第三話 さよなら彼女 -似鳥咲菜ー
段々日が短くなってきたのか、その日の授業を終え、最近の日課である大地との待ち合わせをして、結良の家へ向かう頃には、次第に太陽が傾き始めていた。
「秋だねぇ。」
「大分、風も冷たくなってきたしな。」
ぽつり、と傾く太陽に視線を向けながら呟けば、隣を歩く大地が同意するように言った。
中学の時の出来事があってから、結良とはもちろん、大地とも疎遠になっていた。けれど先日、結良との再会を果たし、仲直りをしてからは予定が合う限りはこうして、大地と待ち合わせ、結良に会いに行っていた。ようやく取り戻した関係をもう失いたくなかったから。
「結良、明るくなったよな。」
ふいに呟かれた大地の言葉に、咲菜はこてり、と首を傾げた。
「そうかな。」
「うん。沢山笑うようになったし、なんか雰囲気が柔らかくなった。」
それは、そうかもしれない、と頷く。再会した結良は、一生懸命自分たちに沢山の事を伝えようとしてくれていた。昔はあまりわがままを言ったり、自分の思いを口にすることはなかった。確かに、昔からいつも優しく笑ってくれてたけど、今はとてもくつろいだ、というか、柔らかい表情をよく見る。
それはいつも、彼女がいる時。
「薺さんのおかげかもな。」
「……うん。」
アンドロイドだという彼女は、外見は咲菜たちと何も変わらない同年代の少女なのに、時折、とても幼く見える。それはある意味、純粋と言えるだろう。彼女の言葉には嘘がない。だから真っ直ぐにこちらの心を射抜く。その真っ直ぐさや純粋さ、優しさが、結良の心を解き解すのだろう。
「結良?」
ぴたり、と足を止めた大地に倣い、足を止めると、正面から結良が息を乱して走ってきた。一人で。
「どうしたの、結良?」
咲菜たちに気づいた結良が足を止める。ぎゅっと両の拳を握りしめる結良はひどく頼りなくて、大地と顔を見合わせ、急いで駆け寄った。
「どうしたんだよ。薺さんは?」
いつも一緒にいる彼女がいないことに疑問を持った大地が尋ねれば、結良の肩がびくり、と震えた。
「結良、薺さんと喧嘩でもしたの?」
「……喧嘩にも、ならないよ。」
「結良?」
「薺に好きだって言ったら、勘違いだって言われたんだ。自分はロボットで俺は人だから、絶対に交わらないって。」
ずきり、と胸が痛む。わかっていた事だった。結良が薺に惹かれていること等、再会したあの時から感じていた事だった。そして、一緒に過ごす中で、それは確信に変わっていた。咲菜の知らない表情を、結良は薺に向けていたから。
「想いを否定されるのって、こんなに辛いんだな。」
視線を挙げた結良が悲し気に、そして心苦しそうに咲菜を見つめていた。
きっと、あの時、咲菜の想いを踏みにじってしまった事を思い出しているのだろう。痛みを想像するのと実際に同じ痛みを経験するのでは違うから。
でも、そんな風に、共感して欲しいわけじゃない。好きだった気持ちを苦い思い出だと思って欲しいわけじゃない。
「私の結良への想いを悲しいものにしないで。」
気づけば訴えるようにそう言っていた。受け入れてくれとは言わない。でも、結良を好きになって得たものまで否定しないで欲しかった。
「確かに、否定されるのは悲しいけど、でも、好きだって感じた時の温かさが、嬉しい気持ちが、なくなるわけじゃない。勝手に、嫌な思い出にしないで!」
確かに感じた想いを否定することはできない。悲しい事もあるけれど、結良を好きだと感じた時の思い出はこんなにも愛しい。手放せないほどに。
「結良が薺さんに感じた嬉しいも、あったかいも、愛しいも、全部勘違い?全部幻だった?」
ぶんぶん、と結良が首を左右に何度も振った。胸元を握りしめ、ぎゅっと目を閉じる。
「勘違いじゃない。ここにある。確かに、あるよ。」
それが咲菜が結良に向ける“好き”と同じかどうかはわからない。それは本人にしかわからない気持ちだから。だから他人は、肯定も否定も出来ない。ここからは、結良が判断し、行動する事だ。
ゆっくりと瞳を開けた結良が咲菜を見て微笑んだ。
「咲菜、こんな俺を好きになってくれて、ありがとう。」
「早く行け、バカ。」
涙が出そうで、グッと眉根を力を寄せて言えば、うん、と頷いて、結良は背を向けて走って行ってしまった。
「咲菜ってお人好し。」
「自分でもそう思う。でも、結良に特別な人が出来たら応援するって決めてた。」
ぽろり、ぽろり、と瞳から溢れた涙が頬を伝い落ちる。
「まだこんなに結良の事が好きな私だけど、誰のものにもなって欲しくないって思ってる私だけど、結良を一番に応援してるのも、本当だもの。」
「うん、知ってるよ。」
ぽんぽん、と大地の手が優しく咲菜の頭を撫でる。夕暮れに染まる町の中、泣き止むまで大地は傍にいてくれた。




