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僕の彼女はアンドロイド  作者: 音羽 規世
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第二話 トラウマ⑦

 机の上に置かれた携帯を手に取る。電源を入れるのは、学校を飛び出したあの頃以来だ。真っ暗な画面を見て、結良は深呼吸を繰り返す。

「電源、入れないのですか?」

「い、今入れるんだよ!急かすな!」

なかなか電源を入れようとしない結良に焦れたらしい薺がきょとん、とした顔で画面を覗き込む。

「い、入れるぞ。」

ぐっと電源ボタンを長押しする。しばらくすると真っ暗だった画面が光り、起動画面へと変化していく。

「……相当緊張してます?」

「……何で。」

「いえ、手にすごい力入っているので。」

まあ、私は痛みを感じないからいいのですが、と握られている自身の手を見て呟く薺に結良は頬を染める。

「緊張してるよ!悪いか!」

「いいえ。私の手を握る事で、少しでも安心するなら、私は嬉しいです。」

ああ、なんて殺し文句だ、と内心で呟く。きっと、彼女はわかっていない。薺の存在がどれだけ結良の支えになっているか。薺の言葉が、どれだけ結良の原動力になっているか。きっと彼女はわかっていない。

 そんなやり取りをしている間に、携帯は起動を終えたらしい。数年前と変わらぬ待ち受け画面が表示される。ホーム画面には大量の着信履歴とメール。確認すれば、それは全て大地と咲菜からだった。

「え……。」

着信履歴を見て驚いたのは、彼らからの電話があの日から毎日あったことだ。それも一日に何度も。着信履歴の画面から戻り、今度はメールを開く。一番古い未読メールはあの日に送られたもの。そして、一番新しいものは今日送られていた。

 一番古いものから、順番に開いていく。

『俺、ずっと咲菜が好きだった。でも、咲菜がお前を好きな事知ってた。お前が咲菜の事、友だちとして大切にしている事もわかってた。わかってたからこそ、嫉妬してた。お前らがキスしてるところ見て、頭がぐちゃぐちゃになって、あんなことした。でも、だからって、お前を傷つけていいわけじゃなかったのに。ごめん、結良。お前が俺たちをどれだけ大切に思っていたか知っていたのに、お前にあんな事言わせてごめん。……ごめん、結良。』

「大地……。」

違うんだ。知ってたんだ。大地が咲菜を好きな事。変わらず笑っていてくれるその裏で、色んな感情を押し殺している事。知っていたのに…。

 次のメールを開く。それは、咲菜からのものだった。

『結良、ごめんなさい。私があなたに気持ちを押し付けてしまったから、結良を追い込んでしまったね。あなたが私を異性として見ていない事、わかってた。私たちはずっと一緒にいたから、友だちであり、家族でもあったんだよね。ごめんね。でも、大好きなの。結良が好き。あなたが私たちをいらなくても、私たちには結良が必要だよ。3人でまた一緒に学校に行って、休日は一緒に出掛けて、色々なものをみて、笑って、泣いて、時には喧嘩して。そうやって、ずっと一緒にいたいよ。ごめんね、結良。』

「咲菜……。」

違うんだ。謝るのは咲菜じゃない。だって咲菜は弱虫で臆病な自分を好きだと言ってくれたんだ。特別だって。その純粋な思いを、結良は自分のエゴの為に踏みにじったのだ。謝るべきは、自分の方だ。

 傷ついたのは、自分たちの方なのに。結良を想い、「ごめんね」を繰り返してくれる。優しい、優しい幼馴染。

 途中から、結良の携帯の電源が入っていないこともわかっていただろう。それでも、毎日メールをくれる。最初は毎日謝罪文。次第に、日常の報告メールに内容が変わっていた。でも必ず、最後には結良へのメッセージがある。

『結良と一緒にやりたかった。』

『いつか結良にも見せてあげたいな。』

『結良のほうが絶対頭いいよな!』

『結良だったらきっと、もっといい案が浮かんだだろうなぁ。』

結良、結良、と。結良のいない日常なのに、2人の中には結良がいる。視界が歪んで、文字が見えなくなる。留まりきれなかった滴が、携帯の画面に落ちて、水たまりを作る。それを薺が黙って拭ってくれる。

 涙を服の袖で拭い、メールを読み進める。そして最後に、今日届いたメールを開く。

『すごい久しぶりに結良を見た。あと、お前を追いかけたら咲菜もいた。あいつに会うのも久しぶりだった。ごめん、俺勝手に、お前はもう吹っ切れたんだと思った。そんなわけないよな。俺たちがお前につけた傷は、そう簡単に癒されるものじゃない。許されるものじゃない。わかってるのに。お前を見て、知らない誰かと笑うお前を見て、元に戻れるんじゃって期待した。ほんと、都合がよすぎるよな。だから結良。お前がその知らない誰かとなら笑っていられるなら、俺たちのこと、忘れていいから。だから、笑ってくれ。』

『結良。ごめん、私、あなたに会えたのが嬉しくて、また突っ走った。ごめんなさい。でも、すごく嬉しかったの。結良に会えたこと。あなたが、あの高台にいてくれたこと。3人で見つけたあの場所を覚えてくれていたこと、嬉しかった。あの後、大地に会ったよ。大地に会うのも久しぶり。高校は別だし、お互い顔を会せないようにしてたから。でも、やっぱり言葉は交わせなかった。だって、結良がいないんだもの。』

 もう、途切れた関係だと思っていた。でも、2人は今も、自分を待っていてくれていた。見かけた姿を追いかけてきてくれるくらい。見つけた姿に、声を掛けずにいられないくらい。2人は結良を想ってくれている。

「変わらずにいる事は出来ないかもしれません。でも、変わらないものも、あるでしょう?」

涙が頬を伝う。後から後から溢れるそれをそっと拭いながら、薺が優しく言う。

「2人とも、結良様の事、今でも大好きです。結良様だって、そうでしょう?」

「……うん。」

忘れたことなどない。傷つけてしまった事、傷つけられた事、嬉しかったこと、悲しかったこと。数えきれないくらい、語りきれないくらいの思い出が、3人の間にはあった。これからも一緒に、思い出を刻みたいと望むことを、2人は許してくれるだろうか。まだ、間に合うだろうか…。

今回で第二話終了です。

次回より、第三話が始まります。

よろしくお願いいたします。

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