第三話 さよなら彼女③
ぎこちない笑みを浮かべる結良に、2人は切なげに眉根を寄せた。そのままゆっくりと結良たちに歩みより、同じようにぎこちない笑みを返す。
「久しぶり、結良。」
「久しぶりだね。」
「「「………。」」」
挨拶を交わせば、当たり前だが沈黙が広がる。何から話し出せばいいのかわからず、結良は落ち着ぬまま視線を彷徨わせる。すると、背後から深いため息が聞こえてきた。
「何の為に、お2人を呼んだのですか…。」
ちらり、と顔半分だけ振り返れば、薺が呆れ切った顔で結良を睨んでいた。また一つ感情を学んだらしい、いいことだ、等と関係のない事に感心していれば、現実逃避している思考を読み取ったかのように薺の目つきが鋭くなる。
「えっと…。結良、その人は、誰?」
「あ……。」
「初めまして。結良様のご両親に制作されました、アンドロイドの薺と申します。」
「「え…?」」
2人がぎょっとしたように瞳を見開き、瞬きを繰り返した。当たり前だ。現代技術でアンドロイドなど、「ああ、そうなんですか」と、納得する方がおかしい。
「そこはもっと別の紹介しようよ!」
「他に自己紹介の仕方を知りません。証拠が必要でしたら腕分解しますか?」
「怖いよ!」
やっぱりずれてる。大分人間らしくなったと思ったのに、やっぱりちょっとおかしい。
薺とそんなやり取りを繰り返していると、「ふっ。」と、息を吹き出す音が聞こえて、結良は2人に再び顔を向けた。
2人は、笑っていた。結良のよく知る笑顔だった。
「あ、悪い。」
呆然と見ていると、視線に気づいたらしい大地が我に返ったように口元を腕で隠しながら、謝る。しかし、罰の悪そうだった顔は次第に和らぎ、淡い笑みを浮かべる。
「嬉しかったんだ。俺が、こんな事言う資格ないってわかってるんだけど、それでも。嬉しかったんだ。結良が笑っている事。」
ほんと、お前が言うなって感じだよな、と苦笑いを浮かべ、それでも嬉しそうに言う大地に、胸の奥から何かがこみ上げてくる。何かが溢れだしそうで、結良はぐっと唇を噛みしめた。
うつむき加減で苦笑いを浮かべていた大地の視線が真っ直ぐに結良に向けられる。真剣な眼差しに、息が詰まった。
「ごめんな、結良。お前を追い詰めて、追い込んで、苦しめて、傷つけて、ごめん。俺、お前が羨ましかった。頭いいし、自分の好きなものにまっすぐで、咲菜に気持ち向けられてて、羨ましくて、悔しくて…。」
大地の言葉に、結良はなんだ度も首を振った。
嫉妬も羨望も当たり前の感情だ。結良だって、何度大地を羨んだことか。何度、嫉妬したことか。
「俺も大地が羨ましかった。体育では大活躍だし、すぐに誰とでも友だちになれるし、自慢の親友だったけど、同じくらい、悔しく思うこともあった。妬んだことだって、あったんだ…。」
言葉にして気づく。大地に嫉妬して、羨んで、それでも劣等感に押しつぶされなかったのは、咲菜のおかげだ。咲菜が、結良を認めていてくれたからだ。
きっとあの時から気づいていた。咲菜が自分を好きな事、そして、大地が咲菜を好きな事。大地の好きな咲菜が自分を認めてくれている。それが、結良の自尊心を支えていたのだ。
なんてずるい。なんて浅ましい。バラバラになった原因は2人じゃない。結良自身にあったのだ。
「ごめん。俺、咲菜の気持ちを踏みにじった癖に、咲菜が想っていてくれてたから、大地へ抱いていた劣等感に押しつぶされずにいられたんだ。」
「結良……。」
「ごめん…。俺たちをバラバラにしたのは、俺自身だ…。」
「結良、違うよ!私、わかってたのに。結良が、私の気持ちを受け入れられない事。関係が変わる事を恐れてたこと。わかってたのに、結良に気持ちを押し付けたの。私も、大地も、結良も、自分の気持ちでいっぱいになってしまったの。」
嫉妬、羨望、劣等感、好意、恋情、友情。色々な感情が入り交じり、3人は今までの関係ではいられなくなった。当たり前だ。少しずつ、皆自分の心を偽って、嘘を重ねて。積み重なった嘘は限界を迎える。あれは起こるべくして起きた事だったのだろう。
でも、変わらない気持ちがある。
「それでも俺は、大地と咲菜が大事だよ…。」
孤独になった自分を変わらず大切にして、当たり前に迎え入れてくれた人たち。大切な、大切な友達。
「2人が大好きなんだ。」
突然、胸にぶつかった衝撃に、結良は危うく転びそうになりながら、何とか踏みとどまる。結良の胸元に縋っているのは、咲菜だった。
「私だって、結良も大地も大好きだよ!大事だよ!」
「お前だけが、この関係を大切にしてると思うなよ。」
肩に腕を回され、肩口に大地の額が押し付けられる。その声が少しかすれて聞こえたのは気のせいだろうか。
「ガキの頃からずっと一緒だったお前らを、大切に思わないわけ、ないだろうが。」
大地の声が震えている。胸に顔を埋めている咲菜の口から嗚咽が漏れる。
「う、ん…。」
気づけば、頷き返す結良の声も震えていて、頬を滴が伝っていた。後から後から溢れだすそれを拭うこともせず、結良は何度も頷いた。
夕暮れが照らす高台の公園で、3人寄り合い、泣いた。沢山、泣いた。それを、ほっとしたように、嬉しそうに、優しく微笑む彼女が見つめていた。




