながら、その首が縦に振られた。だからその手を握って、少女の横を通り過ぎた。
「待って、よ…。」
静止を求められるが、薺は足を止めない。握った手の中で、結良の手がぴくり、と反応したが、彼も足を止める気配はなかった。
「待ってよ、結良!お願いだから、話を聞いてよ!ちゃんと、話をさせてよ!……結良!」
必死に、訴えるようなその声は、事情を知らず、聞いているだけの薺の胸すら締め上げるようだった。
本当は、足を止め、結良に話すように諭すべきなのだろう。けれどそれよりも、今はただ、結良を彼女から引き離したかった。
だって、あの時。帰ろうと声をかけたあの時、結良は泣きそうな顔をしていた。初めて会ったあの日、泣いていた時と同じ顔をしていた。いや、あの時とは少し違う。今の結良の表情も、彼を見て自分が今、抱いている感情も。
胸を覆う、このどす黒い感情を、人は何と呼ぶのだろう。




